6.
リリアムは守護卿に会いに行くことにした。
後を付けられているような気がしたので、空間転移と移動魔法を繰り返し、幻影も使って慎重に移動する。
そして、立派な建物を見つけては道行く人に
「この建物は何?」
を繰り返した。
一番大きな建物は領主館だったが、何回か聞いていると守護卿の職場兼屋敷にも行き当たる。古いが歴史ある荘厳な建物だった。
リリアムはいきなりその建物の二階に空間転移する。そして、魂の情報を見て、それっぽい人を見つけた。魔力量が豊富なのか、情報を見ているだけで精霊の力を感じるのだ。
リリアムはまた空間転移で、その人物の前に突如出現した。
思っていたより若い。三十歳前後だろうか。金髪のオールバックに、いかにも魔術師然とした礼装。一人きりなのに、きっちりと手袋まではめて服装の乱れも一切ない。さっきの経理担当とはまた違った、神経質でカッチリした性格だと見た。
姿勢よく書き物をして、こちらを見ずに言った。
「妖魔の類か。何用だ」
おそらくこの館に侵入した時から、リリアムの気配で正体に気付いていたのだろう。魔術師として凄腕っぽい。リリアムを見ないのも、いざとなったら退治か撃退出来るという自信があるからだろう。しかしこんなに強そうなのに左遷されたのは人格に問題があるからだろうか。
「工房に用があるが、その工房が問題を抱えていて……」
「断る。話は聞かん」
決断が早い。まだ全然話の途中だったのに、速攻で断られてしまった。リリアムは先に餌をチラ見せすることにした。
「お前は左遷されて、中央に未練があるのだろう」
「フン。妖魔の甘い言葉に誰が騙されるか」
「疑り深いな」
「信頼できるわけがない。お前が私を中央に戻せるというなら、その根拠を示せ」
そこで、初めて守護卿はこちらに目を向けた。
なかなか整った顔をした男ぶりだが、眉間にしわが寄っているし、瞳は冷たくリリアムを拒絶している。だが、そこには確かにこの地方での任務に憂いを抱いていると出ていた。
リリアムは、自分の持ち物の中で一番権力が強い物を取り出して、守護卿に投げて渡した。
彼はそれを見て目を見張る。
「こ、これは……!」
「あ、分かる? 良かった。知らないって言われたらどうしようかと思った」
「これは、王妃殿下の印章か!」
「そうだよ」
「ああ……これは、この地から逃れる一縷の望み。もしお前の頼みを聞いたら、王妃殿下への口利きがあると思って良いのか」
「私は夢魔だから、夢を繋げる。直接会わせてやってもいい」
「なんと……分かった。話を聞こう」
やはり王家の威力はすごい。リリアムは工房のこと、メーヌ工房の暗躍、そして背後にあるサノワ領主の話をした。
守護卿は少し質問を挟みながらも、最後まで聞いてくれた。そして、ふむと頷きながら言った。
「おそらく、その疑いは正しい。このままではアルド工房はうま味だけ吸い取られ、赤字を押し付けられるだろう」
「何かいい手はある?」
「ある」
「それは一体?」
「その前に、私の話を聞いてもらおう」
「はい」
聞きましょう。何を話すのだろう。そう思っていると、守護卿は思いがけないことを口にした。
「私はジェラル・ダリコ。貧しい寒村の四男として生まれた」
「えっ?!」
「生家は当然、裕福ではない。いつもひもじく、そして家族間でも争い合うような暮らしだった」
「え、その生い立ちヒストリーからの話、必要ある?」
「順を追って聞け」
「ははあ……」
長くなりそうだし別に聞きたくもないが、仕方ない。巻きで頼みたいところだと思いながらリリアムは勧められてもいないソファにドサッと座った。
「だが、私には魔術の才能があった。邪魔をしようとする、労働力扱いする家族を出し抜き、王都に出た。そこで働きながら魔術の腕を磨き、独自で魔術師となり、王宮魔術師となったのだ。王立魔法学園の卒業生ではない魔術師は、数十年ぶりだった。九十九パーセント以上が学園からの就職となる。私も学園には憧れたが、どう足掻いても学費が無かった」
「ああー……」
出たよ、魔法学園。そこに入学、そして卒業したら就職は間違いない。中等部から入学する人が大半で、その学生は良い家柄のお金持ちばかり。
その中で王宮魔術師まで上り詰めたのは、このジェラルに類まれなる才能があったからだろう。
