4.
リリアムの野次馬センサーは光っていた。
このルトという男と娘さん、絶対何かあるだろ。後で調査が必要だ。
その次は勤続五年の若い者二名で、同じような年代の者はほとんど辞めた、もう工房は終わりじゃないかと口々に不安を述べた。
その後になると、最近来たばかりの男になる。三人のガタイのいい男たちは、他に行くところも仕事もないが、ここは住み込みで食も確保されているから勤めている、と言っていた。
これで終わりのようだった。
リリアムはうーんと伸びをした。
「はー。話を聞いただけで疲れる」
「何か分かったか」
ザックがせっつく。まだ分かるわけない。
「経理のなんとかさんの話を聞いてからだね」
「モーリだ」
「よく一回聞いただけで覚えてるなあ。すごい」
「これくらい当然だ」
覚えてない方が馬鹿なんだ、と言外に匂わされているような気がする。
しかし、無視して外に出た。
そろそろ、親方とそのモーリが帰ってきているかもしれない。
借りていた部屋を出ると、一人の女性が駆け寄ってきた。
「あの、すみません、お手数をおかけしてしまって……」
三十歳くらいだろうか。生活に疲れ切った顔をしていた。服も地味で、宝飾の類は一切つけていない。この人が、親方の娘のミリアだろうか。
ルトを婿にするなら、もうちょっと若い娘かと思っていたが、そうでもないらしい。
ミリアにも話を聞こうと、口を開いた瞬間、少年が駆け寄ってきた。
「ミリアさん! その人たちが魔女の使い?」
「ビアス、失礼でしょ。すいません、うちの細々としたことを手伝って貰っている子で」
「オイラも見習いだから、話したいっス!」
リリアムは、その少年を見て驚愕で目を見開いていた。
褐色の肌に、ぴちぴちの黒い服。短いトップスと短パンで、お腹も太ももも丸出し。猫の目を思わせる琥珀の瞳に淡い金髪のショートヘア。
漆黒の暗殺者、ブルケを少年にした姿そのものだった。
リリアムは慌ててザックに精神感応で呼びかける。
『ザック、こいつ……』
『ああ、漆黒の暗殺者の血縁と見ていいだろう』
『暗殺者としてここに居る?』
『おそらく、敵が潜入させているんだろう』
「敵って?!」
『落ち着け。お前が知ったということを、こいつも知ったぞ』
『え……』
その言葉に、愕然となる。一応、感情を昂らせないまじないはかけていたのだが。
『目と視線、動きでバレバレだ。もっと無表情でいろ』
ザックは完全に自制をしているので無表情で静かだ。
そんなこと、出来るならとっくにやっている。
リリアムは自分には無理だと思いながら、一応少年に声をかけた。
「お前は」
「ビアスっす! 工房見習いで、色々お手伝いをしてるところっス!」
「すぐに他の働き口を見つけろ。ここからは出ていくといい」
「えっ、でも。せっかく働き始めて、みんなとも仲良くなったのに……」
見るからにショボン、として見せている。
ショタ好きにはたまらないのかもしれない。
だが生憎、リリアムの人間不信には子供も含まれていた。何せ、子供は容赦がない上に己は何をしても責任を負わなくていいと舐めくさっている。リリアムは慈悲を見せずに厳しく言った。
「まだ働き始めたところなら、他の工房でも仲良くなれる」
「でもぉ……」
ちらちらとミリアを見て助けを求める。あざとい。
リリアムはうわぁという表情になったが、ミリアはまんまと庇った。
「すいません、うちで面倒を見ている子なんです。しばらく置いてやってはいけませんか」
「そんなことやってる余裕ある?」
「それは……」
「ビアス、お前の出身は?」
「孤児で、転々としてたっす。今まで面倒見てくれてた人が野垂れ死んで……」
「へー」
その人、漆黒の暗殺者とか自分で名乗ってなかった?
