3.
親方が不在の間も時間を無駄にしない。
リリアムは、事務所の奥の小部屋を借りて、職人たちに次々と話を聞いていった。当然、背後にザックを立たせて睨みをきかせてもらう。リリアムだけだと舐められるからだ。
「勤続年数が長い人からお願いします」
一番はなんと、勤続五十年。先代の親方から仕込まれ、先々代も知っているという御年六十五歳のヴァルツというベテラン職人だった。
「そろそろ隠居かのうと思っとったんじゃがのう。こんなことになったから、少しでも手伝おうと残っとったんじゃ」
「お聞きしたいのは、最近の経営状態についてです。工房が借金まみれっていうことはご存じでしたか」
「そうじゃのう。給金もなかなか出んしなんとなくはなあ」
なんと、従業員の支払いもストップしている。倒産寸前のブラック企業だ。
よくそんなんで、みんな大人しく働いているなと感心さえする。
「経営が上手くいかなくなったきっかけとかありますか? 大きな仕事を失敗したとか」
「いんや。仕事はあるし、金も回っとったと思う。じゃが、入るより出るのが多くなったんじゃろうなあ」
「経営の判断は親方がしてるんですよね? 判断について何か思うことはありませんでしたか」
「職人っちゅうんは、いい仕事してなんぼじゃからのう。親方の腕は間違いない。それで仕事が次々来る。現に今も、仕事には困ってない。先代も先々代も、そうしとった。じゃが経営うんぬんで工房が困る、いうんは時代なんかのお」
では、親方が無能ではなく、時代の流れに乗れてなかっただけなのだろうか。
「親方以外に、腕がいい職人はいるんですか」
「ああ。ルトはいい腕をしとる。親方も見込んで、ミリアと結婚させて跡取りに、ちゅう話もあった」
「ミリア、というのは親方の娘さん?」
「そうじゃ。親方は息子には恵まれんかったからの」
腕がいい職人を一人、婿に取る。愛憎渦巻く展開になりそうだ。
「そうですか……他に、最近目立ったこととか、気になったことは」
「細かな揉め事はいつもあったが、最近は多い気がするのぉ。もう行ってええかの、仕事があるんでな」
「はい。ありがとうございました」
じゃあ次の人を呼ぼうかな、と思っていると背後から視線を感じた。ザックが何か言いたそうだ。面白そうな瞳をしている。
「……なに」
「年寄りには敬語なんだな」
「……!」
そうだった。ついつい、前世のつもりでお年寄りに使ってしまっていた。魔女は敬語なんて使わないのに。魔女ロールプレイをしなきゃ。
そして、ザックのこの試すような視線にぐぬぬとなる。
ザックは最近、リリアムが試練を超えられるか見つめる師匠のような立ち位置だ。黒蜘蛛の件でも、リリアムが戦わず逃げたら解体を見せようとしていた。今も、この工房の一件を解決できるかお手並み拝見といったところか。
師匠気取りか? 腹の立つ。
まあ現に、ザックの方が腕も立つし人に言うことを聞かせられる。
職人が話を素直にしてくれるのも、ザックが背後に立っているからだろう。リリアムだけじゃここまでさくさく情報収集も進まないだろう。
リリアムはムスッとしながら、次の職人を呼びに行った。
勤続年数三十年、二十年クラスの人も、大体同じような話だった。ただ、その人たちは働き盛りで家族を養わなければいけない。この工房はどうなるのか、と逆にリリアムに質問をしていた。
そのうち、四十絡みの職人は気になることを口にした。
「実は、メーヌ工房から声をかけられてて」
「転職の声掛けか」
「そうなんだよ。だがなあ、こっちの親方には若ぇ頃からずっと世話になってるしなあ。けど、このままじゃ工房を身売りって噂もあるし、給金の支払いも遅れてるしなあ」
それは悩ましい問題だ。
だが、そのメーヌ工房は借金取りオススメの工房だ。何か、繋がりがあったりするというのは穿った見すぎだろうか。
「そのメーヌ工房っていうのは、どういう工房だ」
「ああ、あっちも老舗だが歴史はそれほどではねえ。こっちは初代アダム王御用達だからな!」
「……! アダム王か」
あの携帯電話を宝玉仕様に変えたのも、この工房の先祖なのだろうか。早く見せたい。それなのに、なんでこんな面倒くさいことを……。
「最近、メーヌは若ぇ息子が工房をついで、腕は大したことねえくせに大きな顔をしてやがるらしい」
「それは、腕はなくとも経営がしっかりしているのでは」
「職人は腕あげてなんぼだぜ」
