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2.


 サノワは、工房が多い活気ある町だった。

 リリアムはまだ蝙蝠の姿で周囲の人々を観察する。やはり目の赤い人間など一人も居ない。この町では魔法で目の色くらい誤魔化せる。

 しかし、学園内ではどうしたものか。工房に相談しよう。

 そう思いながら、人の姿に戻ってザックの隣を歩く。


「やっと戻ったか」

「通行税、一人分浮いたでしょ。ザックの身分証、あれどうやって手に入れたの」


 この世界ではどこでも自由に移動できるわけではない。都市に入るには門をくぐらなければいけなくて、その度に身分証を提示の上税金を取られるのだ。

 ザックは隣国でフリーの騎士として汚い仕事も引き受けていたようだし、正当な身分証があるとは考えられない。それなのに、スッと出して何の咎めもなく入場出来たのだ。

 何か汚い手を使って偽装書類を得ているのでは、と考えたが、ザックの答えは素気なかった。


「さあな」


 それに、蜘蛛の解体をした筈なのに荷物が少ない。身軽な旅人そのものだ。

 リリアムが精霊界を物置代わりに使っているのと同様、彼も何らかの引き出しを持っていそうだ。ただ、口が堅くてリリアムを信用していないので詳細を言わないだけで。

 まあ淫魔を信用して秘密を明かす人間などいない。

 少々寂しい気もするが、リリアムだって人を信頼は出来ない。お互い、距離を取って付き合っていくか、それも煩わしいなら何者とも付き合わず孤独に暮らすしかないだろう。


「……工房の名前、覚えてる?」

「ああ。アルド工房だ」

「場所どこだろう」


 ザックがこの町の住民らしき男に話を聞こうと声をかける。


「おい、アルド工房の場所が分かるか」


男は胡乱げにリリアムとザックを見て、すぐにザックの存在感に目を見張る。

 大体こうなのだ。リリアムがスケスケワンピを着て歩いて、男性が視線を向ける。しかしすぐにその隣のザックの姿にハッとして呆けるのだ。

 一体、この男の存在感は何なんだろう。


「アルド工房だ。分かるか」

「あ、ああ。そっちの目抜き通りの真ん中にある。すぐ分かるよ」

「助かった」


 すぐに歩き出すと、男が立ち止まって背を見送っている。ザックは男女問わず惹きつける性質らしい。

 淫魔の存在、形無しである。


「自信無くすわぁ」

「何がだ」

「なんでもない」


 場所はすぐ分かった。老舗感のある大きな工房だ。

 だが、その店先では揉めていた。


「ちゃんと期限までに返してもらえるんでしょうねぇ!」

「俺は金のことなんざ知らん。勘定担当に聞きな」

「親方、経理のモーリさんは先週辞めてます」

「チッ、だからあんなひょろい頼りねぇ奴に任せるのは嫌だったんだ。だったらミリアに聞いてくんな」


 店先には、親方らしき男と弟子っぽい数人。柄の悪い男たちで賑わっていた。借金取りだろうか。柄の悪い男たちは口々に大きな声で言う。


「何百年続いたか知らんが、こんなに借金まみれの工房じゃロクな仕事出来ねえな!」

「みなさーん! 工房なら別の所に行った方がいいですよー! ぎゃはは!」


 あからさまな営業妨害だ。

 借金を本当に返させたいなら、営業妨害せず仕事をどんどん持ち込ませて利益を集金した方がいいのでは。

 嫌がらせをしているということは、ただの借金ではなく地上げとかそういう類の目的があるのだろう。


「……トラブルの予感」


 その予感は正しく当たった。

 リリアムとザックの姿を見つけた弟子の一人が、声をあげたのだ。


「あっ! 親方、あれは魔女さんの使いじゃ?」

「あん?」

「数日前に、魔女さんから連絡あったでしょう! 使いが行くって」

「ああー! そうか! おいあんた! こいつら追い払って、揉め事を片付けてくんな。仕事はそれからだ!」


 その場の全員の視線がリリアムに突き刺さる。

 こういう時だけ……。


「帰ろうかなあ」


 ボソッと呟くとザックが背を押した。


「言うとおりに片を付けろ。そうすれば、蜘蛛の件は不問にしてやる」

「別に不問にされなくていいんだけど」

「蜘蛛の巣の洞窟に閉じ込めるぞ」

「に、逃げるもん。閉じ込められたりなんてしないし……」


