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8.


 守護卿の執務室では、ジェラルは書類に細かくびっちりと、王妃に伝えたいことを書き連ねていた。思わず突っ込んでしまう。


「いや長いって。もっと簡潔に!」

「これでも大分端折ってはいる」

「生い立ちとか要らないから。苦労ストーリーも要らないから」

「むぅ」

「あとやることって、何かある?」

「そうだな……」


 細かいことまで詰めて、とにかく工房の借金を無くすことを第一に話をまとめる。

 ジェラルは有能なので、すぐに条件を書き出し書類を取りまとめてくれた。

 だが、リリアムは何か見落としがあるような、そんな気がしてならなかった。

 出掛ける時に、何か忘れているような気がする現象だろうか。


「うーん。まあ、いいか。じゃあ今夜、王妃さまにアポ取って、いつ夢を繋げていいか聞くけど、すぐにでも許可が出たら繋ぐから、夜は寝ておいて」

「興奮で寝つけるかどうか」

「睡眠薬的なものがあれば、それで。あ、あと、いい宿屋があれば紹介して」


 リリアムが泊まる部屋も必要だ。ジェラルは綺麗でまあまあの値段の宿屋を教えてくれたので、そこで部屋を二つ取ってザックを呼び出した。

 代金はザックに支払ってもらう。彼は文句も言わず払ってくれたが、すぐに質問してきた。


「首尾はどうだ」


 上司が部下に進捗を尋ねるような感じで、ちょっとイラッとする。ザックは一体何様のつもりなのか。

 そう思いながらも、リリアムは素直に答えた。


「多分、いけると思う。でも、なんで自分がこんなことしてるか分からない。これ、淫魔の仕事じゃないと思うんだよね……」

「淫魔の仕事など元からしていないだろう」

「分かってる! 皆まで言うな!」

「家でゴロゴロしているよりは、ずっといいだろう」

「別によくはない。お前は?」

「あまり強い魔獣はいないが、運動にはなった」


 根っからの戦闘狂らしい答えだ。


「はあ。それで蜻蛉の魔獣を狩ってくれたわけね」

「ああ、他にも数種類の魔獣の目玉を狩っておいた。これがお前の取り分の宝玉だ」


 なんと、以前の約束は生きているようでザックが半分宝玉をくれた。ラッキーだ。使えるし、売れば金にもなる。


「わーい。ありがとう」

「そういう時だけは満面の笑みだな」

「当然」

「工房で戦闘になるかもしれないからな。その時は惜しまず使え。ビアスはブルケと同等程度の腕だろう。後の三人もなかなか手ごわそうだ」


 ザックはそういう想定までしているらしい。リリアムは全く考えていなかった。


「ビアスは分かるけど、後の三人って?」

「新人の三人は腕のいい傭兵だ」

「へー! 全然気付かなかった」

「もっと洞察力を磨け。注意いて見たら分かる」

「いやぁ……どうかなあ」


 一般人に紛れた歴戦の傭兵を見分けろと言われても、自信は全くない。

 リリアムは己の目の節穴っぷりを素直に認めていた。


「ところで、今更聞くけどブルケと戦った時って決着ついたの?」

「当然だ。全員始末した」

「ひえー」


 殺人鬼だ。とんでもないキラーマシンが傍に居る。

 しかし、そのキラーマシンはあっさり言った。


「お前の指示だ」

「でも、全員始末までは言ってないし……」

「そうしなければ未だにお前は狙われ続けているし、既に始末されていたかもしれない。あの王子も同様だ」

「そっかあ。ありがとう……」


 こういうところで、前世との安全度の差を見せつけられる。

 ここは平和ではない。冒険や狩猟が盛んで、強さが全て。それとは別のベクトルで、華麗なる権力争いを繰り広げる王都の上流階級も、暗殺や襲撃が多々ある。

 ただの人間としてこの世界に居なくて良かった、と思う。


「いつ戦闘になってもいい準備はしておけ。注意を怠るな」


 このうえめせ注意よ。こういうところが師匠気取りと反感を持ってしまう。

 だが、リリアムは何も言わずに頷くにとどめておくのだった。




 王妃はアポを取りに行くと、快く了承してくれた。すぐにジェラルを連れてきて良いと言う。


「ありがとうございます、助かります」


 貴人相手なのでしおらしく敬語を使ってしまう。

 すると、王妃はにっこり笑って言った。


「丁度良かったわ。こちらも、頼みたいことがあったの」

「…………」


 一つ頼みごとをすると、こちらも働かされると分かった。

 一体、何をさせられるのやら。

 しかし、先にこっちの要件を済ませてしまえばあとはなんとかなる。

 リリアムは、すぐに王妃とジェラルの夢を繋げた。

 ちゃんと寝ていたようで、ジェラルが恭しく王妃に頭を下げる。


「王妃殿下におかれましては、ご機嫌麗しく。また、陳情の機会を賜り、感謝の念に堪えません」


 話が長くなりそうである。


「簡潔にな!」


 リリアムが念を押し、ジェラルは自己紹介を端折り、毎月の調書のコピペ問題を『この国の発展と進歩について』と言い換え、サロンと風俗店については『公金の使途不明と風紀の乱れ問題』に上手くまとめた。

