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14.


 家に戻って数日が経った。


「おい。魔女の家には行ったのか」

「いや、まだ……」

「三日前に、二,三日のうちには行くと言っただろう」

「行こうかなぁ、って言っただけで絶対行くとは言ってないし……」


 リリアムの言い分に、ザックは呆れを見せながら言う。


「何故そこまで引き延ばす」

「気まずいし、そんなに会いたい相手じゃないんだって」

「こうしている間にも、さっさと行けば済むことだろう」


 ザックはこの生活に慣れたのか、小言を並べるようになっていた。

 正直、うるさい。しかし、言ってることが正しいのは分かるからあまり強く反論できない。

 働き者でテキパキしているザックからすれば、ダラダラしかしないリリアムを見たらイラつくこと間違いなしだろう。


「分かってるけど~。行く気が起きない」

「魔女に腕のいい工房の場所を聞くと約束しただろう」

「あー……、まあ、いつか……」


 言葉を濁すと、厳しい視線が浴びせられる。


「先送りにせず、さっさと行け」

「お前、私に隷属してるんだよね? なんでそんな偉そうに命令してるの」


 立場を逆だと思っているのではないか。そう釘を刺したのだが、ザックは言い放つ。


「そうでなければ、今頃叩きのめして性根を入れ替えさせている」

「こわ……」


 目がマジだ。その表情のまま、重ねて言った。


「いつ行くんだ。明日までに行ってこい」

「明日、晴れてたら……」

「絶対に行け」


 明日は雨降ってくれ~、と思ったが生憎晴れだった。

 自分の家なのに居心地が悪く、居場所がない。リリアムは渋々イヴリンの家に出掛けた。

 魔女は在宅していたし、リリアムが来るのが分かっていたように迎え入れた。

 家の前に到着するなり、玄関の扉が開いて「お入り」とイヴリンの声がしたからだ。


 こういう魔法、どうしているのだろう。リリアムにはまるで分からない魔術だ。

 ダイニングテーブルの向かい側の席に座らされる。お茶を出されたが、香りだけ楽しむ。どうせ味は分からないし、飲む必要はない。

 まず、話がこじれて喧嘩別れになった時の為に、先に聞きたいことを尋ねておく。


「あの、古代大蜘蛛の服、ありがとう。あれで助かった」

「おや。珍しいね、あんたが礼を言うなんて」

「攻撃をもろにくらうところを防御してくれたから。それで、あの糸を加工した工房ってどこか分かる?」

「ああ、勿論さ。サノワという町にあるアドルバク工房だ。何か加工したい物があるなら、尋ねていくといい。お前が行くことを、連絡しておいてやろう」


 聞いた瞬間、ザックに精神感応で告げておく。


『サノワ、アルド工房』


 すぐ名前を忘れるからだ。それに、ちゃんと聞いておいたという証拠にもなるだろう。


「ありがとう」

「さて、依頼の件だけど。首尾はうまくいったようだね」

「さあ……」


 イヴリンには魔獣退治だけを依頼されていた。それを勝手に、子爵家の長く続いていた秘術をパアにしてきたのだ。場合によっては何をしてくれたんだ、と怒られることも想定していた。しかし、イヴリンは機嫌が良さそうに見える。では、オッケーということだろうか。


「ノートを助け出すまではせずとも、延命してくれればいいと思っていた。あんな歪な魔術でも、王国からは口を出すことが出来ないからねえ。淫魔のお前が勝手に行動してくれて良かったよ」


 また政治的な話だ。

 きっと、王国としては不死竜を生かし続けることに不都合があったのだろう。でも、領主が平和に収めている森に勝手に兵を差し向けることなんて出来ない。だから、魔女が淫魔を派遣したという形を取ったのだろう。


 今頃きっと、子爵夫人や魔女の血をひく娘たちは魔女を激しく憎んでいるに違いない。そんな恨みを買ってまで、何故国に尽くすんだろう。


「ふーん……魔女殿もよくやるねえ」


 皮肉を言ったが、イヴリンはアルカイックスマイルを浮かべたまま言った。


「次の仕事は、ノート・リリィ・オルコットとして王立魔法学園に通ってもらう」

「……はい?」

「勿論、ヴェルバッハ子爵には快諾を得ているよ。ノートのミドルネームにリリィの名前を加えることもね。今頃、改名の届けが正式に提出されているだろう」

「学園~? 嫌だよ、今更学校で集団活動なんて」


 陰キャでぼっちなので、学校なんて行きたくもない。また授業を受けるのも嫌だ。中高の時の話は思い出したくもないし、卒業できてせいせいしていたのに。

 何故再び学園なんて行かなきゃいけないのか。


「魔法学園の生徒にしか入れない、地下迷宮がある。それを踏破するのが仕事さ」

「じゃあ学校に通わなくても、その迷宮とやらだけに行ってさっさと踏破したらいいの?」

「そうは上手くいかない。色々制約があるのさ。ま、その辺りはルドガー殿下から直接聞くといい」


 うわー。その名前、久しぶりに聞いた。

 ということは、その迷宮踏破はルドガーと一緒に行うということだ。

 リリアムは考えてから言った。


「この仕事の到達点はどこになるわけ?」

「到達点?」

「そう。最初に王宮に行って、王族に会わせたりルドガーと同行させた。次にノートの身分を手に入れる為に魔獣退治。その身分で魔法学園に通って、ルドガーと迷宮に行く。その後は? 結局、どうしたいの?」