左遷されてるけど。
「王宮内でも順調に良い部署に配属された。魔術探索の部署だ。ある体系の魔術を深く探求し、月に一度、王宮内の議会に発表する。新たな魔術探求が叶えば、それは素晴らしい成果になるだろう」
「ふーん」
リリアムはソファでゴロゴロしながら適当に相づちをうった。
ジェラルは気にせず続ける。
「だが、そのようなことは一切起こらない。何故なら、報告書は詳細にレイアウトが決められていて、五ページ目にはある資料の参照、八ページ目には別の資料の図面を写生と書くことが全て決められている。勝手に変えたら上司に罵倒される」
「全文コピペかあ……」
「……その月の会議が終われば、次の月には別の体系魔術の報告書作りだ。永遠にその繰り返しだ」
「それなら、魔術は永遠に新しい要素が見つからないのでは」
「そうだ。だが、王宮魔術師が勤務する部署では全て、書面の文字の大きさから配置、使っていい語句とそうでない語句、ページ数とすべてが決められている。個人の裁量で変更は不可だ」
「何百年も続いてたら、完全に停滞してるんだなあ」
リリアムの感想に、ジェラルは頷いた。
「だが、私はなんとか仕事をこなした。全く遣り甲斐がなくとも、職を失う訳にはいかない。そうしているうちに、私は見初められた」
「え? 突然の展開」
「ダリコ宮中伯に魔術の腕を認められ、娘婿にと乞われたのだ。紹介されたフランソワ、私の妻はそれはもう可憐で、私は一目で夢中になった」
「へー。身分目当ての政略結婚かと思ったけど、そうじゃないんだ」
「可愛い息子も生まれ、幸せだった。宮中伯の入り婿ということで、新たな扉が開かれた。それが、悪夢の始まりだった。皆が全く同じ報告書を作っていても、出世争いはある。どうやって出世するかといえば、上司にいかに気に入られるかだ。王宮内にあるサロンに出入り出来るようになった私の身分に、上司は目をつけた。サロンに案内せよ、と」
そろそろ失脚パートだろうか。
「サロン?」
「色々なサロンが、様々な名目で開かれている。貴族の夫人が所属する物では、絵画や詩、音楽などについて学び語らい合うことが多い。だが、それは全てただの名目だ。実態は、不倫、乱交など汚らわしい遊びの巣窟だ」
「ああー」
日本でも職場不倫とかPTA不倫とか聞く。世界が変わっても、人がすることは同じようなものだ。
「私はサロンに案内することは了承したが、自らが入ることは拒否した。するとサロンオーナーの夫人に目を付けられることになり、あっという間に左遷されてしまった」
「潔癖そうだもんね……」
「だが、ここで耐えて雌伏の時を過ごし、中央に返り咲く。その間に新しい魔術の探求をする。そう思っていた。だが、ここでも同じだった。毎月の報告書は記述方法が詳細に決められている。そして、中央に戻るにはある程度の実績が必要だ。その実績とは、サノワ領主を風俗店で接待しなければ認められない」
「あー……」
もう、かける言葉がない。
「前任者はサノワ領主を風俗店に連れていき、一緒にプレイを楽しみ意気投合し、推薦を取り付けた。私には無理だ。妻以外の女性には触れたくない」
「奥さんにしたら、嬉しいだろうけど」
「フランソワは地方でなど過ごせないと、王都の屋敷で暮らしたままだ」
「単身赴任……」
「前任者がサノワ領主を接待した際の記録が残っている。接待は当然公金だが、サノワ領主も私腹を肥やしてその金を性風俗店に落としている。その証拠を、私は告発したい。カンペールの大公では駄目だ。同じような街がいくつもあるし、大公にとっては面倒なことになる。もみ消されるだろう」
「王妃に直訴する?」
「出来るならば」
「よし。じゃあそうさせてやろう。その代わりに、アルド工房の借金問題を上手いこと解決してほしい」
すると、ジェラルはさらさらと紙にいくつかの単語を書いた。
「工房の代表者に、優先順位をつけさせろ。何を残し、何を手放すかはそれをもって決める」
「なるほど。流石、有能」
「それほどでも」
気取って言ってるが、その声は希望に満ちていた。
王妃がそんなこと知らない、汚職くらいよくあるだろ、とか言ったらどうしよう。
ちらりとそんなことを思ったが、リリアムは空間転移で部屋から消えたのだった。