 やっぱり頭が良くて口が達者なのは羨ましい。


 それに、冷静で家族思いの愛妻家だ。こういう人が上司になってほしかった。イヴリンの顔をチラッと思い浮かべながら、王妃の反応を見る。

 彼女は慈愛に満ちた表情で頷いて口を開いた。


「よく分かりました。サノワをまとめるカンペール大公は、私の縁戚に当たります。ジェラル・ダリコ、貴方の主張を確かに伝えましょう」

「おお! ありがたき幸せ……」

「良かったなあ」


 ジェラルが喜び、リリアムも満足する。しかし、それだけで話は終わらなかった。


「ただ、カンペールの都市では現在、問題を抱えているのです。大公もそちらに手を焼き、迂闊に動けない状態。そこで、リリィ。貴女にカンペールに行って問題解決の為に、働きかけてもらえないかしら。そうすれば、きっと大公もサノワの問題に時間を割けるようになるわ」

「…………」

「あぁ~……」


 これにはジェラルも絶句している。

 要は、先にカンペール大公の所に行って下働きしないと、ジェラルはここで燻ぶったままだということだ。

 リリアムが適当に返事だけして消えたりしたら、ジェラルは一生恨むだろう。

 既に、ジェラルからの視線が突き刺さっている。

 王妃はにっこりと追い打ちをかけてくる。


「どうかしら。手を貸して頂けるかしら」

「当然、淫魔殿はお引き受けなさいますな」


 そうしないと工房の件から手を引くと、ジェラルの目は言っている。


「分かりましたぁ」


 リリアムは気の抜けた返事をした。

 王妃はアルカイックスマイルで続ける。


「良かったわ。魔術と同様に、工房も発展と進歩が大切ですもの。先人の努力と歴史を無くすようなことをしてはいけないわ」

「……!」


 その瞬間、リリアムはハッとした。何か忘れているような感覚がどこから来ているか分かったのだ。

 ジェラルが恭しく礼をし、別れの挨拶をしている最中だがおざなりに王妃の夢を切り離す。


「おい、まだ挨拶が途中だったんだが」

「いいって、適当で。いやそれより、やっぱ王妃はしたたかだよね……こんな上手いことタダ働きさせようとするんだ」

「その件だが。先に大公の元に行って問題を解決してこい」

「それは困る。もうミリアは夜逃げの準備をしてるし。大公のところに行ってどれくらい時間かかるか分からない間にも、借金が膨れ上がって問題が起こったら目も当てられない」

「では、魔術的な誓約書を書いてもらう。絶対に大公の問題を解決すると。さもなければ、命を貰う」

「ええー……」


 既に、心臓を賭けた誓約書にサインしているのに、また命を賭けるのか。多重債務者になってしまう。

 だが、ジェラルは悪魔に追いかけられたような切羽詰まった表情で言う。


「誓約しないなら、工房の問題から手を引く」

「分かったよ……」

「それは良かった。もし拒否されたら、最近世に出た対悪魔論の論文を取り寄せ、実際に効果があるか試さなければいけないところだった」


 冗談ごとではなく、ジェラルの目は据わっている。


「何その論文……」

「まだ見てはいないが、評判になっている。悪魔を滅したり封じ込める学術書の最新版だと」


 王宮でちょっと暴れたから、危険視されて誰かが研究したのかもしれない。


「それにしても、王宮の魔術研究はコピペ……模写ばかりなのに、新しい論文も出るんだね」

「どこかで誰かが発展させようとはしているのだ。私もそうなりたい」


 希望に満ちた台詞だが、彼の眼は座っていた。



 リリアムはジェラルの夢を解いた後、また別の夢を繋いだ。

 さっき、王妃が言ったことを確かめる為に。

 繋いだ先は、工房の親方だ。


「親方。もう一つ、聞きたいことが出来た。さっきの、優先順位の件で」

「お、おぅ?! 俺は家で寝てたよな? 魔女ってのは、いきなり現れるもんなんだな」

「まあね」

「帰ったらミリアが居なかったんだが。どこをほっつき歩いてるんだか」


 だとすると、駆け落ちは上手くいったのかもしれない。リリアムはニヤっとして言った。


「さっきの条件に、これも付け加えたい。この中から一つだけ選ぶんだ」


 工房名の存続。職人たち。工房と道具一式。個人所有の土地建物。そして加えたのは、技術の継承。


「当然、これだろ」


 親方が選んだのは、技術の継承だった。


「良かったよ。それを選ばず、まだ工房の名前とか言われたら、お前を借金まみれのままにしてミリアの居場所も教えないところだった」

「ミリアの居場所、知ってんのか! どこだ」

「まあ、それは後で。借金を返す為には工房の合併が必須だが、お前を残す訳にはいかない。今までの歴史の集大成である技術の継承が、出来なくなるからだ」

「なんでだ。新しい工房でも出来るだろ」


 リリアムは首を横に振る。


「メーヌ工房が力をつけてきたのは、儲けを優先しているからだ。利益が出る仕事ばかりをすると、技術を高めることは二の次になる。親方のように、損をしそうでも難しい案件に挑む、ということが無くなる」


 さっき、王妃が『先人の努力と歴史を無くすようなことをしてはいけない』と言った時にハッと気づいたのだ。人の寿命は短い。その代わりに、命を繋いでいく。技術や知恵は、その繋ぐべき最たるものだ。

 この工房の名前はともかく、技術だけは消えてはいけない。

 すると、アルドが偉そうに言った。


「それもそうか。じゃあやっぱり俺のやり方は正しかったんだな!」

「そのせいで工房を失うハメになっているんだが。お前は経営に携わるべきではない」

「んなこと言ってもよぉ。どうすりゃいいってんだ」


 娘と同じことを言っている。

 リリアムは端的に言った。


「守護卿に契約書面を作ってもらっている。指示に従え」


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