5.
リリアムは本題とは関係ないものの尋ねてみた。
「ミリアは腕のいい若手職人と一緒に、みたいな話を聞いたんだけど」
「ルトは身を引いた。貧しい移民で孤児だったことに負い目があるんだろう」
「へー。ミリアはなんて?」
「メーヌ工房との件は親方が断った。だったらミゲルが是非嫁に、と申し出たがそれも親方がなかなか首を縦に振らなくて話は立ち消えになったな」
「え、ミリアの結婚は親方が決める感じ?」
家長制度で親が結婚相手を決める的なものだろうか。そう尋ねたがモーリは否定した。
「ミリアが希望すれば、親方は色々言っても最後は折れるはずだ。だがあの娘は大人しいからか、結婚はしたくないからか、何も言わん」
「まあ誰も好きじゃないかもしれないしね」
「それで、メーヌ工房は色々仕掛けてきて、今は本腰を入れてこの工房を乗っ取ろうとしている。最近はとにかく揉め事が多く、物が無くなったり伝達がまるで機能しなかったり、雰囲気は最悪だ。私も、やってもいないつまらないことを疑われ、こっちから辞めてやった。もうこの工房は終わりだろうよ」
工作員が入り込んでいる。あのビアスの他にも。それは確実だった。
リリアムはそういうのに詳しいのだ。前世では町工場が大企業に挑むドラマや銀行が舞台のドラマなんかを見ていて知っている。
それにしても、と目の前の細かくてうるさそうな経理担当を見つめる。
「そうは言いながら、乗っ取られるのが悔しいって感じじゃん。わざわざ話をしに来てくれてるし」
「……別に。後ろ暗いところはないから話をしに来ただけだ」
神経質そうなおじさんにツンデレされてもイマイチなんだよなあ。
リリアムはそう思ったが口にはしなかった。代わりに、話をまとめる。
「じゃあ、向こうの共同経営案に乗ったら、とりあえず倒産は免れるんだね」
「実質経営は向こうでこちらは冷や飯食い、すぐに名前も無くなる事実上の倒産だがね」
それは別に、どうでも良かった。工房の名前や歴史なんて興味もない。ただ、己が持ち込む携帯電話を技術的にちゃんとしてくれる職人が居ればそれで。
「まあ、借金が無くなればそれで。自己破産とか民事再生とかないんでしょ? 借金あったまま倒産したらどうなるの」
「ミンジサイ……? 借金があったまま倒産すれば、借金取りに捕まって永久に搾取されるだろうなあ。親方も、ミリアも」
「じゃあ早く手続きした方がいいと思う」
そう言うと、モーリはまたため息を吐いた。
「それなんだが、どうも嫌な予感がする。上手く手続きしないと、最悪、工房全部乗っ取られた上に借入金だけ残されるという風なこともあり得る」
「嫌な予感は大体、当たるもんだよ」
経理担当で数字に細かい人の第六感だ。きっと色々な事実に基づいた予想だろう。そういうのは当たる。
リリアムが同意すると、モーリは声を潜めた。
「メーヌ工房は、サノワ領主にだいぶ献金をしているようだ」
「領主。偉い人かな?」
「そうだ。向こうに領主がついているなら、よほどうまく話をまとめ、書面にしなければ後からひっくり返される可能性はある。また、そういうことをしそうなほど、メーヌ工房はアルド工房に恨みとか執着めいた物を持っている」
「恨まれてる?」
「この買収は、割に合わない。強い組合に入るなら、別の工房だっていくらでもある。アルド工房の名欲しさに、今までいくら使ったんだか。今でも、工房に向こうの手の者が入り込んでいるだろう。どれほどの金をかけても欲しい、この工房をモノにしてやるという確固たる意志を感じる」
あのアサシンであろうビアスに、ブルケと同じくらいの腕があるなら雇用も高くつくだろう。
なるほど、経理らしい観点である。
逆に、それほど執着があるなら借金を押し付けてうまいこと出来ないだろうか。リリアムはうーんと唸って考えて言った。
「ここって弁護士とかいるの? えーと、こういう取引で正式書類をちゃんと書いて法的に上手くまとめてくれる人」
「守護卿だろうか。しかし、こんな工房の借入金の問題ごときでは話も聞いてもらえない筈だ」
「普段はどうやってるの? 個人で契約してるってこと?」
「そうだ。各々で取り決める。書面を交わすこともあるだろうが、問題があっても話し合いで解決が基本だ。どうしても双方に不満がある場合は、領主に訴えでる」
「その領主がバックにいるなら、何をされても訴えたところで、ってやつかあ」
「そうだ」
なるほど、上手いこと出来てる。感心している場合ではないが。
「領主よりエライ人って居ないの?」
「カンペール大公だ。サノワ以外の、他のいくつかの街もまとめてカンペール大公が統治している」
「その人に話すことって出来る?」
「出来ない。大公はこんな些事に絶対口を挟まない。余計なことをすれば、逆に不興を買うからやめろ」
