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13.


 ザックは予定より一日早く戻ってくれたようだ。

 いいとこ持ってくじゃん!

 リリアムは目を輝かせ、彼の背中を見守る。

 ザックは今弾けようとする瘴気に煌めく剣を向けて言った。


「今全ての邪なる存在を滅ぼせ。破邪の剣!」


 そして剣を振るう。剣から光が発し、不死竜の死体と瘴気にぶつかった。

 衝撃音と風が出て、不死竜の死体は消えていく。瘴気も同様だ。

 光は一直線に刀剣から出たのだが、不死竜にぶつかると円形に広がっていく。破邪の衝撃波だ。


 これは。

 まずいのでは?!


 破邪の光を浴びたら、リリアムは消滅してしまう。

 やばい。なんとか体を動かさなければ。逃げなきゃ! でも、まだ硬直が解けない。

 焦っていると、今度はグレイが力を振り絞って寝返りを打ってくれた。

 グレイはリリアムを下敷きにし、その上で転がってくれたのだ。


 助かるが、これはまたこれで重い。虎って二百キロとか体重があるのでは。窒息死か、消滅死か。

 最後に、モフれたのはいいかもしれない。リリアムはグレイの毛にまみれながら、静かに目を閉じた。

 光が迫ってくる。直撃する!


 しかし、破邪の光はグレイとリリアムの周囲に張ってあった結界に阻まれ、そこだけを避けて走り抜けていった。

 先に、ザックは結界を張ってくれていたのだ。

 リリアムは一気に脱力した。


 グレイは、もう一回寝返りを打って上から退いてくれた。

 その腹の毛に顔を埋め、モフモフしながら転がっていると、ザックがこちらに近づいてきた。


「何故先に戦った。俺が戻るまで待てと言っただろう」


 先ず咎められた。

 ほんと、なんでこんなことになったんだろう。戦いたくて戦った訳ではないというのに。


「うぅ……」

「それに、この禍々しい剣はなんだ。魔剣か」


 魔剣にするつもりも無かったが、結果的に魔力を注いでそうしてしまった。


「うー……」

「おまけに、なんだその恰好は。それで強くなるのなら、最初からその恰好でいて慣らしておけ」


 ザックはリリアムが痴女そのものの恰好をしていても、まるで気にしない。強くなるなら、普段からその姿で居ろとまで言うのだ。

 けど、リリアムはこの恰好を見られたくなかった。恥ずかしすぎる。


「ひーん」

「さっさと精気を吸って復活しろ」


 リリアムは木々や大地から少しずつ精気を貰って、生き物からは吸わないようにした。

 復活するまでは、けっこうな時間を要した。



 硬直も解け、姿も元に戻ると着ていた服もちゃんと以前の物になった。裸同然の姿からスケスケキャミワンピになった訳だ。まだ、こっちの方がマシだ。

 口も利けるようになったので、リリアムはザックに説明をした。戦いたくはなかったが、剣が暴走した結果だと言い訳したのだ。


「ふむ。悪魔の魔力を注いだ魔剣か」

「もう叩き折ってやりたいけど、とりあえず子爵に返却しようかな」

「それはやめておけ」

「どうして」


 ザックは地面に落ちていた神獣滅剣を握る。


「触れただけで、魔力が吸い取られていく。それに、敵を斬れ、戦えと唆す魔性の剣だ。普通の人間が触れたら、狂気に呑まれるだろう」

「うわー」


 ヤバい代物を生み出してしまった。

 確かに、普通の人が触れるだけで乱心して剣を振りまわし、殺人をしまくるのは大変だ。とりあえず、精霊界の空間に放り込んでおけばいいだろう。いつも物置代わりに使っているので、リリアムは雑に収納することに決めた。