「ここで腕がいい職人は?」
「ベテランは大体うめぇ。皆、他の工房にゃねえ技の持ち主だ。若ぇのではルトが見込みあるな。まあ、あいつもまだまだだが」
他の職人もルトをあげていた。彼は若手ナンバーワンのようだ。
「なるほど……他に最近、変わったことや気になる点は?」
職人は饒舌になった。
「最近入った若ぇ奴ら、やる気がねぇ。仕事は真面目にやってるが、職人になろうって気概が全然ねえんだ。言われたことをやってるだけじゃ駄目だ。もっと熱意を持って、先輩から仕事を盗もうって心意気じゃねえと。最近の若ぇもんは……」
「はい、どうもありがとう」
途中で遮って追い払った。
根性論と最近の若い者は、のハイブリッドだ。職人なんて体育会系だから、上に服従で下に厳しくなるのだろう。
その次に呼んだのは勤続十五年。ミゲルという男だった。
今まではおじいちゃんとおじさん職人だったが、ぐっと若くなった。職人らしくいいガタイだが、なかなか小綺麗にして髪もまとめられている。女にモテそうで、本人もそれを自覚しているのか自信満々そうだ。
開口一番、ミゲルは言った。
「この工房は、もう駄目だな」
「ほう」
「借金まみれで、給金もろくに出ねえ。親方は腕はいいか知らんが、人を見る目も工房を上手く回す頭もねえ」
ここにきて、反親方派が出てきた。
まあ、若手ならそう反発もするだろう。
「それでも辞めないのは何故だ」
「俺が十五の頃から、世話になってるからなあ。下の連中はほとんど辞めちまったし、上もそろそろだろう。辞めたくはねえんだがどうなるもんだか」
「辞めていった者たちは何と?」
「こき使われる割にゃ給金が低い。不満だらけだったんだろ」
「何か、決定的な出来事があったことは?」
「……いや、別に。」
何か、言いかけて止めたように思えた。あとで夢でも尋問して記憶は消すのがいいだろう。
「工房の中で、腕がいい職人は?」
「俺だ!」
他の職人は、ミゲルの名前など誰も出さなかったが。
「メーヌ工房から誘いは?」
「は?! なんでここにメーヌ工房の名前が出てくんだ!」
「他の職人で、誘われた者がいたぞ。お前の腕がいいなら、誘われているだろう」
激高した様子のミゲルだったが、その言葉を聞いて急に愛想笑いをした。
「あ、ああ。はは……実は、俺も誘われた。だが、疑われたらいけねえと隠してたんだ。他の奴も誘われてたんだな」
疑うとは、誰が何の嫌疑で?
有り体にいって、ミゲルは怪しい。
だが、何をやっているか、この工房の問題点は何かも全く分からない。
もっと推理の上手い探偵役が欲しい。前も思ったことをまた思いながら、リリアムはミゲルを解放した。
次に来た若者も、ガタイが良かった。しかし、ムサい。
無精ひげだらけで、タオルを巻いた頭からボサボサのぱさついた髪が跳ねている。
目もどんよりしているし、なんとも陰気な雰囲気を感じる。
「勤続年数と、名前を」
「勤続年数は、十四年。名前は、ルト」
「おお。お前が、腕のいい職人か」
「…………」
褒めても、無反応で黙り込んだままだ。口が重い性質らしい。
「何歳から勤めてる」
「十三」
「最近の工房に思うことは」
「俺は、親っさんの言うとおりに、働くだけだ」
ルトは親方服従派らしい。その後、色々聞いても反応は鈍く、親っさんの言うことが全てだ、という趣旨を繰り返していた。
彼が強い反応を見せたのは、後継ぎのことを振った時だった。
「お前と親方の娘を結婚させ、工房を継ぐ話もあったと聞いたが」
「……お嬢さんは、俺には、勿体ない方ですから」
そこにはなんだか感情が乗っているように聞こえた。
しかし、その後に工房のことを色々聞いても、分からない、親方の言う通りと繰り返す。
本当にこの男がピカイチの腕なんだろうか。
もし工房を継いでも、今の親方と同じく経営は上手く回らないような気がする。
「分かった、行っていいよ」
そうすると、ルトは立ち上がってから重い口を開いた。
「あの。親方と、お嬢さんは、どうなるんでしょう」
これは、初めての質問だ。
皆は、工房と借金、自分の行く先を気にしていたが親方とその家族の心配は誰一人もしていなかった。
彼は口下手でムサい男だが、心根は優しいと見た。
「借金を返す為には、色々大変だろうけどねえ。まだ分からないな」
「その。よろしくお願いします……」
頭を下げて出て行った。




