7.
移動魔法で店の前まで移動し、店の中に入る。
店は皆が忙しそうで活気があった。
しかし、怒号が飛び交い、雰囲気がギスギスしているようにも思える。
「おい、なんだこの加工は! やりなおせ!」
勤続二十年の中堅職人が、入ったばかりの職人見習いに怒っている。
だが、起こられても新人は平気だ。
「えー、でもルトさんはいいって」
「おい、ルト! どういうことだ!」
その間にも、他にもあれがない、これが壊れたと怒りの声ばかりが上がっている。
これは元々、こういう雰囲気で当然なのだろうか。それとも、工作員のせいなのだろうか。
リリアムには分からない。
親方を探すと、何やら透明の物体を加工している。
コンタクト作りに励んでいるようだ。
リリアムは親方を奥の個室に誘った。
「あのこんたくとっていう代物、なかなか難しそうだなぁ! だが、手ごたえがあるほど遣り甲斐がある。どれくらいで出来るかは分からんが、必ず……」
「多分、その前にメーヌ工房に技術を全部盗まれる」
「……なんだって」
親方の目が鋭くなった。声も低い。
「分からない? メーヌ工房のスパイ……えーと、潜入工作員が、この工房に来てるって。そのせいで、揉め事がいつも起こってギスギスして、経理担当もハメられて辞めてるって」
「工作員か何だか知らねえが。職人なんだ。同じ釜の飯を食ってりゃ、メーヌんとこなんて辞めていつか心を入れ替えて、俺んとこで働くに決まってる」
「ビアスは暗殺者だから、職人になんて絶対ならない」
「俺ァそんなこと信じねえぞ!」
人情みのあるいい親方なんだろうが、本当に経営者には向かない。
「まあそう思うならそれでいい。コンタクトは潜入者が情報を流してもいい物を言っただけだ。本命は別にある」
「本命?」
「そう。もし作るのに成功すれば、お前の名は歴史に刻まれる」
「そんなすごい物か! なんだ!」
「教えるのは全て、終わった後。この中から優先順位をつけて」
親方が一番に選んだのは工房名の存続。自分を最後のアルド工房代表にしたくなかったのだろう。
その次に職人たち従業員。それから工房や道具。個人所有の土地建物は一番最後だった。
つい、リリアムは口を挟んでしまった。
「家を借金のカタに売るのは分かるが、他に住むあてはあるの」
「それくらい、なんとでもなる」
「お前の娘も?」
「それは……まあ知り合いの家に居候でもなんでもできるだろ」
アラサーになってから家がなくなって人の家に居候なんて、聞いただけでゾッとする。
それを何の悪気もなく娘に強いるとは。親方はきっと職人たちの父としてはいい人なんだろうが、親としてはなかなかの鬼畜だ。
「まあ、分かった。ではこの方向で調整する」
「おう。頼んだ」
「あっ。それとは別の話なんだけど。どんな毒でも中和出来るような魔道具ってない?」
「どんな毒でもか。そいつは……」
「えーと、毒蛇と他にも色々混ぜた特別な毒って言ってた。それを使う暗殺者が居て、解毒薬がないと死ぬ」
今この工房にいる、とは言わない。
「うーん。ちょいと考えてみるが、すぐには思いつかねえなあ。ルトに聞いてみるか。あいつはなかなか、目の付け所がいいからな」
「いや。この仕事は誰にも言うな。お前ひとりで考えて」
「誰にも? 一体なんだって」
「言っただろう。この工房に工作員が入ってきていると。毒薬のことはお前の胸にしまっておいて」
「チッ。分かったよ」
ビアスがいつ仕事を始めるかは分からないが、刺激はしたくない。伏せておく方がいいだろう。
リリアムは解毒薬のことを親方に頼んで、ジェラルの元に報告に向かおうとした。
しかしその前に、親方の娘であるミリアに家を出る準備の心づもりをさせておいた方がいいと思いなおす。
工房の裏にある、親方とミリアの自宅にまず向かう。
工房を出る時も、職人たちの雰囲気は悪かった。
兄弟子のミゲルが、ルトに怒鳴っている。
「お前、ただ自分の作業だけすりゃいいってもんじゃねーんだよ! 他の奴らが困っているだろうが!」
ルトへの当たりが特に強いような気がする。
まあ、嫉妬だろう。腕のいい後輩をいびっているのだ。
