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8.


 グレイは、子爵が言っていた森にいる何か、神獣的なものなのだろうか。


「グレイって、神獣?」


 フン、と鼻息で返事された。何を言っているんだ、というところだろうか。


「違うんだ? じゃあ、ザックが見つけたのがそれなのかな。ちょっと、離れるね。また結界のこと調べてから来るから」


 リリアムはグレイに手を振ると、ザックの持つ宝玉の近くへ転移した。

 出現した瞬間、息が止まった。

 ものすごい腐敗臭だ。死体の匂いを嗅いだことはないが、きっとこんな臭いだろう。


 それもそのはず、ザックが対峙しているのは腐りはてた肉体を持つドラゴンだったのだ。おっきい。そして臭い。全身が腐っている。


「臭っ! 何これ」

「不死竜だ」


 まあ言えば、ゾンビだろう。


「どうやって倒すの?」

「竜には破竜の剣が効く。不死の魔物には光魔法、神官の祈りが効く」


 破竜の剣は王室でも持ち出すのにひと悶着ある国宝クラスの剣だ。そしてアンデッドに効く物はリリアムにも効く。


「破竜の剣、持ってないよね?」

「無い」

「光魔法使えるの?」

「いや」

「どうすんのぉ」

「それを今調べている」


 ザックは次々と魔法を不死竜にかけている。しかし、魔法防御結界がアンデッドドラゴンにはデフォルトで備わっているのか、全く魔法が効かない。

 結界なら、結界スタンプで壊せないだろうか。リリアムは魔法陣を発動させて不死竜に付けてみたが、何も起こらなかった。少し離した魔法陣から影を突き刺しても同様だった。


「うーん、結界が破れないなあ」

「闇魔法は無駄だ」


 不死竜に闇魔法は効かないらしい。

 どうにも似た物同士でやりにくい相手だ。

 それにしても、物凄い瘴気の圧だ。存在しているだけでそこら辺の小型魔獣の精気を吸い取っているようで、肉眼でも亡霊のように精気が纏わりついているのが見える。

 人間も例外ではないだろう。


「これ、生き物は近くにいるだけで悪影響じゃない?」

「ああ。それに攻撃が当たれば、アンデッド化する。淫魔もなるかは分からんが、気を付けろ」

「ひえー」


 ゾンビに噛まれたらゾンビ化するという創作上のルールは、こちらの世界では現実の物となるらしい。

 しかし、不死竜は特にリリアムやザックを気にするわけではなく、森の中を悠々と歩いている。攻撃に気付いていないのか、気付いていても相手にはしないのだろうか。

 ズシーン、ズシーンと歩く度に地面が鳴って、精気が吸われ、瘴気がまき散らされている。まるで歩く災害だ。


 リリアムが手をこまねいている間にも、ザックは色んな魔法を展開しては攻撃出来ないか試している。炎や氷、雷や水槍などあらゆる魔法をかけているが、不死竜は気にせず歩き続けている。

