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2.

 扉の前に立っていた兵が扉を開けた。ここが、謁見の間らしい。

 中は、豪奢な大広間だった。

 イヴリンが堂々とした歩みで入っていくので、リリアムも後からついていく。


 中には既にたくさんの人たちが居た。前回、夢を繋いであげた勇者パーティも居る。

 あとは高官とか関係者なのだろう。

 王座はまだ空だ。王さまは後から来るらしい。


 早く来ないかな、と黙って待っている間にもひそひそヒソヒソうるさい。

 あれが淫魔、とか囁かれ指さされていると、うるせー見世物じゃねえぞ! と怒鳴りたくなる。まあ思うだけで口にはしないが。


 イヴリンは魅惑の笑みを浮かべて何も言わないままだ。リリアムも倣って黙っていた。

 しばらく待つと、あれが王さまかな? という人物が取り巻きを引き連れて現れた。


「陛下のおなりー!」


 侍従か誰か、付き添いの人が告げてから国王が玉座に向かう。

 伝統かしきたりか知らないけど、こっちは待っているんだから早くしてほしい。リリアムはげんなりした。

 やっと国王が玉座に腰かけ、声をかけてきた。


「宣誓の魔女よ、久しいな」

「ええ」


 二人は顔見知りらしい。イヴリンは微笑んで貴族みたいな礼をしている。

 そういう礼は前世では歌劇の劇中でしか見たことなかったなー、などと考えていると国王はこっちにも声をかけてきた。


「その方が夢を操る妖魔か。名はなんという」

「………………」

「リリィ、と言います」


 黙っていたらイヴリンが答えてくれた。

 もういいから早く始めようぜ、と思っていると玉座のすぐ近くにいる偉そうなおじさんが口を開いた。


「そのほうたちの怪しげな魔術、絶対に陛下をたばかる物ではないと誓えるか。さもなければ、陛下に術をかけるなど決して許さぬ」


 またそっから話始まるのぉ? もう散々前回言ったのにまたぁ?

 イヴリンも微笑んだまま何も答えないから、外野がやいのやいのとうるさく盛り上がっている。


 もういいんじゃないかな。

 別にリリアムが夢を繋げなくても、これだけうるさい人間たちがいるなら自分たちで勝手にしたらいい。リリアムは勇者を助けなくても何一つ困らない。

 もう帰ろう? その思いでイヴリンをチラチラ見るが、やはり魔女は魅惑的な笑みを浮かべたまま何も話さない。


 そこで、国王が片手をあげた。

 すぐに側近だか侍従だかが声を張り上げる。


「静粛に! 御前である!」


 すると潮が引くように鎮まった。

 最初っからそれをしとけよ。

 まだるっこしさに呆れかえっていると国王が口を開いた。


「ハーラルト、レティーナ、タルコリーよ。そなたたちはアルバルトの声を聞いたのだな」

「はい、その通りでございます」


 代表して聖女レティーナが答えた。

 彼女はたちどころに傷を治す癒しの魔術の使い手で、魔を祓う術にも長けているらしい。

 リリアムの天敵だ。祓われたらどうしようかと思ったが、前回会った時には彼女から敵意は感じなかった。

 一番敵意を持っていたのは陰湿眼鏡、賢者ハーラルトだった。

 そのハーラルトが言う。


「確かに、アルバルトのような存在と話をしました。しかし、それさえも幻術の恐れがあります。陛下におかれましては、今一度ご検討いただければと存じます」


 すると、逆サイドからも一歩前に出て同じく再考を促す声があった。


「その通りでございます。このような下等生物である魔物に陛下の御身を触れさせるなど、あってはならぬことです」


 恰好からして、神官のようだ。

 神官は二人組で、一人は好々爺然とした爺さん。

 そして喋っている方は金髪おかっぱの、鼻に着く感じの若い男だった。

 誰も止めないのをいいことに、若い神官は更に声を張り上げた。


「そもそも、この聖なる場所に悪しき妖魔が存在することがおかしいのです。この王宮には、汚れなき人間のみが足を踏み入れる場。即刻この下級悪魔を処刑すべきです!」


 こっちはお願いされたからわざわざ来てあげて夢を繋いであげようと思ったんだけど?