そう言いたかったが、まだその時ではない。
「それで、たまたまお腹空いて倒れそうな時にミリア姉ちゃんが助けてくれて」
「ふーん。この工房の状況、分かってる?」
「なんとなくは……でも、オイラも頑張るっス!」
「お前に出来ることは、すぐにここを去って食い扶持を一人分でも減らすことだけど」
「そんなあ」
そこにまた、ミリアが割って入る。
「すいません、本当に……」
「お前は息をするように謝るのだな」
「え……」
「自分が悪くないことでも謝罪することが癖になっている。悪いと思っていなくても、とりあえず謝っておけば場は収まるからだ」
「っ……」
コールセンターの人なんかは、申し訳ございませんと言いながら片手で電卓を叩いて入力していると聞いたことがある。神経が磨り減る大変な仕事とは思うが。
そういう申し訳ございません感が、ミリアにはあった。
「まあいい。経理担当は来た?」
「は、はい。あちらに」
経理担当は細かそうでかつ、説教が長そうな眼鏡のおじさんだった。
「全く。出て行けと言ったかと思えば戻ってこいとは。相変わらず勝手ばかりで道理にかなわない……」
ものすごくブツブツ言っている。親方はそっぽを向いていた。
まあ職人と気が合わないだろうというのがよく分かる。
しかし、ようやくこの工房の内情を知る人に話を聞けるのだ。
リリアムは再び部屋の中に戻って、モーリと対面した。
「全く。この工房に限らないが、物作りさえすればそれでいいと思っている。金の流れに無頓着で収支のことさえ考えない。少しは利益にも気を付けてほしい」
いきなり愚痴っぽい。
彼の話を遮るように、リリアムは聞きたいことをぶつけた。
「この工房の借金は、返済できる?」
「無理ですね。今のままじゃ、どうあがいても返せない。利益より利息の方が多い」
どうしてそこまで借りてしまったんだ、と聞きたいが、それよりも返済について先に聞けることを聞いてしまおう。
「借金を一本化して、まとめてしまうことって出来ない?」
「ふーむ。そういう手法もあるのか。いや、でも無理ですね。今のアルド工房に、まとまった金を貸してくれる商会も、金貸しも居ない」
「自己破産とか、借金をチャラにする方法ってない?」
「そんな都合のいい方法は、一つしかありません」
「えっ、あるの?」
ダメ元で尋ねたことに肯定の返事があったので、少し驚く。
モーリは嫌そうにため息を吐いてから口を開いた。
「メーヌ工房への全ての譲渡。それしかない」
「身売り、ってこと?」
「それこそが思うつぼ、先方の目当て。全く。ですが、全権譲渡しか借入金を返済する方法はありません」
「じゃあ身売りしたら何とかはなるんだ」
そう言うと、モーリはまた深いため息を一つ。
「はあ。そもそも、これほど借入金額が多くなったのは何故と思いますか」
「知る訳がない」
「大きな仕事と共に、巧妙に貸し付けられているんです。必要額も大きいが、利益も大きいと思わされて。しかしそんなのはまやかしです。私は何度も忠告しました。怪しい仕事は受けるなと」
「でも、大きな仕事をしたい親方はそんな忠告は聞かない?」
既に想像出来る。
小言と思って聞き流す親方、しかし経理担当は正しく危険を伝えていた。
「全く。私は最初から、メーヌ工房が怪しいと思っていましたがねえ。いよいよとなった時に、思った通り、メーヌ工房から打診がきました。共同経営の誘いでしたが、事実上の買収です」
「まあそれも、親方は突っぱねたんでしょ? 目に見える。ところで、メーヌ工房はどうしてこの工房に目をつけたんだろう」
「サノワの街には工房がたくさんある。それはこのアルド工房があまりに繁盛するから、周囲にも他の工房が出来たんだ。いわば工房の街の祖となる存在」
「二十代目の親方とか言ってたもんね」
現在の状況はさておき、それほど続いていたのはすごい。
「そうです。そして、工房組合は存続年数によって分かれている。アルド工房は最古の組合、メーヌ工房はまだ百年にも満たないので組合としては弱い。組合によって上からの大きな仕事を受けられるので、その力は馬鹿に出来ない」
「はー、なるほど。読めてきたなあ」
「己の力では如何ともしがたい歴史の重みを、メーヌ工房の代表は合併という形で凌駕しようというのだろう。最初は、ミリアを嫁になんて話だったが、今から思えばそれくらいは可愛いものだったな」
ミリアの縁談。さっき聞いたところだな。