 ザックの強く多彩な魔法に流石だと思いながら、リリアムも試してみることにした。

 持っていた宝玉に魔力を込める。

 そして、不死竜の閉じきれない口の中に魔力操作で入れた。


「爆発しろ!」


 炎の魔法が爆発した。爆弾など、創作で爆発物は見ていたからイメージしやすい。

 不死竜の頭は吹っ飛んだ。

 やった! と思ったが、見る間に頭が再生していく。それを見てザックが呟いた。


「再生能力まであるのか」

「ズルいなー」


 不死竜が怒りの雄たけびをあげる。

 さらに瘴気が濃くなって、白い靄となる。動物や魔獣の精気も一層飛び交っている。更に吸い込んでいるのだ。

 今や不死竜はリリアムを敵と認識していた。

 がらんどうの瞳がこちらを見ている。


 ゆっくりだが、ぶぅん! と竜の前足を振り払って攻撃してくる。

 動きはのろいので決して当たりはしないが、それだけで瘴気の衝撃波となってこちらに襲い掛かってくる。


「くっ……!」


 リリアムは平気だが、ザックは苦しそうな声を出した。生き物にとって瘴気は毒になるようだ。


「なんか、打つ手がないよね? どうしよう」

「魔法剣で攻撃する」


 ザックがついに近接攻撃を試すらしい。ヤバくなったらすぐに逃げようと、リリアムは注視する。

 ザックは剣をすらりと抜いた。普通の銀色だった刃が、魔法を込められたようで薄紅色へと変化する。

 隙のない身のこなしで、ザックは瞬時に不死竜へと近づき斬りつけた。

 リリアムの脳内では、スパっと不死竜が切り裂かれるイメージが思い浮かぶほど、美しくキレのある姿勢だった。


「ぐぅっ」


 だが現実には、苦痛の声をあげたのはザックの方だった。刀は腐食しザックの腕までも腐食が始まっている。

 これはヤバい。

 リリアムは転移でザックの傍に移動し、次の瞬間には移動魔法を発動。不死竜の前から姿を消したのだった。


 行き先は川辺だった。

 ここは空気も清涼だし、水もある。まず手当をすべきだと連れて来たのだ。


「腕、自分で治せる?」

「ああ」


 ザックはすぐに回復魔法をかけ、腕を治していく。

 それから騎士服の上着を脱ぎ、その内ポケットの中から何やら薬、飲み薬や塗り薬を取り出す。リリアムには分からない薬を飲んで、腕を水で洗い、それから塗り薬を塗った。また、川の水を飲んだりもしている。


 ザックの動きはとにかく隙がなく、所作も美しい。

 バスケットボールやゴルフで、上手い人はフォームや動きが綺麗だと聞いたことがある。そういう感じなのだろうか。とにかくただ者ではなく強い感がある。そのザックが倒せない不死竜、ヤバい存在なのではないだろうか。