モーリは危機感を抱いたような口ぶりだった。リリアムが大公とやらに突進したら大変なことになると思っているのだ。
「じゃあ領主のライバル的な存在は? 他の街の領主とか?」
「サノワ領主のライバルはベノア領主だが、他の領地の問題に口を挟むのは越権行為だ」
「そう……」
どうしたもんか。ベノア領に引っ越ししたところで、借金は無くならないしなあ。
そう思っていると、モーリは慎重な口ぶりで言った。
「ライバルではないが、守護卿ならば、ある種、領主の行動に異を唱えることも出来る」
「守護卿ってどういう人?」
「裁判を行い、裁判官となる権限がある」
「え! じゃあその人に言えば……」
「守護卿が行う裁判は、重大な犯罪行為が基本だ。工房同士の諍いなどには関わらない」
「まあ、確かに重犯罪じゃないもんね……」
「それに、この街での守護卿というのは平たくいえば中央からの左遷コース。大抵は中央に返り咲く為に問題を起こさない。そして、領主と揉めることも問題となる」
「ああー。じゃあ、領主と対立してまで裁判官裁判はしない?」
「少なくとも、私が生きている間に行われたことはない」
「そっかあ」
「それに、守護卿は中央から来ていて身分もあり、プライドも高い。工房同士の問題など、話も聞いてもらえないだろう」
魔女パワーでなんとか話を聞いてもらえないだろうか。多少強引に押しかけてもまあいいだろう。
「分かった。ありがとう」
リリアムは礼を述べて話を打ち切った。
部屋を出ると、親方が待ち構えていた。
「おい、いい加減魔女の依頼を教えてくれ。どんな素材をどう加工するんだ? 遣り甲斐がある仕事なんだろうなあ」
「あっ、うーん。そうだな。カラコンを作れるか?」
「カラコン?」
「コンタクトレンズって分かる?」
「なんだそれは」
やはり、この世界でコンタクトは無かった。そこから説明をしなければいけない。
「簡単にいえば、目に薄い膜を入れて、目の色を変える」
「目の色を……? そんなことして、何になるってんだ」
「えーと……おしゃれ?」
「おしゃれだぁ?」
その時の親方といったら、なーんだつまらんという態度モロ出しで半目でガッカリしていた。
リリアムがこれだけ骨を折って皆から話を聞いてなんとかしてやろうと頑張っているのにこの態度。
正直、腹が立つが説明を続けた。
「目に入れられる物が作れるようになれば、次は度を入れたらいい」
「度ってのはなんだ」
「人の目は、ピントを合わせて物を見ているだろう。ピントが合わないと、物がぼやけて見えるから眼鏡が必要だ」
「うん? するってえと、その膜で眼鏡代わりになるってわけか?」
「そう。話が早い。眼鏡でピントを合わせているものを、目に薄い膜を入れることでも可能に出来る。すると目が悪い者も、眼鏡はかけなくてよくなる」
瞬時に親方のテンションがあがった。
「目が悪いやつは下を向いての作業中、どうしても眼鏡が邪魔になる。それに、火を使う時や熱い時は汗で滑ったり、寒い時は曇って見えなくなったりする。そういうのも無くなるわけか」
「そうそう。レンズによって屈折率を変えたら度が変わるから、その人の目の悪さによって違うものを入れて」
「ああー! なるほど」
「だとしたら素材は……」
「目に入れてもいい加工の出来る……」
気付けば、職人たちが集まって口々にワイワイ言っていた。
ルトがボソッと言う。
「大鬼蜻蛉の魔獣がこっちを見る時、目の中が動いていた。あれがピントを合わすということだろうか」
「多分そう」
リリアムが答えると、親方が大声を出す。
「誰か! 商会で大鬼蜻蛉の目玉、出てないか探してこい!」
「あ、それならザック。倒して素材取ってこれる?」
「分かった」
「ありがとう」
無口な男は軽く請け負った。やはりこういう時は、頼りになる。リリアムはありがたく礼を述べた。
すると、ザックも親方に話しかけた。
「俺も、加工してほしい物があるんだが」
「なんだぁ?」
「黒蜘蛛だ。糸の器官も取ってきてある」
「へえ、そりゃあ。見してみな。それにしても、黒蜘蛛なんてよく倒せたなあ。あいつら、群れで襲ってくる上に体が硬いから、上級狩猟者が数人で組んでも骨が折れる。この街でもなかなか素材の出物は見ねえ」
それを聞いてリリアムは愕然とした。すぐにザックに文句を言う。
「は?! ちょっと! 簡単に倒せるとか巣に突っ込んでいったのは何?!」
「ここで取り出していいのか。かなり大きいが」
「……!」
ザックはしれっとリリアムも無視する。しかも、ここであの死体を出すつもりなのか。解体はある程度していたようだが、もうあの蜘蛛は見たくない。
ザックが外套の内側から取り出す素振りを見せたので、リリアムは慌てて店の外に逃げ出したのだった。