 剣を持つと、相変わらずうるさい。


『主よ、次の敵を決めよ。我と共に次なる敵を屠るのだ』

「お前、燃費が悪すぎるんだよ。それなら別の剣の方がいいわ」

『何を言う。我に魔力を注げば、どのような敵でも打ち倒せる』

「その前にこっちが死ぬっての。使われたければ、もっと主の身を気遣えるようになれば」


 リリアムはそう言い捨て、刀を精霊界にぶち込んだ。

 はー、やれやれだ。

 グレイもようやく起き上がれるようになったようだ。


「グレイ、結界も多分壊れたよ。見に行く?」

「回復魔法をかけてやろう」


 ザックが親切にも申し出てくれた。


「優しい~」


 リリアムの回復は自分にしかかけられないが、ザックの回復魔法は生き物には効くのだ。

 回復したグレイはぶるる、と身を震わせた。

 それを見てザックが言う。


「虎型魔獣の幼体だな」

「幼体。え、グレイ、子供なの?」


 普通の虎くらいか、それより少し大きいのでてっきり大人だと思っていた。


「成体はもっと大きい。おそらく、親とはぐれて結界の内側に入ってしまったんだろう」

「それで結界の外に行きたがってたんだ。良かったねえ。助けてくれてありがとうね」


 手を伸ばして触れようとしたらスッと避けて嫌がる、ツンツンだが。


「グル……」


 しかし、グレイは背中に乗れとリリアムに目線で言った、ような気がした。


「え、乗っていいの」

「お前、何故魔獣を手懐けているんだ」

「まあ、色々あって」


 細かく語るのも面倒で、リリアムはグレイの背中に乗せてもらった。

 グレイは結界に向かって走り出す。

 ザックも後ろについて走っている。

 そして、グレイは前回結界にぶつかった場所まで来ると足を止めた。


 リリアムは降りて、グレイを見つめる。

 グレイは、軽やかに走り出した。

 今度は結界に遮られず、グレイはそのまま通り抜ける。そして、此方を振り返りもせずに走り去って行った。


「元気でねー! ばいばーい!」


 本当にグレイが助かって良かった。

 ふう、と一息ついてから隣のザックに声をかける。


「一日早く戻ってくれて助かったよ。ありがとう」

「首尾よく剣を手に入れられたからな」

「その剣、そのまま使うの?」

「当然だ」

「返却しないんだ……」


 殺人に強盗をしでかしてる男と同居して行動を共にして大丈夫なのだろうか。

 そう思うが、助けられたのも事実だ。

 リリアムは、ふと思いついて言った。


「その破邪の剣、触ってみていい?」

「魔力は込めるなよ」

「うん」


 破邪の剣は邪を倒す聖剣だ。その聖剣を、悪魔が振るえるなら面白いと思ったのだ。

 リリアムは破邪の剣を手渡され、掴んだ。

 手からじゅーっ、と煙が出た。


「痛っ!」

「聖剣だからな」


 悪魔の類は触れることも出来ない、聖なる剣だったらしい。剣は、リリアムを拒絶した。


「ワンチャンいけるかと思ったけど、無理だったかー」

「……帰るか」


 呆れたようにザックが言う。リリアムは、一度子爵家に戻る旨を伝えた。


「一応、子爵に報告しとこうかな。あの後、どうなったか気になるし」


 屋敷に戻ると、子爵夫人が半狂乱で騒いでいたが、スルーした。

 三百年に及ぶ伝統と繁栄が、自分の代で終わってしまったのが余程ショックだったのだろう。

 リリアムは、通された応接室で子爵に言った。


「でも、空気の澱みは無くなったし、これから健全な領地運営してたら普通に栄えるんじゃないかな」

「今までよりは大変かもしれませんが、励みます」

「ノートも、これからは回復していくよね」

「はい。ノートも会いたがるでしょうから、いつでもいらしてください」

「あー、まあ……」


 それには言葉を濁した。

 だますような形で剣の場所を聞いた上、結果的に魔剣にして取り上げてしまうのだ。正直、申し訳ない。向こうは顔も見たくないと思っているかもしれないし、このままフェイドアウトするのがいいだろう。

