11.
リリアムは奪った剣を抱えたまま空間転移で屋敷の外に出た後、とりあえず森の中の川辺に移動した。
それにしても、だ。
自分の冴えが怖い。
びっくりするほど上手くいった。この屋敷の中の、自分を軽んじてた人たちもフレンドリーに接してきた人も、皆を上手いこと言いくるめていいように手玉に取れた。ひょっとしなくても、悪魔の才能があるのでは?
淫魔としての機能を果たせていないことにはそっと目を逸らし、リリアムは自画自賛した。
そして、首尾よく入手できた剣を見る。
神獣滅剣という名前通りの効果があるなら、伝説クラスの神獣でも倒せるのだろう。竜の宝玉だって破壊出来るはずだ。
ずっしりと重い。体力のないリリアムは振る事も出来ず、持っているだけでも大変だ。
それに、鞘から出してみたが錆びがところどころにある。ザックの剣のような輝きは無かった。
先に工房とやらでお直しをした方がいいのかもしれない。
けれど、剣の修繕なんて時間がかかるだろう。
どうしたものか、思っていると剣の柄の部分に大ぶりな宝玉が埋め込まれていることに気付いた。赤く大きなルビーのような宝玉だ。
そうだ。
この宝玉に魔力を込めて、剣を自動化してみるのはどうだろう。
ゴーレムやガーゴイル、それにリリアムが作った犬も全て、宝玉に魔力を込めて作ったものだ。
ゴーレムのように、剣が勝手に動いてくれたらリリアムが振るう必要もない。
剣がオートで戦ってくれるなら、アンデッドドラゴンの近くに行って危険な目に遭う必要もないだろう。一直線に宝玉に向かって飛んで突き刺してもらえばいいのだから。
それは、とてもいい考えのように思えた。
さっそく手に取って、宝玉に魔力を注ぎ始める。
なんと、宝玉の意志が伝わってきた。もっと、もっと魔力が欲しいと願っているのが分かる。これは、初めてのパターンだった。今までは宝玉に意志などなかった。
ひょっとして、これは宝玉ではなく剣そのものの意志なのかもしれない。
意志ある剣が動くなら、願ったりかなったりだ。
リリアムは剣のおねだり通りに魔力を注ぎ込む。
「魔力をあげるから、アンデッドドラゴンを倒しておくれ」
『倒す。戦いたい。だからもっと魔力を』
「まだ欲しがる? 絶対、ホワイトドラゴンの核を壊してくれよな……」
『もっと、もっとだ。お前の魔力を』
「えっ、まだ? 結構注いでるよ。普通の魔術師なら魔力が枯渇してるくらいには……欲張りだなあ」
『我に魔力を与えよ、さすればお前の剣となって力をなろう』
この方法は成功かもしれないが、魔力が膨大に必要になる。
まだ満ち足りないか、と思っていると、気が付けば隣にグレイが居た。
リリアムは即、剣を置いて魔力の補充をやめてグレイに手を伸ばした。
「グレイ―! 結界壊す方法、分かったよ」
「ぐる……」
「アンデッドドラゴンの中にある宝玉を壊せばいけるんだって。明日には、強い剣士が戻ってくるから多分倒してもらえるよ」
言ってて思ったが、ザックに全然連絡を取ってなかった。
まあ、潜入中とか取り込み中に急に声をかけられたら迷惑かもしれない。明日になってから、首尾はどうだったか聞いてみよう。
それに、先にこの剣を試してみるのもいいだろう。
「この剣、神獣滅剣って言うんだって。グレイには嫌な剣かもしれないけど、これでドラゴンを傷つけられるか後でちょっと試してみようかな」
「グルル」
同意を得られたような気がする。
リリアムはグレイに甘えた。
「めっちゃ魔力注がなきゃいけないから疲れた。グレイ、モフらせて~」
グレイは見るからに嫌そうな顔をしてそっぽを向く。
表情豊かだな、魔獣なのに。それに、人語を理解しているようだ。
やっぱり、グレイはすごい魔獣なのかもしれない。実は神獣だったりして?