 それを処刑ときた。

 もう許せねぇ……。

 リリアムの反感がマックスに高まったところで、ついに言葉は滑り出た。まじないが効いたのだ。


「汚れなき人間のみが入れるなら、この場の大体の人は出て行かなきゃいけないんじゃない?」


 みんな、驚いているようだった。

 淫魔が話すとは思ってもみなかったらしい。

 若い神官は、甲高い声を張り上げた。


「な、なんだと!」

「血で血を洗う権力闘争、妬み嫉み奪い、強欲に金を集める。王宮が綺麗なところだなんて、子供でも思ってないよ。あ、神殿はもっと汚そう」

「邪悪なる淫魔よ、その汚らわしい口を閉じよ。誰がお前の甘言に耳を貸すものか」


 爺さん神官は言ってることがなんか壮大だ。

 しかし、今のリリアムは悪口の反射神経がすごいのだ。


「その邪悪なる淫魔の姿を利用してるのは聖職者のお前たちでしょ。淫魔は聖職者や父親の姿になることが多いって言われるけど、それ普通にお前たちが性的暴行してるだけだからな」

「そんな訳がなかろう!」

「濡れ衣着せられて、こっちは迷惑なんだよね」


 このまま若い神官に任せていたら泥仕合になると思ったらしい。年寄りの方の神官がさっと手を振って若いのを黙らせる。


「ギスヴィン、下がりなさい。これは異なことを申す妖魔よ。神殿はそのような不浄な行為が許される場所ではない。人を惑わす魔物め」

「神殿なんか、権力争いしてお金集めして少年に性的虐待してるって相場が決まってるじゃん」


 リリアムは大胆なレッテル貼りつけた。

 自分がされた嫌だったことは、した相手にも味わってほしいタイプだからだ。

 当然、老神官は否定の為に大きな声を出す。


「そのような事実は、一切ない!」

「へ―。嘘ついたら神さまに怒られるんじゃないの」


 ギスヴィンと呼ばれた若い神官が、こめかみに血管を浮かせながら声を震わす。


「大神官さまに、なんという口を……!」

「大神官まで出世してるってことは、今まで政敵を全部葬り去ったってことでしょ。それに貴方、綺麗な顔してるね。少年の頃はさぞかし……」


 ここでギスヴィンはブチ切れた。

 なんと、リリアムに向かって魔法を放ったのだ。


「聖なる光よ、悪しき魔を撃て。アセンション!」


 光魔法と言っても、魔の者だけを倒して他には効かない、というものではない。

 普通に人間にも物にも貫通する、精霊の力を借りて呼び出した、エネルギー波だ。

 リリアムがさっと避けたら、対岸の人に当たってしまうではないか。

 チラッと後ろを見ると、びっくりした顔で固まっているおじさん達。そりゃびっくりもするだろう。


 一瞬、この人たち巻き添えにしたら神官はどう責任を取るのだろう、と考えたがきっとリリアムのせいにされるに違いない。

 仕方なく対魔法防御の結界を張る。

 リリアムは人間ではない魔物なので、呪文詠唱などは必要ない。イメージするだけで瞬時に魔法を行使できる。逆に言えば、イメージを上手く掴めない魔法は精度が低い。失敗してしまうのだ。


 結界のあと、もう一つ魔法を使った。

 人々の目には、魔法がリリアムにきっちり着弾して断末魔の悲鳴をあげ、倒れ伏したように見えているだろう。

 そう、幻影魔法だ。


 淫魔の得意魔法は精神攻撃系なので、幻影を見せることは簡単だった。

 逆に、物理攻撃系はいまいち得意ではないし、光魔法は一切扱えない。

 ギスヴィンの高笑いが聞こえている。


「見たか、悪しき魔物め! 神の力を思い知れ!」


 いや、神の力じゃなくて普通に物理攻撃の魔法を貴方が放ったんですよね?

 大体、王さまに呼ばれて来た相手を殺そうとするってどうなの?

 ツッコミどころが多すぎるが、やることはやって退散しよう。

 リリアムはイヴリンに声をかけた。


「さっさと始めない?」

「こうなってしまったら仕方ないねえ。闇の精霊よこの者たちに安寧の眠りを与えたまえ。睡眠」


 イヴリンの魔法はすごい。どんな者でも寝かせてしまうのだ。

 リリアムはまだ魔法初心者なので、そこまでは無理だ。普通に起きてた鹿にかけてみたが、走って逃げてしまった。

 むずがる赤ちゃんくらいになら効くかもしれないが、ともかく精度は低い。


 興奮してる人間を寝かせるなど、よほど魔術への理解を深めたうえで訓練しないと無理だろう。

 ともかく、この広間中の者は眠りについた。

 それなら、あとは魔法ではなく淫魔の能力で連れていくだけだ。

 人数が多いので、全員は連れていかなくてもいいだろう。


 リリアムは王と一番懐疑的だった重臣、そして前回のメンバーである勇者パーティの三人を連れていくことにした。王は勿論、懐疑的だった重臣は会っても疑うだろうが見せないと更にうるさそうだからだ。それから勇者パーティは二回も勇者と会えたなら、疑いは晴れるかもしれない。


 それからフと思いついて、神官長と言われた老人も連れていくことにする。百聞は一見に如かずだ。自分の目で見たのに幻覚とか言い出したら、神官長ともあろう人が淫魔の幻にかかるんですか? ってなるだろう。


