2.
ルドガーは続ける。
「それから、最初の長期休暇までは退学にならないよう、試験を全て及第点を上回ってもらう。補習も許さん。迷宮探求の時間が減るからな」
「いやいやいやいや……」
ちょっと待ってくださいよ。入試って、テストって。
この世界で勉強したことないのに、分かる訳がない。
そんな焦りに、ルドガーはここぞとばかりに嫌味を言ってくる。
「もしや自信がないのか。入試に受からないなんてことはないよな?」
「淫魔に教養と常識を求める方がおかしい。自慢じゃないけど、勉強なんてしたことないし何も分かんないよ」
胸を張ってきっぱり言うと、ルドガーは舌打ちした。
「では、入試まで半年ある。今から勉強しろ」
「えーーーー、やだーーー」
「お前には、しなければならない理由があるだろう」
そう言うと、ルドガーは胸元からぴらりと書類を出した。
それは、リリアムがサインした誓約書だった。
「それはー!」
「おっと、触れるなよ。お前には触れられないようになっているらしい」
そんなの、試してみないと分からない。
リリアムは迷わず手を伸ばした。すると、紙に手が触れた途端にリリアムの手だけが炎に包まれた。
熱い。
しかし、それ以上にどうなっているのかが不思議すぎて手を放せない。
ルドガーは無傷で、リリアムにだけ炎が出現する魔術。生体認証でもかかっているんだろうか? それに、紙から炎が出る魔術なのに、紙本体は一片の焦げもない。こんな魔法、見たこともない。どういう仕組みなんだろう。リリアムは夢中で紙を見つめた。
「おい! おい!!」
紙を手に持ったまま考え込んでいたら、ルドガーが大声で呼びかける。ハッとしたら、彼はリリアムの腕に思い切り手刀を打った。
「痛っ! 痛いでしょ」
「貴様が手を放さないからだ。さっさとその火傷を治せ」
「魔法使えない校則でしょ」
「回復魔法も、精霊魔法なのか」
「そう、闇の精霊の回復魔法ね」
光の精霊の回復魔法は生きている人間に効くが、闇の回復魔法は魔族や妖魔、アンデッド系に効くのだ。
ルドガーは苦々しく、また舌打ちした。
「チッ。ではもう戻る。話の続きは馬車の中でだ」
「あ、待って。その前に」
一応、淫魔の力が学園内で使えるか、確かめておかないといけない。入学後に使えないと発覚したら、目も当てられない。
リリアムはふわりと浮いたり、転移を使ったりした。
要は精霊魔法を使わなければ、淫魔の力は使えるらしい。
「他に、攻撃出来る術はないのか」
「術ではないし、使えるか分からないけど……」
リリアムはあまり使いたくはない、魔剣と化した神獣滅剣を取り出してみた。
「剣を使えるようになったのか」
「いや、これは意志ある魔剣だから使うというより、使われてるって感じだけど。これ、ダンジョンの中で機能するかなあ」
リリアムが尋ねると、ジルが答えた。
「おそらく、魔道具扱いとなって使えるでしょう。学園内で、魔道具は使えますので」
「そっか。精霊魔法じゃないもんね」
こうやって握っているだけで、剣は己を使え、敵を斬れとうるさく催促している。
この剣を普通の人間が触れてしまったら、どうなるのだろう。周囲の人間を次々と殺傷する、とんでもない事件が次々起こるのではないだろうか。
この剣の宝玉をほじくり出して、大人しく出来ないだろうか。そんなことを考えると、剣から拒否反応があった。
リリアムはすぐに精霊界に剣を突っ込む。
それを見てルドガーは満足そうに頷いた。
「俺とジルで、低層階は魔法無しで攻略した。しかし、それにも限界がある。中層以降は、魔道具と悪魔の力で攻略する」
「もう攻略してるんだ」
「当然、行けるところまでは行く。しかし、深くなるほど敵が強くなる」
そういうダンジョン系のゲーム、あんまりやったことはないけど何となくは分かる。
「攻略したら途中から続きとか出来るの?」
「そうだ。一度戻っても、次に潜る時に踏破した階まで進める」
本当にゲームっぽい。どういう仕組みなんだろう。
馬車へと向かいながら、ダンジョンについて尋ねる。
「でもやっぱり、魔法使えないと厳しくない? 怪我をしても、魔法で治せないし」
「回復薬や体力増幅などの薬草、丸薬の類は使える」
ドーピングやアイテムでの回復は出来るようだ。
そういえば以前、ザックがせっせと作っていたのはこういう薬系のアイテムなのだろう。
「なるほど。うーん、でも魔法を使いたい。魔道具の一つ一つじゃなくて、警報装置の方を壊せないかな?」
「それも、出来るとしても長期休暇期間の真夜中だろう。お前に入試と学期試験をこなしてもらうのは変わりない」
「ええー……」
「死ぬ気でやれ」
入試に落ちたら心臓が取られるなんて、リスクが高すぎる。学生になどなりたくないのに、何故勉強しなければいけないのか。
リリアムはブスッとしながら馬車に乗り込んだ。
中で、闇の回復魔法を使う。
普通の人間が触れたら逆にダメージを追う魔術だ。
それを見て、ジルは進言を始めた。
「殿下、私はやはり反対です。魔物を仲間に入れるなど、きっと良からぬことが起こるでしょう」
