9.
突然の宣言に驚いた。
「破邪の剣……? 名前からなんとなく効果は分かるけど。それってどこにあるの?」
「この近くにある、ニアスの神殿に飾られていると聞いたことがある」
「神殿にある剣を取ってくるって。絶対貸してくれないでしょ」
「…………」
黙って取ってくるつもりだ。強盗だ。
「え、ヤバくない? お前、この間も神殿に忍び込んで暗殺とかしでかしてるのに」
「誰にも見つかることなく完遂出来ている」
「いや~、でもさあ……」
「破邪の剣は、この世の邪悪を滅ぼす剣だ。不死なるものを必ず倒せる」
ある敵を倒す為に、別の場所に剣を取りに行くのはRPGあるあるだろう。でも実際、神殿にある秘蔵の剣を勝手に奪ってくるなど犯罪そのものだ。
世紀末感のある世界だと思いながら、再び騎士服を着るザックを見てふと尋ねる。
「その服ってどこで買ったの」
「買うのではない。魔獣の皮など素材を集め、工房で加工を頼んだ」
「なるほど~。王家に所属してる騎士だと服も配給されるけど、そうじゃない騎士とか冒険者は、自分で素材を取って来て加工してもらうんだ」
「そうだ」
モンスターを狩るゲームならやったことあるから、よく分かる。
「じゃあ自分で服を作るなら素材集めからかあ」
「お前はもう持っているだろう」
「え?」
「あの時に着ていた、古代大蜘蛛の糸から織られた服だ」
「何それ?」
多分、ザックが言っているのは魔女に勝手に着せられていた、すけすけキャミワンピのことだ。
リリアムは全く知らないあの服のことを、何故知っているのだろう。
一方、ザックもリリアムが何も知らないことに当惑しているようだった。
「知らないのか。古代大蜘蛛は巨大迷宮の奥にしか存在しない、とてつもなく大きく強い魔獣だ。伝説級の魔獣で、太古の昔から生きているという」
「へ、へー?」
「俺も直接は見たことがないが、古代大蜘蛛の糸が刺繍された防具は見たことがある。魔法防御を自動で行い、また装着者の魔法の威力を高めると聞いた。少し糸が刺繍されただけの防具でも、とんでもない価格だった」
「えっ、そんなにお高いの?」
単に趣味の悪い服を貰った、という認識だったのだがすごい服だと聞いて俄然興味が出てくる。
「古代大蜘蛛のいる場所に到達するだけでも、生半可な実力では難しい。それに相対し、糸を吐き出させ、持って帰るなど強豪パーティでも滅多には引き受けない超高難度クエストだ」
「そ、そうなんだー? あんなスケスケで丈も短い服だから、あんま着るの嫌だったんだけど」
「それほど貴重な糸ということだ。古代蜘蛛の糸で服を織るなど、想像もつかない。よほど腕のいいハンターが素材を集め、すごい技術を持った加工者が織ったのだろう。値段もどれほどの物になるのやら。どこの工房で作ったのか、知らないか」
いつになく饒舌なザックだ。どこで作られたのか、気になるのだろう。
「知らない……イヴリンの機嫌が良くなったら聞いておくよ。えー、それにしてもそんなにいい服だったのかー。売ったら高いかな」
「やめておけ。あれを使いこなせるほどになれ」
「うーん、やっぱデザインがなあ。痴女みたいだからあんまり着たくない」
「人目など気にするな。誰もそれほど気にはしていない」
「そうかなあ……。まあそれほど凄いお洋服ならお出かけ用? にするとして、普段着で普通の服も欲しい」
「古代大蜘蛛ではない、蜘蛛魔獣の糸なら手に入りやすい。それで服を作るといいだろう」
「そうする。ま、無事に不死竜を倒せたらだけど」
リリアムの言葉に、ザックは当然のように請け負う。
「倒してみせる」
力強いが、フラグを立てて序盤で退場してしまう強者という可能性もあってハラハラする。
「ほんと、そうお願いしたいけど気を付けて。神殿に忍び込んで泥棒とか、無茶がすぎる……」
「三日以内には戻れるだろう。それまで、お前も備えをしておけ。リリィ」
「うん」
あ、今、初めて名前を呼ばれたかもしれない。
それまでは、淫魔とかお前とかだった。彼も、少しは打ち解けてきたということだろうか。
身支度を整え、走り去るザックを見送る。