 想像しただけで体が震えた。あの大きな蜘蛛たちが一斉にこちらを見た視線が忘れられない。


「そうか。ならば……」

「ま、まあ、どっちにしても工房に頼みたいことは色々あるし。話は聞こう」


 ザックの不穏な言葉に合わせて被せる。味方になって欲しいのに、後ろから刺されてはたまらない。

 リリアムは前に進みながら、まじないをかけた。

 頭の働きが良くなって口が上手く動くようになるもの。それに感情を抑制して落ち着いた言動を出来るもの。お喋り上手でもないし、頭もそんなに良くないのに、どうしてこんな所で調停役のようにならなければいけないのか。逃げたくなりながらも、渋々歩み寄る。

 工房の皆は期待に満ち溢れた表情でリリアムを見つめ、借金たちは凄んできた。

 リリアムは二つのグループの真ん中に進み出てから宣言した。


「話は聞こう。先に言っておくが、借金が帳消しになるような都合のいい魔法は、無い」


 当たり前だ。

 しかし、工房の人たちはがっかりした表情になり、借金取りたちはニヤニヤし始めた。


「そうそう、借りたもんは返す。当然のことだぜぇ」

「ギャッハッハ!」

「とはいえ、店先でたむろされると営業妨害もいいところ。ザック、丁重にお帰り願って」


 ザックがひと言

「うせろ」

 そう言っただけで柄の悪い男たちは腰が引ける。

 リーダー格の借金取りは捨て台詞をきっちり残していった。


「耳を揃えて全額返すまでは、容赦なく取り立てます。魔女さんも、工房にご入用なら別のところを紹介しますよ」

「オススメがあるなら教えておいて」

「これはこれは。今はメーヌ工房の方が腕も良く、大きな工房です。借金もありませんしねえ。くふふ」


 ぞろぞろと借金取りたちが帰っていく。

 親方がリリアムを見て、ハッとしたようにすごい勢いで近づいてきた。


「おい、あんた!」

「……なに」

「この服は! 五代目アルドが織ったっていう! 古代大蜘蛛の糸を使った!」

「ああ~……」

「すごい仕事だ! 俺も、これくらいの一世一代の仕事をしてぇ! 何か、大きな仕事を持ってきてくれたんだろ?!」

「……貴方はその前に工房の建て直しをするべきでは?」


 リリアムが突っ込むと親方は顔の前で手を横に振った。


「いやいや、俺は職人なんだ。ものづくりをして腕をあげる、それが全てだ」

「じゃあ経営は誰がやるの」

「そりゃー、俺がこの工房の代表、二十代目だからな。方向性は俺が決める」

「よく分かった。貴方が杜撰経営をした結果、この工房は二十代目で最後だと」

「なんだって」

「潰れるね、この工房」


 親方はリリアムの言葉に怒りだした。


「ふざけんな! もうすぐ四百年になろうっていうこのアルド工房を、俺の代で潰すわけがねえ!」

「本当にそう思ってる? 経営危機は無いと? このままずっと、好きなものづくりだけしてやっていけると思っている?」

「ぐっ……」


 ここまで言っても何も思わないなら、見捨てて去ろうと思っていたが、一応思うところはあったようだ。

 リリアムは告げた。


「今、貴方がすることはものづくりじゃない。先ずは経理担当だった人に頭を下げて戻ってきてもらうことだ」

「なんで俺が、あんなやつに……」

「そういう、ものづくりは上で、経理や金銭に関することは下とか思ってるのがだめなんだ」

「それは……」

「そういう態度も経営に現れてくる。だから借金取りにも馬鹿にされるんだ。いいから行ってきて。向こうは嫌がると思うから、少しでいいから話を聞かせてほしいってお願いするんだね」

「何で俺がそんなことをしなきゃいけねえんだ! 俺を誰だと思ってるんだ!」


 リリアムは冷たい声を出した。


「無能な工房代表と思っている」

「なんだと」

「あー、もう話が進まない。もういい。別の工房に頼む。ザック、さっき教えてもらった工房、なんて言ったっけ」

「メーヌ工房だ」

「そっちに行くわ」


 すると、親方は慌てて引き留めた。


「待ってくれ! 魔女が頼む案件、俺ならやり遂げる自信がある!」

「じゃあその前に経理担当。あと、二度と私に逆らうな」

「ぐ……分かった」


 不承不承ながらに親方は頷き、経理担当を呼んでくると約束したのだった。



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