人ならざる者と積極的に交流しようとは、まともな人間は考え付かない。護衛として、当然の意見だろう。
リリアムもそれに同意した。
「そうそう。淫魔なんか信用できないし、何しでかすか分からないし。余計最悪な事態になってからじゃ遅いから、やめときなよ」
「それに関しては、散々議論しただろう。俺の意見は変わらん」
「殿下……」
なんと、二人はリリアムを無視して話しを続けている。
リリアムの見たところ、ジルはもう既にルドガーへの好感度がマックスで心からの忠臣といった感じだ。それなら目の前で痴話げんかっぽい口論などしないで、先に意見をまとめておいてほしい。
半目になるリリアムに、ルドガーの話は続いた。
「それに、魔道具を破壊した場合、責任を取る必要がある。その時に、この淫魔なら退学になろうがどうなろうがこちらには何の痛みもない」
「それは、そうですが……」
「忠誠を誓う配下にはそんな扱いも出来まい。利用し使い捨てるには魔物が丁度よかろう」
流石にその言い草には、リリアムもムカッとくる。
一番腹が立つのは、目の前でそんな口をきいても大丈夫だと思われている、己の威厳のなさだ。完全に舐められている。
リリアムは嫌がらせに走った。
「ハン。魔物だから利用から始まって、要らない人材だから使い捨てるとか言い出して結局は自分以外の人間を信用できずに切り捨てるんだよね~。器の小さい人間って」
「魔物め、殿下に無礼な口をきくな」
ジルがビシッと言うのを無視して彼に言った。
「自分は別だって思ってる? お前も、他人事じゃないよ」
「そんなことは……! いえ、殿下のご命令なら、どのような命でも従います」
「ふふっ。忠臣の鑑~。でも、そうじゃない。お前のその忠誠も、心変わりして裏切ることがあるって話だよ」
「なんだと……! ありえない! 我が剣にかけて、殿下には忠誠を誓った身!」
「そこまで入れ込んでる殿下が、自分の思ったのと変わっちゃって失望したりとか? 人は勝手に期待して勝手に幻滅して裏切っていくんだから」
「現に今、自分の思い通りに殿下が動かないからって諫めてるじゃん。そういうのが積もり積もっていくんだって」
「き、貴様……!」
激高したジルが睨みつける。けれど、流石に馬車の中でルドガーも一緒だから攻撃はしてこない。
リリアムはジルなんて全然怖くない。ふふん、と余裕で視線を受け止めていると、ルドガーが制止した。
「悪魔の言葉をまともに受け止めるな。会話する必要もない。ただ利用しろ」
「ハッ、御意に」
すると、ジルはスンッとした無表情になって感情を一切見せなくなってしまった。
こういう感情コントロールを出来るのは、流石貴族の子弟だ。幼少時から躾として叩き込まれているのだろう。リリアムにはまあ無理だ。
無表情で心も冷静になったジルからは、恐怖の匂いも感じない。もっと怖がって欲しいと残念だった。
馬車の中がシンとなってしまったので、考えておいたことを言う。
「入試って過去問あるの」
「カコモン?」
「前回までの試験問題。どんなテストになるか、対策はどうするかって話」
ルドガーが答えた。
「高等部への編入は、毎年ほとんどない。外部試験が認められる者自体がごく少数だ」
「え、じゃあ他の人はエスカレーター式とか?」
「エスカレーターが何かは知らんが、中等部から進学する者で占められている。試験は一般的な教養と知識になるだろう。幅広く学習するしかない」
「じゃあどの本を学べばいいか、参考書のリストアップと、試験に出そうな予想問題を作っておいて」
ルドガーがジルを見る。
ジルは頷いた。
「御意」
「受け渡しはどうする」
「魔女の間に置いておいて。頃合いを見て取りに行く」
「分かった」
リリアムには、過去問はどうでも良かった。いや、本当に試験を受けるなら必要だが。
それよりも、魔女の間だ。王宮が出来た当初からあるという魔女の間。そこに何か、イヴリンを出し抜くヒントがないかと家探ししたかったのだ。
その部屋へのパスポートは、目の前の王子だ。
そして、了承したということは、彼は魔女の間に行けて、中に入れるということだ。
中を見てみたい。
リリアムは、期待で前のめりにならないよう、気を付けて口を開いた。
「取りに行くには、一度魔女の間に入っておく必要がある。今から行きたい」
「だったら、魔女の間ではなく以前来た庭ででも受け渡しをすればいいだろう」
「え! いやそれだと、いつ取りに行けばいいか分からないし」
「では、頃合いを見て夢で会いにくればいい。その時に日時を決めよう」
「ぐぬぬ……」
なんでそんなに邪魔をするんだ。そう思って歯噛みすると、ルドガーは鼻で笑った。
「バレバレだ。そんなに魔女の間に行きたいのか」
「別に……」
「まあ、良かろう。全てに鍵がかかっていて何も見られないが」
「へー。お前も忍び込んでチェックしてんじゃん」
「うるさい」
そんな会話の間ずっと、ジルはずっと氷の視線をリリアムにぶつけていた。