なんというか、本当に働き者だな。ずっとテキパキ動いている。
リリアムは感心しながら移動魔法で自宅に戻った。自分の部屋の自分のベッドで、誰にも邪魔されずゆっくり出来るのは何よりの幸せだ。
しかしあまりに何もしないのは申し訳なさすぎるので、一応は調べものをしておく。アンデッドについて、ドラゴンについて、結界について、領地繁栄のまじないについて、などなど。
あまり良い本が家には無いので、特に役立つ情報は見つけられなかった。
どこか役立つ本があるところ、と考えて、やはりそれはヴェルバッハ子爵家の資料に他ならないだろう。
それに、ノートにも会いたい。
今日はもう色々動いて疲れたし、休んで魔力を回復させよう。
明日、色々やろう。
そう思ったが翌日もリリアムはずっとぐだぐだしており、用意をして子爵家に出向くのは既に陽が暮れ始めた時間だった。
やらなきゃなーとは思っていても、面倒には変わりない。生来の怠惰な気質で、とにかく行動までに時間がかかる。あんまり着るのが気が進まないイヴリンがくれたキャミワンピを着るのも渋々だ。本当に、これがそんなにすごい糸を使った服なのだろうか。言われてみれば、魔力を防いだり増幅したりする機能があるような、そんな感じもするが。
しかし、こんな服を着た人が近くに居たら、自分ならガン見する。ザックは気にしないと言っていたが、彼は淫魔に興味が無さ過ぎるのではないだろうか。
移動魔法で子爵家の前まで飛んで、そこから空間転移で家の中に忍び込もうとした時、リリアムは玄関前で娘たちが騒いでいることに気付いた。
「ザックさま、こんなにも帰ってこないなんて! 絶対おかしい!」
「森に捜索隊を出すのはどうかしら」
「私、探しに行きたい!」
そういえば、ザックは初日以外は屋敷におらず、出て行ったきりなのだ。
このままでは捜索隊を出されてしまう。
リリアムがザックは無事だと言ったところで、娘たちは聞く耳を持たないだろう。
これは、仕方のないことだ。
リリアムはそう言い訳しながらもにんまりとしてザックの姿へと変化した。
この姿なら、娘たちはペラペラと話をするかもしれない。
さて、どう話を持っていこうか。
リリアムはザックの姿でゆったりと子爵家の玄関前へと現れた。
「あっ! ザックさま!」
三女のジョセフィーンと四女のエリザベスが走ってきて纏わりつこうとする。
「触れるな」
ぴしゃりと言い放つと、二人とも距離を取って立ち止まった。
「ザックさま! 心配しておりました」
「心配いらん。また、すぐに出掛ける」
「ザックさま、今日はお食事をご一緒出来ますよね」
「今夜は必要ない」
「そんな!」
「ザックさま、大変申し訳ございませんが髪を一本で良いので頂けませんでしょうか」
突然、丁寧に言ったのは末っ子で未だ六歳のエイミーだ。
リリアムはぎょっとした。髪なんて、どうするつもりなんだろう。
絶対、ロクな使われ方をしないという確信はあった。
「断る」
「私も! 私も欲しいです!」
「髪じゃなくても、爪とか、何でも構いませんので」
「黙れ」
リリアムは、ザックっぽい言い方と歩き方を意識して玄関ホールに入った。
そこには長女のマーガレットが待ち構えていた。
子爵夫人の姿はない。
マーガレットは無視して、夫人を見つけ次第、どうにかして話を聞こう。
リリアムはそう判断してマーガレットの脇を通り過ぎようとする。
「この森のこと、知りたいのではなくて?」
マーガレットがそう囁いた。素直なリリアムは足を止め、ぴくりと反応してしまう。だが、何とか落ち着いて返答した。
「知りたい話は、夫人に聞こう」
「無駄よ。お母さまはお家が大事だもの。決して秘密を漏らさない」
「…………」
では、長女のマーガレットは同じ意見ではないということだ。
見た目は子爵夫人を若返らせた姿そのままの、クローンのようにそっくりなマーガレットだが。
「今晩、私の部屋にいらして」
「……分かった」
そのまま通り過ぎて自室に向かう。
マーガレットが何を企もうが、夜は淫魔の領分だ。情報を全て吐き出してもらおう。
