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10.


 いかにも計算が得意そうな、神経質そうで眼鏡をかけた男がとうとうと話す。


「そうです。しかし、ルトとミリアがどうしても助けてほしいと頼むものですから、週の半分はこちらで仕事を手伝っているのですよ。全く、私の家はサノワにあるというのに」

「この工房は一体なんだ? どうなっている。宝玉の加工販売をしているらしいが、宝玉は非常に高価なものだ。買い取りをする金など、借金まみれだったアルド工房が持っている訳ないだろう」


 それが一番の疑問点だった。宝玉を手に入れるには、狩猟者を雇って魔獣を狩るか、誰かが得た宝玉を買い取るしかない。どちらも、非常に高価で普通の工房では無理だ。しかし、この工房では次々と宝玉を加工し売りさばいているという。

 モーリはそのからくりをあっさりと口にした。


「買取はしていません。譲って頂いているのです」

「宝玉をタダで貰っているというのか? そんな馬鹿な!」

「勿論、無料では貰っていません。宝玉を加工して販売出来たら、その売り上げの中からお支払いするという形で協力して頂いています」

「そんな気前のいい狩猟者が居てたまるか! 売れなきゃ丸損ではないか」


 メーヌがいきり立つが、モーリは冷静なままだった。


「いえいえ。リリィ殿……その協力者は、金銭が目的ではないのです。ご隠居の腕を必要とされているのです」

「ご隠居? アルドのことか」

「はい。ご隠居は、商売とは別で、完全に趣味の範疇で色々魔道具を作っているのです。リリィ殿は、その腕を必要として依頼したい。けれど、ご隠居が何かを作る度にこの工房は赤字になっていく。そこで、儲けを出す為にリリィ殿とザック殿が宝玉を取ってきて当工房に渡すと、そういう訳です」

「そんなものは詭弁だ。こちらに借金を返させておいて、すぐに商売を始めて利益を出すなど詐欺もいいところだ」

「契約書には一切違反していない筈だが」


 その声は、突然背後から聞こえてきた。

 バッと振り向くと、魔女の使いが居た。さっきまでは居なかったのに、いつの間に現れたのだ。それに、守護卿だ。

 声を出したのは守護卿だったのだ。


 リリィというらしい魔女の使いは、ミリアとちらりと目を合わす。ミリアが微笑んで頷いたことから、この女が呼んだのではないかと思い当たる。しかし、どうやって。

 リリィが口を開いた。


「お前のところのカラコンは質が悪いな」

「カラコン……色付き水晶体ですか。当工房の品質は間違いありませんがねえ」


 旧アルド工房の職人たちが持ってきた、まだ製品となっていなかった魔道具だ。安価で大量生産する為に、少々品質は落としているが、値相応の品だ。こんな物、何がいいのかと思っていたが、色付水晶体はおしゃれを楽しむ女性や一部の男性に好まれて売れていた。

 よく見れば、リリィの瞳は茶色になっている。以前は赤だった筈だ。


「いいや。メーヌ工房の色付き水晶体は、水に付けておいても色が溶けて落ちる。粗悪な品だ。ここで頼んだら、そんなことはない。安全性も品質も良い物だ」

「その分、高価で買えるものは限られていますがね。当工房は、庶民の為の工房なので、価格帯は低く、その分高級品ではないのです。それは仕方がありません」

「それは安かろう悪かろうと言うのだ。庶民の為と言って安い粗悪品をばらまくのは、人体に悪影響だ。まあ、そちらの工房には腕のいい職人は居ないから作るのは無理かもしれないが」


 その言い草に、メーヌはまたもムッとする。

 一人の腕のいい職人より、仕事を手早く出来る中堅職人数名の方が儲けを出すことが出来る。


「当工房には、無駄な職人はおりませんよ。そちらとは違って」

「この工房の主力は、宝玉を熟練の技で加工するベテラン職人たちだ。だが、それとは別格の職人もいる」


 リリィが奥に歩いていくので、メーヌも付いていく。

 工房の奥に半個室となった作業場がある。そこに、ルトが居た。


「ルト、進捗はどう」

「脆すぎるので、あまり速度は出せませんが順調です」


 ルトの手元を見たメーヌは驚いた。

 そこにはダイヤモンドのように煌めく、大きな宝玉が輝いていたのだ。宝石にはありえない、鳥の卵大の宝玉だ。


「こ、これは!」

「火鳥獣の宝玉だ。いやもう、めちゃくちゃ大変だった。倒すのにすっごい苦労した! 熱いし攻撃通らないし! ザックは指示するだけで全然手伝わないし!」


 先ほどまで落ち着いた魔女らしい言葉使いだったリリィが、興奮で素の口調になっている。

 しかし、それに気を取られないほど、メーヌは火鳥獣の宝玉に目を奪われていた。

 モーリが補足して説明をする。


「この宝玉は、取り出した時は燃えているのです。それを、ザックさまの魔法制御の力で固定し、この色と形になっております。しかし、非常にもろい。加工には繊細な力加減が必要です。並みの職人には無理でしょう」