 子爵は続ける。


「娘たちは、無事でした。やはり負担を分散させたことが良かったのだと、ノートも言っていました。一人では最後の衝撃に耐えられなかったかもしれないが、皆と一緒だったから大丈夫だったと」

「皆と一緒?」

「はい。ノートだけではなく、皆に負担がいったと分かった時。娘たちはすぐ地下の隔離部屋にこもって光を浴びないように、互いに励ましながら耐えたのです。久しぶりに姉妹たちで話し合えたと、喜んでいました。ノートはもうしばらく休養が必要ですが、他の娘たちは無事です」


 今まで長らく、一人で瘴気を浴びてきたから、すぐには健康になれないだろう。でも療養して、元気を取り戻してほしい。

 では帰ろうかと玄関ホールに向かうと、一番下のエミリーがちょこちょこと近づいてきた。少し肌が荒れてる程度で、見たところ不健康ではない。きっとこれもすぐ治るだろう。

 エミリーは丁寧な口調でザックに話しかけた。

「ザックさま。今まで申し訳ございませんでした。部屋に押しかけようとしたり、ぶしつけに髪を欲しがったり失礼いたしました。貴方さまの魔力があれば、研究を進ませ、ノート姉さまを助けられるのではないかと思ったのです」

「……構わない」


 一瞬、ザックは不思議そうにしたが、エミリーに頷いた。

 この時、リリアムはヤバい、と思い始めた。

 エミリーが髪をねだったのは、ザックに化けたリリアムなのだ。

 だから、ザックがそんなこと言われてないけど? と言ってしまえば色んなことがバレてしまう。


「じゃ、じゃあ、帰ろうか。速やかに……」


 そそくさと帰ろうとしたら、背後から非難めいた声が突き刺さった。


「ザックさま! 私にあんなことをしておいて、黙って帰るのですか」


 勿論、マーガレットだ。

 リリアムは聞こえなかった振りをして、足を進める。

 一瞬、また不思議そうにしたザックだが、すぐにリリアムを制止した。


「待て。お前、何かしたのか」

「えっ、いやあ。特に、ナニはしてないんだけど。ちょっと、ザックの姿で話を聞いただけ……」


 瞬時に、ザックが鬼の形相になった。

 パスを繋ぎ変えた時の子爵夫人より怖い顔だ。

 そして、腰にさした破邪の剣をすらりと抜いてこちらに突き付ける。


「何をしたか、詳細に話せ」

「いやほんと、何も。話をしただけで……ちょっと、剣を向けるのはやめてほしいな~……」


 マーガレットはそれを見て、勝ち誇ったように言う。


「私に、一夜限りの極上の夢を見せてくれたのよね」


 ザックの表情が無になり、目に殺意が宿った。殺られる!

 リリアムは両手を挙げて無抵抗を示しながら言い訳した。


「ご、誤解! 誤解だから! 違うんだって!」

「あら、本当のことでしょう」

「わざと誤解させるようなこと言わないで?! ちゃんと説明するから!」


 リリアムは剣を喉元に突き付けられたまま、汗をかきながら必死に事情を説明した。話を聞いただけで、その後は寝かしつけて何もなかったと言いつのる。

 最後まで聞いたザックは、瞳を怒りに光らせたまま言った。


「謝れ」

「すいませんでした……」

「二度は無い」


 いやでも、マーガレットから話を聞いたからこうやって上手く一件落着したんだし、結果オーライで良くない?

 そう言いたかった。しかしザックの顔に「次やったら殺す」と書いてあったので、リリアムは自重した。


「はい……申し訳ございません……」


 マーガレットも溜飲が下がったようで、ふふんと笑っている。

 くそ……せっかく上手くいったと思ったのに。

 最後にめっちゃ詰められて締まりのない終わり方になってしまった。

 まあいいか。帰ろう。

 こうして、リリアムは初めての魔獣退治を終えたのだった。



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