ルトは黙って耐えている。嫌ならさっさと辞めればいいのに、とリリアムは思うが、彼の中では耐えるのが美徳なのだろう。
何も言わずにスルーして、工房の裏に回った。
親方の自宅扉をノックすると、すぐミリアが出てきた。リリアムを認めると、軽く目を見張る。少し怯えているのだろうか。怖がられると思うと、淫魔的にはちょっと嬉しい。全然淫魔らしいことしていないけれど。
「あの……」
「一応、お前にも言っておく。この工房は、メーヌ工房に吸収合併される。工房の名は残すように手を尽くされる筈だ」
「そんな! もう、どうにもならないのですか」
「借金が膨れ上がってそれどころじゃない。お前も、自分の生活を第一に考えた方がいい」
リリアムの忠告を最後まで聞かずに、ミリアは家の中に一旦引っ込んだ。そして、すぐ戻ってくるが手元には宝石があった。
「あの、これ、母の形見なんです。いざという時の為に、取っておいたんです。これで何とかならないでしょうか」
「これを使うとしたら、工房の為ではなくお前の新生活の為だ。この家も無くなる」
「家も……工房も……今まで私と母がやってきたことって……」
多分、ミリアの母は夫である親方を支え続けたのだとは思う。
でも、ミリアもずっとその生活を続けるのはなんというか、親に人生を搾取されているような気がする。親方は、そこまでミリアの将来を考えていないようだった。
「親方に優先度を尋ねたが、家は最後だった。お前も、これからは工房と父親に尽くすのではなく、自分の為に生きろ」
「急に、そんなこと言われても! じゃあ、私、どうしたら良かったって言うんですか!」
ミリアは突然キレだした。激情に涙を零しながら、リリアムに憤りをぶつける。
リリアムにすれば、そう言われてもなーといったところだ。
「結婚するなり働きに出るなり、独り立ちしたら良かったんだ。お前には数多の求婚があったんだろう」
「私だって! 結婚したかった! でも、結婚したかったのに、辞退して! 自分には相応しくないとか言って! 彼は本当は、私と結婚なんてしたくなかったのよ!」
ミリアは今や号泣している。
しかし、ミリアが結婚したかった相手は一番腕のいい職人ルトだと分かった。
「お前はその希望を、誰かに伝えたのか」
「そんなこと、言えるわけないでしょう! 無理やり、結婚させることになるだけじゃない!」
「他の皆は、ミリアは結婚したくないのだと思っていた。お前が何も言わないから」
「そんな……!」
「ルトだって、金持ちの男と結婚する方がお前の為だと身を引いたんだ。健気じゃないか」
「うそ……」
「職人たちに話を聞いて回った時も、ルトだけがお前の行く末を心配していた。親方でさえ、どうにでもなるって気にしてなかったのにな」
「っ……」
ミリアはがっくりと膝をついて俯いてしまった。嗚咽だけが聞こえる。
「泣いている場合じゃない。立て、ミリア。お前は献身さえしていたら、黙っていても皆に察してもらえると甘えていた。誰もそんなお前のことを評価などしない。これからは黙るな、思ったことを伝えろ」
察してちゃんだった良い子のミリアだが、世の中はそんなに甘くないのだ。やっぱり、言いたいことは主張しないと。
それでも良い子のミリアは、涙を流しながらも立って頷いた。
「はい……」
「お前、さっきどうすれば良かったんだって言っていたな。お前がこれからすることは、好きな男を口説くことだ」
「口説く……?」
「そうだ。一緒になってくれ、工房を辞めて付いてきてくれって」
「そんなこと、言っても。断られるに、決まってるわ……」
「じゃあこのまま、メーヌ工房に食い物にされて、ああすれば良かったと後悔しながら生きるんだな」
そう言って、背を向ける。
ミリアは反射的に引き留めた。
「待って!」
「なに」
「口説くって、どうすればいいの……」
リリアムに分かる訳がない。
だが、さも知ったかぶって言っておく。
「気持ちをそのままぶつけて、思ってたことを伝えたらいい」
一般論である。
それだけ言って、リリアムは守護卿の元に再び舞い戻った。