「素晴らしい! この宝玉、是非ほしい! いくらでも出す!」


 どれだけ高値で買おうと、それ以上の金額で売れることは確実だ。

 だが、モーリは首を横に振った。


「既に売約済みです。さる高貴なお方の首飾りとなることが決まっております」

「ほんと、あの王妃はちゃっかりどころかガメツイよね。どんだけ値切るんだか。苦労して倒して得た宝玉なのに。まあ、これで手切れ金代わりと思って渡すけど」

「王妃、だと……」


 モーリがさるお方、と濁したのにリリィは王妃だと明言した。

 一体、こんな工房からどういう伝手で。


「リリィ殿、顧客のことは明かさないのが規則です」

「我は悪魔だから規則関係ないもん」


 モーリが注意したが、リリィはふざけて悪びれない。こんなひょうきんな悪魔が居てたまるか。

 騒ぎを聞きつけたのか、アルドも顔を出した。


「おっ、リリィ。丁度良かった。宝玉が足りねえ。もっと寄越せ」

「えーっ、またあ。お前に渡す分は、完全タダ働きなんだけど」

「仕方ねえだろ。お前が望む水準まで魔道具を高めるには、もっと宝玉がいる。それにタダ働きは俺も同じだ」


 アルドの言葉に、モーリがすかさず口を挟む。


「ご隠居は趣味で勝手にやってるんですから。工房の仕事とは関係ないし、むしろ場所を貸してる賃貸料でも払ってほしいくらいです」

「なんだとぉ。てめえモーリ。また細けぇことばかり言いやがって」


 二人が揉めそうになるのを、ルトが止めた。


「ご隠居は、困った時に相談に乗ってくれるから。相談料を払ってもいいくらいだ」

「では、賃貸料と相談料を同じ値段にして相殺します」


 ちゃっかり言うモーリに、ルトは微かに笑みを浮かべた。


「親方は、やっぱり一番すごいから」

「へー。本当にそうなんだ? 経営失敗する借金男ってだけじゃないんだねえ」


 リリィが言ったことに、メーヌは思わず同意しそうになったが黙った。

 今はそんなことよりこの工房だ。

 ここは絶対に手に入れるべきだ。庶民用の大量生産工房と同時に、この高級路線工房も運営しておくのがいいだろう。

 ルトの邪魔になるから、と作業場を追い出されながら考える。

 表の工房に戻ると、メーヌはつかつかとミリアのところに行った。


「ミリア。私はあなた方の借財を整理し、全て返済しました。この工房を開いた金はどこから来たんですか。その金があるなら、借財を少しでも減らすべきだった筈だ」

「すいません、私は以前の工房の契約には関わってないので」

「関わっていない? そんな道理は通らない。あんたの父の借金は、あなたの借金でもある」

「いいえ。私は知りませんけど。私の名前の借用書でもあるんですか」


 少し脅せばすぐに謝って認めると思っていたミリアが、ふてぶてしい。ふざけるな、と思っていると守護卿がモーリから書面を手渡された。

 それを見ながら、守護卿が神経質そうに口を開く。


「旧工房の借財は、契約によってメーヌ工房が支払うことになった。工房と土地建物、旧工房の経営権を全て引き渡すことだ。経営権の中には、工房の会計、利益も含まれる。それ以外の資金は、含まれない」

「そうです。この工房は、私の母の形見の宝石を売ったお金で始めました。契約書の中に、それは含まれていないんでしょう」


 ミリアの口ぶりに、メーヌは激怒する。


「ふざけるな! 記載されていなくても、含まれるに決まっている」

「じゃあ、守護卿に訴え出てみればいい。契約書に反していることは、全て守護卿が指摘してくれる」


 冷たい声を出したのはリリィだった。

 守護卿も頷いているが、そこは引き下がれない。


「どうして守護卿に訴えるという話が出てくるのでしょうか。そもそも、何故こちらに守護卿がおられるのでしょうか」


 守護卿が冷たい声を出す。


「この契約書を作ったのは、私だからだ。サノワに赴任して初めての案件、私が見届けずしてどうする」

「それでは、私は領主に訴え出ることになりますが」


 守護卿が中央に戻るには、領主に実績を認められなくてはいけない。

 遠回しに脅すが、守護卿はにべもない。


「ここはベノアだ。訴えるとすれば、ベノア領主宛てになる。サノワと違って、鼻薬は効かない」

「いいえ。私はサノワの領民です。サノワ領主に訴えることになります」

「ま、どっちでもいいよ。どっちにしても、領主に訴え出るならこっちはカンペール大公に事情を説明しよう。どうせ納品する時に大公の元に出向くからな」

「……!」


 魔女の使いが大公の名前を出した。本当なら、こちらに勝ち目はない。

 メーヌは悔しさを堪え、冷静に捨て台詞を吐いた。


「では、工房に戻って色々検討させていただきます」


 覚えていろ、という意味だ。

 メーヌは帰ってからすぐ、腕のたつ裏家業の男たちを集めた。

 指示は、アルドルト工房の宝玉を盗みだし、工房を破壊せよというものだ。

 ビアスにも声をかけたが、彼は拒否した。


「やめといた方がいいって忠告しとくよ。オイラがボコられたくらいだから、誰も歯が立たないって」


 こんな子供が油断して殴られたからといって、やめる理由にはならない。腕利きを安くはない給金で雇っているのだ。

 メーヌには自信があった。いつもこの手で上手くいっているのだ。今回に限って失敗する訳はないと。

 だが結果としては、メーヌの希望的観測ははずれ、ビアスの言うことが正しかった。

 メーヌが雇った傭兵たちは皆腕を折られ、メーヌ工房まで届けられた。

 そして、世にも恐ろしい黒づくめの騎士がメーヌの前に剣を突き出して脅したのだ。


「二度は無い。次は殺す」


 その殺気を浴びて、メーヌは五体投地で詫びを入れた。

 騎士は人殺しの目をしていた。簡単に己の首など跳ね飛ばしてしまうだろう。

 それ以来、メーヌはあくどい真似をするとあの殺気にまみれた黒騎士を思い出し、恐怖にかられるようになった。ついには神経衰弱を発症。以前のように働くことも出来なくなり、せっかく得た最古の工房の名も活かせなくなったのだった。

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