番外SS メグの見る夢
オルコット家の娘は全員、十月十日が誕生日だ。
三年に一度、先祖に居た魔女の秘術で魔力を持った娘を産み出す。術を仕込む日も決まっているから、産まれる日も決まっているのだ。
マーガレット・オルコットが六歳になる前日、その日は家族全員が集まった。
いつも仕事で忙しい父、そしていつも家族には構わずどこかに閉じこもりがちの母。
それから妹のノート。
母は臨月で、お腹が大きかった。
その母がお腹を撫でながら言う。
「明日、もう一人妹が産まれるのよ。良かったわ、無事に出産出来そうで。先代のノートもそろそろ寿命が尽きそうだし、こちらはスペアが出来ることだし、そろそろこの子たちにもこの家のしきたりを教えなければ」
「グレイス。明日はマーガレットとノートの誕生日だ。せめて明日までは……」
父母の会話はよく分からなかった。けれど、不思議そうな顔をしていると父が抱き上げてくれた。
「マーガレット、大きくなったな」
「はい」
「それにノートも」
「パパー! 私も抱っこ!」
「はは、二人同時には無理だな。私も大きくならなければ」
すぐに降ろされたけれど、抱っこされたのは嬉しかった。
ノートが父に抱き上げられ、きゃっきゃと喜びの声をあげている。
「パパ、遊んで!」
「ノートったら。お父さまはお忙しいのよ」
マーガレットがノートを注意するが、父は二人の頭を撫でて言う。
「いいや、今日と明日はお休みなんだ。遊ぼう。ピクニックにでも行こうか」
家族でピクニックなんて、初めてだ。
母は身重なので、玄関で手を振って見送ってくれる。
父が二人の手を繋ぎ、護衛の騎士がランチボックスの入ったバスケットを持って付き従った。
いつもいかつい壮年の騎士が不釣り合いなバスケットを持っているので、マーガレットはくすくすと笑ってしまった。
「メグ、何で笑ってるの」
尋ねてきたのはその騎士の息子であるデリックだ。デリックは四歳年上だから今、十歳にもなるのに身分について理解していないらしい。マーガレットに敬語も使わず平気で話しかけてくる。
「メグじゃなくて、マーガレットさま、でしょ」
「メグはメグだろ」
「もう。貴方もいずれは騎士となってこの家に仕えるのよ」
「先のことなんか分かんないし。バスケットの中、何が入ってるんだ」
「サンドイッチとデザートのプディングですって」
「やった。僕プディング好き」
一緒に食べるつもりなのか、図々しいとマーガレットは呆れる。
けれど、デリックがにこにこして嬉しそうだとつい許してしまうのだ。
そんな二人を見て、父も微笑む。
「マーガレットとデリックは仲がいいのだな」
「そうでもありません」
「はい」
二人は同時に違うことを言う。みんなが笑っている。マーガレットはそんなことないのにと思いながらも、これ以上否定するのも子供っぽいと黙った。
丘の上の、見晴らしがよく下に柔らかな芝が生えている場所に、敷物を敷いてランチを皆で取る。
量はたっぷりとあったので、デリックも遠慮なく食べている。
ノートはまだ三歳なので、食べさせてあげなければいけない。父が食べさせようとすると、ノートは遊ぼうとして全然食べない。
「ノート、仕方ないわね。ほら、ちゃんと食べなさい」
「んん。メグ、美味しいね」
「メグじゃなくてお姉さまでしょ」
デリックの真似をしてしまったノートに注意すると、彼は笑いながら言う。
「メグはメグだもんね」
「ねー」
父とデリックの父が何やら話し合っているので、三人でおままごとをする。
デリックは嫌がらず、ノートに合わせて遊んでくれるので優しいな、と思う。他にも同じ年頃の騎士の子はいるが、女となんか話せるかよ、という態度で近づいてこない。
やっぱりデリックは身分も分からない可哀想な子なのかもしれない。マーガレットはそんな風に思っていた。
だから、デリックがじっとこちらを見た時に、哀れみや悲しみといった感情が彼の瞳に含まれていることも気付かない。
そろそろ帰ろうか、とまた父と手を繋いでもらって屋敷に戻る。
夜には家族水入らずの晩餐だ。
皆が居て話を聞いてくれることが嬉しくて、マーガレットもノートもはしゃいでいた。
母が、そろそろ出産準備をすると言って出て行くまで、とても楽しい日だった。
後から思えば、あれが家族としての楽しい思い出の、最初で最後の一日だった。
母は出産後、マーガレットにこの家の歴史、繁栄の仕組みを余すところなく語ったのだから。
だから、あの日がマーガレットの一番幸せだった日。
ハッと目が覚めると、涙を流していた。
マーガレットは自嘲する。馬鹿ね、過去の夢を見て泣くなんて。十年以上も前の、無知だった頃の話だ。
こんな夢、なんてことはない。
マーガレットは今、特に不幸せでもない。
このヴェルバッハの森を受け継ぎ、娘を二人以上産み、領地を変わらず繁栄させ、次代に繋げていく。
それが己の責務だ。自分の代でこの家を変えることなんて考えられない。
それなのに、どうしてこんなに虚しさを抱えているのだろう。
マーガレットは涙を堪えようとしながら、静かに泣き続けた。
そのうち、腹が立ってきた。
こんな夢を見せたのは、あの淫魔だ。
ザックに姿を変えていたのだろう。見た目はザックそのものだったが、様子がおかしかった。服を脱いで裸を見せた時、馬鹿みたいな表情でまじまじとこちらを見ていたし。
あの淫魔、絶対に仕返ししてやるわ。
マーガレットはそんな風に決心する。
この時のマーガレットには、自分の代で家が大きく変わることも、この先淫魔と長い付き合いになることも、あずかり知らないことなのであった。