 そんなことを考えながら、そういえば炎のブレスを浴びていた左腕の手当がまだだったと回復魔法をかける。

 それに気づいたザックが声をかけた。


「その腕、どうした」

「ちょっと遊んでたら、火の魔法使われちゃって」

「誰にだ」

「魔獣」


 自分から散々からんで上に乗ったから怒って攻撃された、とは言いにくくて少し言葉を濁した。


「昨日から目につく魔獣を倒してきたが、魔法を使う魔獣など居なかったぞ」


 では、やはりグレイは特別な存在なのか。

 色々、材料は出揃ってきた。ここで、情報をまとめるべきかもしれない。


「……ザックは推理とか得意な方?」

「推理とは?」

「えーっと、推理小説とか知らない?」

「知らん」

「状況証拠から色々推測して、理論的に推測をするような感じ」

「研究者のようなことは出来ん」


 研究者じゃないんだけどなー、と思いながら頷く。でもきっと、ザックは騎士で実践経験が豊富そうだし一緒に考えてくれるだろう。


「私も、推理は得意じゃないしそんな閃くタイプじゃないんだけど、情報を整理したい。聞いて欲しい」

「分かった」


 二人は川辺に座り、話を始めた。リリアムはまず水の精霊のまじない、頭をスッキリ冴えるものをかけた。


「まず、この森のこと。結界、見た?」

「いいや」

「あらゆる生物が外に出れない結界だった。魔獣も、悪魔も。多分人間も。そして、結界の近く、つまり屋敷から離れるほど空気が澄んでいる」

「屋敷近くの瘴気が濃いのは、さっきの不死竜のせいだろう」

「そういえば、一番最初に私たちが見た魔獣、あれって普通の魔獣?」

「いや。魔獣の中でも凶暴化していた。今から思えば、それも不死竜の影響だろう」


 リリアムはやはり、と思って気になっていたことを言う。


「結界の近くには綺麗な魔獣が居た。魔法が使えて、賢い感じの魔獣。そして森の中程には、そこまで黒いオーラがない魔獣。そして、屋敷の近くにはどす黒い感じの魔獣」

「不死竜が屋敷の近くに居るせいだと思えば、分かりやすいが」


 全てはアンデッドドラゴンのせいなのだろうぁ。


「どうして不死竜は屋敷の近くに居るんだろう」

「知らん」

「結界ってどうして張ってあって、どういう仕組みでずっと強い効果があるんだろう」

「知らん」


 うーん、推理終了。この二人じゃ推理出来ないよー! 誰か頭いい人パーティに入れて。

 リリアムはそう思ったが、まだ言っていないことを思い出した。


「子爵家には五人の娘がいる」

「五人……?」

「そう。次女は地下室に閉じ込められ、森の瘴気を体に浴びる役目を負わされていた」

「なんだと」

「それが、皆の為、瘴気を拡散させない為、みたいなこと言っていた。でも、今はその瘴気が不死竜から出ているって分かる」

「子爵夫人の仕業だな」


 そこはピンと来てくれた。


「そう。夫人は結界には近寄らず、屋敷近くの魔獣だけを倒すよう依頼した。アンデッドドラゴンの瘴気が強くて、魔獣が発生しすぎた。だから魔獣の退治を依頼したのかも。でも、それだと今みたいに不死竜と私たちが出会う想定はしていなかったのかなあ」

「もしくは、魔女とそういう契約だったのかもしれん。魔獣のみを倒し、アンデッドドラゴンは無視するように」

「まあ、普通倒そうとする存在ではないよね。強すぎるし」


「そもそも、アンデッドドラゴンをこの森に縛り付けているのは夫人なのか」

「夫人というより、一族で長年やってるみたい。代々、ノート……次女みたいな役割の子がいて、瘴気を吸っているんだって」

「……以前、聞いたことがある。白竜には、家を反映させ領地を豊かにする力があったと。白竜が住んでいる領地は常に豊穣を約束されていた。だが、昔のおとぎ話だ。現存する竜は数が少なく、白竜は生存を確認されていない」

「まさか。あの竜、元は白竜だった?」

「おそらく」


 なんと! そういわれてみれば、竜は汚れて腐敗はしていたものの毛は白かった。以前見たことがある邪竜は皮膚が鋼鉄って感じの堅い物だったが、さっきの不死竜は毛並みが白かったのだ。


「じゃあ、結界はホワイトドラゴンを逃がさない為。瘴気を吸わせるのはアンデッドドラゴンから出る影響を少なくする為かな」

「結界は、不死竜の餌を逃がさない為かもしれない」

「餌?」

「魔獣の精気を大量に吸っていたのを見ただろう。森から獣が全部逃げてしまえば、屋敷や領地の人間まで吸われる」

「それだー! 賢い!」

「フン……」


 ちゃんと推理出来てるのを褒めたのに、これくらい当然だとばかりの態度だ。


「じゃあ、頼みたいんだけど、夫人にどうやったら結界を壊せるか聞いてきて」

「聞いたくらいで話す訳がないだろう」

「いけるいける。お前がちょっと優しくしたらペラペラ話すって」

「断る」


 ぴしゃり、と言われた。リリアムは不満げに言いつのる。


「じゃあどうするの。不死竜だって倒せないし、結界だって壊せないし」

「それは依頼の範疇外だろう。俺たちが頼まれたのは、屋敷の近くにいる魔獣を出来るだけ、だ。結界に関しては近づくなと釘を刺されている」

「えーっ、このままにしとくつもり?!」


 強い敵を倒したい、みたいなこと言ってたから絶対不死竜と戦うと思ってたのに。

 すると、ザックは真顔で問いかける。


「お前はどうしたい」

「私?」

「魔女に働かされるのは不本意で、最低限のこと以外はしないつもりだったろう」


 それはそうだ。だが、ノートの姿を見てそんなことを言えるのは人の心がないと思う。リリアムは淫魔だけれど。


「……白竜がアンデッド化しても繋ぎとめて、その瘴気を一人の人間にだけ吸わせて、領地は繁栄ってよく出来たシステムとは思うよ。効率よく、犠牲は少なく豊かになれる」

「……」

「でも、そういうのあんまり好きじゃない。ノートがまたいい子で、文句の一つも言わずに健気に耐えててさあ。一人犠牲になってる子を見捨てて、仕事は終わったからじゃあって帰るの、嫌じゃない?」

「分かった」


 お、納得してくれたか。そう思ってザックを見ると、無表情の中にもなんだか目が笑ってるような気がした。


「なんか、笑ってる?」

「いいや」

「馬鹿にしてない?」

「していない。俺は、破邪の剣を取りに行く」


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