リリアムは皆が寝静まるまで部屋で待機した。ザックの姿で長時間居るのはツライので、蝙蝠の姿でごろごろしていた。幸いにも、リリアムに宛がわれた部屋には誰も来なかったので、ゆっくり出来た。ザックの部屋には来客が相次いでいたかもしれないが。
そろそろ頃合いか、という時間にザックの姿に変化してマーガレットの部屋に向かう。
部屋を教えてもらっていなかったので、どこか分からなかったが、屋敷の中の魂を伺うことによって見当をつけていた。
じっと目を瞑り部屋で静かに集中しなければいけないが、そうすれば屋敷内で魂がどこにあるのかは分かる。おそらく、マーガレットっぽい魂はここだろうと予測を付けた部屋に向かい、ドアをノックする。
果たして、扉を開けたのはマーガレットだった。
自分の優秀さが怖い。
誰かは分からずとも、人間がどこで動いているか分かるようになったのだ。いわば、屋敷内全てにサーモグラフィを仕掛けたようなものだろう。発動条件もあるし、使い道もあまり分からないが。アメリカでは警察が突入する時にサーモグラフィで人がどこにいるか調べてからゴーがかかるというのをドラマで見たことがある。そういう時には役立つだろう。
リリアム、姿はザックだが、が部屋に入るなりマーガレットは笑みを浮かべて話し始めた。
「ザックさま、本当に食事にいらっしゃらなかったのね。皆、お待ちしていましたのに」
「話があるなら早くしろ」
突き放すように言うと、ネグリジェ姿のマーガレットはザックの腕に己の腕を絡めた。薄い布を覆っただけで、下着をつけていない胸を押し当てながら言う。
「私、ザックさまとゆっくりお話ししたいの」
これは完全に色仕掛けですわ~!
リリアムは内心ドキドキしていたが、ザックはおそらくこんなことではドキドキしないだろう。
リリアムはマーガレットをベッドの前まで連れて行き、軽く押した。それだけで、年頃の娘は簡単にベッドに仰向けに倒れこむ。
「森についての話とは何だ」
「お話するからには、私のお願いも聞いてほしいわ」
「何を望む」
すると、マーガレットは仰向けに寝たまま前開きのネグリジェのボタンを外して、リリアムに向かって手を差し伸べて言った。
「抱いて」
はわわ……迫られている。断られたらどうしようとか思わないのだろうか。自分に自信がないと出来ない誘い方だ。少なくとも、リリアムは自分じゃ出来ないと思いながらマーガレットを見下ろす。綺麗な体だった。
普通の男の人なら、あっじゃあ……という感じで誘いに乗るのだろうか。
まあ、乗る乗らないは個人差があるかもしれない。
ザックは多分乗らないだろう。何せ、湖の精霊の祝福を下種と言い放った男だ。
リリアムはドキドキしながらも、一応確認した。
「何故だ? それが何になる」
ザックとマーガレットはそんなに関わり合いもなかったのに、こうまで入れ込むものだろうか。今のザックはリリアムだから、湖の精霊の加護も無いのに。
ザックが好きすぎて一度でいいから抱いてほしいとか? いつの間にそんなにザックのことを好きになったのだろう。
そんな疑問があって言った言葉だが、マーガレットの返答には度肝を抜かれた。
「情けをかけてほしいのではないわ。欲しいのは、貴方の体液」
「……?」
「強く優秀な魔法使いの体液は、とても力を持っているの。髪や爪よりは遥かに多くの力を含んでいるわ。それが、欲しいの」
「それで、お前の妹たちも髪や爪でもいいからと欲しがったのか」
リリアムが尋ねると、マーガレットはくすくす笑った。
「ええ。みんな、必死なのよ。少しでも優秀な魔術師に、更に魔女になれたら、生贄には選ばれないから」
「……!」
つまり、皆知っているのだ。
ノートの存在を。
知っていて、魔術の研究をしているのに、誰もノートを助ける方向では動いていない。
己が助かる為だけに、ザックを利用して魔力を強めようとしている。
「……知っていることを全て話すなら、極上の、一夜の夢を見せてやろう」
「ええ!」
「契約は成された」
「……え?」
マーガレットは、悪魔の提案に同意したのだ。