 とりあえず、リリアムは己の姿は現さないまま国王と勇者アルバルトの夢を先に繋いだ。

 人の配置も思うままに出来るので、勇者パーティは少し離れたところ。そして、懐疑的な重臣と神官長はもっと離れたところに出現させた。

 そして、国王とアルバルトに姿を見せないまま忠告する。


「他の人たちに姿は見えてるけど、声は聞こえない状態だから。内輪の話するなら今しといて」


 すると、アルバルトは跪いて首を垂れた。


「陛下。いえ、父上。このようなことになり申し訳ございません。必ずや、邪竜セーレゴルを打ち倒します」

「アルバルト、帰ってくることは出来ないのか」

「はい。私が動くと、邪竜を抑えきれなくなるのです。母上にも、そしてルドガーとラスティン、シーニャにも帰れないとお伝えください」

「うむ、分かった。それで、お前は今どこに居るのだ」


 すると、アルバルトは上を向いて口を開いた。


「淫魔のお嬢さん、皆にも声を聞こえるようにしてくれ」


 いいのかな、家族の会話らしいことは話さず、全部業務連絡っぽかったが。

 そう思ったが、いちいち確認せずとも指示に従えばいいだろう。

 リリアムは皆への制限を解除した。

 途端に勇者パーティの三人が駆け寄ってくる。


「エル!」

「アルバルト殿下、状況に変わりはないのですか」


 聖女レティーナはすがりつき、魔法騎士タルコリーは心配そうにしている。

 賢者ハーラルトは少し離れたところで疑わしそうに見ていた。

 アルバルトはレティーナの肩をぽんぽんと叩き、そしてそっと身を離して口を開いた。


「未だ邪竜の力を抑えるので精一杯の、拮抗状態だ。結界内で互いに冬眠状態だが、長らくは持たない。以前に頼んだ通り、王家の秘宝である破竜の剣をカイベルク山脈の洞窟まで持ってきてくれ。あの剣でないと、邪竜を倒すのは無理だ」

「だが、お前の勇者の力があれば、どんな剣だろうと邪竜ごときを倒せる筈だろう」


 指摘したのはハーラルトだった。

 そう、前回もそれで散々に揉めたのだ。

 本物のアルバルトなら、破竜の剣を求めるはずがない、勇者の剣があれば十分だと。

 だが、勇者は言う。


「それが思い上がりだったのだ。邪竜セーレゴルは恐ろしい存在だ。前も言っただろう、慎重なのはお前のいいところだが、疑り深すぎるぞ」

「アルバルト殿下、私は本物の殿下をお救いしたいだけなのです。私が救出方法を探り当てるまで、しばらくお待ちください」

「いいや、待てない!」


 アルバルトが出した声は、とても厳しいものだった。皆がシンとなってしまう。

 それに気がついたアルバルトは、あえて穏やかに伝えた。


「一刻も急いでほしいんだ。カイベルク山脈は危険な場所だから、準備にも踏破にも時間がかかるだろう。ただ、道は一つだから迷うことはない筈だ」

「……分かった、破竜の剣を遣わす」


 国王の許可が取れたようだ。

 リリアムには剣の価値は分からないが、国宝級で持ち出し許可が厳しいといったところなのだろうか。

 なんにせよ、目的は果たせた。

 良かった。そろそろ夢を終わらせよう。

 その気配に気づいたのか、再びレティーナがアルバルトに抱き着く。


「エル、エル……戻ってきて。帰ってこれるよね?」

「すまない」


 勇者は明確な返事を避けた。

 既に死にかけなのかもしれない。

 だから、焦って剣を持ってこさせ、邪竜を早く退治させようというのだろう。リリアムはそう解釈した。


「そんな、エル……」


 しくしく泣きだす聖女の頭を撫でながら、アルバルトは視線をハーラルトにやった。


「ハーラルト、約束は守れそうにない」

「……エル、お前は本当に本物なのか」


 いつまでも疑う賢者に、アルバルトは苦笑いして見せた。


「くどい。お前は本当にしつこいな」

「私は人より記憶力がよく慎重なだけです」

「いいように言うのはやめろ。だがお前なら、破竜の剣を洞窟まで軽々持ってこれるだろう。頼む。レティーナもタルコリーも、頼む。皆が頼りだ」

「ええ、分かったわ、エル」

「お任せください、殿下」


 よし、話も途切れたことだし夢を終わらせよう。そう思った瞬間、勇者であるアルバルト殿下は爆弾発言をした。


「洞窟に着いたら、淫魔殿の力で夢から声をかけてくれ。俺は力を抑える為、間もなく眠りにつく」


 ………………はい?

 リリアムは聞かなかったことにして、夢を終わらせた。

 そして王宮の謁見の間に戻ると、そこでただ一人立っていたイヴリンに声をかけた。


「仕事終わったし、もう帰る」


 そして淫魔の力である空間渡りを使い、そそくさと王宮から逃げ出したのだった。



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