 一つ一つの仕事では見えない、最終の目的は何だと問うたのだ。

 リリアムは、ふむと頷いてから口を開く。


「ルドガー殿下の、即位だ」

「あの王子にそんな、能力あんの? 魔女がそこまで肩入れして王にして、絶対悪政しないって保証ある?」


 めっちゃ優秀! 生まれながらの王! という感じには見えなかった。

 いきなり人に決闘挑んでくるし、人の仮面取って顔のことどうこう言ってきたし。

 思い出したらムカついてきた。


 あんな奴より、弟の第三王子の方が神々しかった。そっちが王に向いているんじゃないか。

 リリアムの問いに、イヴリンは変わらず笑みを浮かべていた。


「そうならないように、支えるさ。それに……」

「それに?」

「ルドガー殿下は、初代アダム王に似ているのさ。きっと、初代のような賢王になる」

「わあ。それ聞いたら、ルドガーは嬉しくて泣いちゃうかもね。魔女が後押ししてくれる理由が、初代に似てるからだって」

「…………」

「大体さー。そのアダム王って、イヴリンの元カレか何かだったんでしょ? でも王妃と結婚したから魔女は振られた。それなのに四百年も忘れず永遠に国の犬になるなんて、いいように使われてるだけじゃん。いい加減そんな男のこと忘れなよ。元カレのことなんて秒で忘れるでしょ、新しい男作ったら」


 勿論、最後の台詞はリリアムの実体験ではない。

 バイト先のギャルが言っていたことだ。高校生なのに既に元カレは十人以上居たし、振られても次の男がすぐ出来る。曰く、男の傷は男で癒す、らしい。

 それを思い出して言ったのだが、イヴリンは笑みを浮かべたまま言い返す。


「そんなくだらない、下賤な目で私たちを語るんじゃないよ」

「自分は特別だって思ってるの、痛いって。ただ利用され続けてるだけなのに。洗脳されてる人って言っても分からないって言うから理解できないのかもしれないけど」


 リリアムが言い募ると、やはりイヴリンは立腹したようだ。以前のように、心臓を掴む素振りを見せる。


「ぐえーっ……なんてね」


 リリアムも同じ手はくらわない。心臓、魔族の核は分けて他の場所に移動させてある。

 この魔術をそっくりそのまま、イヴリンにかけてやる。

 そう思って魔法を使おうとして、自分の体が動かないことに気付いた。


 そういえば、おかしい。

 文句を言っても、イヴリンはずっと笑顔だった。ちょっと悪口を言われたらキレる魔女がだ。

 そのイヴリンは、よく見たら目の前に居ない。


 いったいどこへ?

 体が動かせないので、正面しか向けないリリアムに、横から書類が差し出された。


「これに、サインしな。ノート・リリィ・オルコットと書くんだよ。今からお前の名はそれになる」


 新しい名を呼ばれ、命じられた。

 勝手に、手が動く。

 必死に目線を下に向け、書類が何と書いてあるか見る。

 その書類には、魔女イヴリンの命じたことを必ず守ることを誓う、誓わなかったら核を差し出すと書いてある。


 やめろー! サインするな!

 必死に念じるが、勝手に手はペンを握り、言われるままにサインをしてしまった。


「よし。殿下からいずれ、呼び出しがある。その時に伺って、説明を聞くんだよ。ま、この誓いがあれば妙なことはしないと思うが。地下迷宮を必ず踏破するように。話は終わりだ。帰りな」

「…………」


 そう命じられたら、リリアムは素直に黙って席を立ち、玄関の外に出る。文句は言いたいけど口は動かせず、命じられたまま動く。そういう魔術にかかっているようだ。

 そして、移動魔法で自分の家に帰った。

 そこで操りの魔術は効果が切れたらいい。

 リリアムは気付けば玄関前で倒れていた。


「おい」

「…………」

「おい、何故地面で寝ている」

「ハッ!」


 ザックに声をかけられ目覚める。外は夕闇に染まっているので、もう夕方だ。

 リリアムは起き上がって悔しがった。


「くそーっ! また魔女にやられたー!」

「何があった」

「王立魔法学園の中に、生徒しか入れない地下迷宮があるから入学しろって言われた! 行くのなんて嫌だから、ザックが入学してきて」

「断る」

「なんで?! 変わった迷宮だから行ってみたいでしょ? 強くなれるかもよ」

「自分で行け」

「えーーーーん、学生生活なんてやだー!」



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