ツンツンしてモフらせてはくれないが。
「じゃあ、アンデッドドラゴンを倒したらモフらせて」
「グル……」
渋々オッケーしてくれた気配があった。ツンデレかな。
「じゃあ、頑張る」
剣を手に取ると、相変わらず魔力をねだっているのが分かる。
魔獣と剣の意志が大体理解出来るなんて、自分はすごい才能の持ち主なのかと思う。
リリアムは、剣に魔力を注ぎ続けた。赤い宝玉が輝く。気が付けば、錆びはなくなり刀剣が銀色に光っていた。自動回復も出来るようになったのだろうか。
そして、剣は語った。
『そなたを、我の主としよう』
一人称が我ときた。
「それはどうも……」
『早く、戦いに行くぞ。我の宿敵、白竜を滅するのだ。前回とは違い、完全にな』
「前回ってことは、記憶があるのか」
『ある。早く、早く。行くぞ』
「え、ちょっと?!」
意志ある剣は、突然動き出した。リリアムは引きずられていく。
慌てて手を放そうとしたが、なんと、手が離れない。
足が引きずられるのに、浮遊魔法を使ったが森の中をすごい勢いで一直線に飛んでいく。葉や枝に引っ掛かりまくるので物理攻撃を防ぐ結界を張らなければいけなかった。
止まれと心の中で命じても、剣は無視してびゅんと飛んでいる。
『もっと、俊敏にだ』
「いやちょっと待って! 一人で動いてくんない?!」
『何を言う。剣を振るうは剣士。主が我を使役するのだ』
「無理ムリ! 剣士になんかなれないから単独行動して!」
『剣と剣士が一体となるのだ。心を一つに、体も一つに。そうやって一心同体となった時、我は最上の力を振るえる。主も、実力以上の力を出せる。あの、白竜を殺した時のように』
剣は興奮している。
前回の主である剣士と強敵と戦い、物凄い力を出せたという成功体験が忘れられないのだ。
「私は剣士じゃないし、そもそも淫魔で人間でもないから無理だって!」
『案ずるな。主の体を、我が使いこなして見せよう』
なんと、剣をオートで使ってやろうと思ったのに、逆のことを提案された。剣の方が、リリアムの体を操作するというのだ。
「そんなこと出来るの?」
『出来る! 我は今までの戦いを全て記憶している。我が意志を素直に受け入れ、体を委ねるがいい』
「永遠に手から剣が離れないと困るんだけど」
『白竜を倒すまでのことだ』
「じゃあ今、アンデッドドラゴンの所に向かってるわけ?」
『応!』
応じゃねぇ~! ちょっと剣を投げつけて様子を見ようかな、とは思ったが、今急に剣を持って戦えとか言われても無理だ。
「凄腕の剣士が、今破邪の剣を取りに行ってる。無理そうだったら諦めてその剣士に任せるから」
『破邪の剣、だと。あんな剣に負ける訳にはいかぬ。我が力、見せつけてやる!』
剣が余計、興奮してしまった。
剣同士でもライバルとかあるのだろうか。
「ガウッ」
気が付いたら、グレイが並走していた。
「グレイ! 付いてきてくれるの?」
グレイが頷いた気がしたので、その背中に飛び乗った。
剣に引っ張られて魔術で飛ぶより、各段に楽だ。
剣も、グレイがちゃんとアンデッドドラゴンの元に向かっていると理解したのか、引っ張るのはやめた。
ただ、戦いにはやる気持ちは変わらないようだ。
『早く、早く! 我を戦いの場に!』
「そんな生き急ぐのやめなよ……」
『心が震える。これが、武者震いというものか』
「剣なのに、心が生まれちゃったんだぁ……」
リリアムは戦いが好きではないので、こういう戦闘狂の心情は理解できないしドン引きだ。ただ。こういう人種も居るということは理解している。
この剣、ザックに譲渡してしまった方がいい気がする。似た物同士、仲良くやるかもしれないし。
『そこだ! 行くぞ!』
アンデッドドラゴンの姿を捉える前に、腐敗臭がした。相変わらず、キツイ匂いだ。その不死竜は森の真ん中で、剣が来るのを待ち構えているようだ。
何百年か前に戦った宿敵、己を屠った剣を白竜も覚えているのだろうか。
剣の号令に応えるように、グレイがそのまま突っ込んだ。
剣がそれに合わせて、リリアムの腕を動かす。
なるほど、剣というのはこういう風に使うのだな。
体感が理解に繋がる。不死竜が咆哮をあげ、空気が震えると同時に確かに不死竜の体の一部を引き裂いた。
同時に、リリアムの腕は折れていた。
「?!」
リリアムの細腕では剣の力に耐えきれなかったのだ。
慌てて治癒魔法をかけ骨折を治し、同時に腕を強化する。
『主よ、貧弱すぎるぞ。もっと鍛えよ。我を軽く振るえるようになれ』
「無茶言うな。鍛える淫魔とか聞いたことないって!」
『そら、もう一度だ』
グレイが素早く反転し、また不死竜に突っ込んでいく。
さっき切り裂いた不死竜の傷は、再生され治っていく。
「普通に斬ったんじゃ無理だ」
『一気に核を貫かなければならぬ。いくぞ!』
その瞬間、剣がどう振るってどう動くか、リリアムの脳内にはイメージが湧いていた。
情報共有出来ているのだ。
一体どういう理屈か分からないが、すごい剣だ。
リリアムはイメージ通りにグレイの背中から飛び降りた。今度は足が折れた。
一歩動くごとに激痛が走るが、剣は構わずリリアムの体を走らせる。回復魔法を足にかけながら、腕だけでなく全体強化をかける。
イメージなら走って背後に回り込むのだが、リリアムは足が痛すぎて空間転移を使った。それが功を奏した。不死竜はグレイとリリアム、どちらを追うか迷ってリリアムの姿を見失った。
不死竜の背中には、骨がまばらに見えた一対の羽が存在している。もう飛べないとは思うが、羽ばたかれると風圧で動けなくなる厄介な存在だ。
その羽を、剣は上から一刀両断した。
気持ちいいほど、スパっと羽が切れる。リリアムの手首の骨には亀裂が入ったが。
不死竜が咆哮をあげながらもう片方の翼を羽ばたかせる。風圧でリリアムを吹き飛ばそうというのだろう。
剣が後ろに飛びずさってガードしようとしている。
その時、羽の前にグレイが突然現れた。
空間転移だ。
前回会った時までは、グレイはそんなこと出来なかったと思う。しかし、今は出来るようになっている。グレイも成長しているのだ。
グレイは羽を咥えると、力任せに引っ張った。不死竜の背中がめきめきと鳴り、引きちぎられそうになっている。
『今だ!』
剣が号令をかける。
狙うは、胸の奥にある宝玉だ。
リリアムは剣に応え、また空間転移で不死竜の正面に現れる。
しかし、この動きは単調すぎた。
不死竜は、リリアムがそう動くのを読んでいたのだ。
虚ろな顔の竜がパカッと口を開ける。
魔法のブレスを吐かれる。そう直感して、また空間転移で避けようとした時だった。
『転移はするな!』
「えっ……」
剣に制止され、リリアムの動きがぴたりと止まる。
剣に導かれ、避けようとしたがこの一瞬の硬直が大きかった。
不死竜の光のブレスがリリアムの体を直撃した。




