6.
とりあえず、屋敷に戻ろう。特に成果をあげた訳ではないが、夕方だし疲れた。
移動魔法では屋外の行ったことがある場所にしか到着出来ないので、玄関前に移動し、扉を開ける。
玄関ホールには、四姉妹が待ち構えていた。
「あっ、やっと帰ってきた!」
「ちょっと、ザックさまは?」
「ザックと遊びたいよー!」
「貴女、ザックさまと一日何をしていたの?」
「大体、貴女ザックさまとどういう関係なの!」
一斉にかしましく質問を浴びせられて答える隙もない。
その間にもわーわーと娘たちがうるさく何かを言っている。
その騒ぎを聞きつけて、子爵夫人もやってきた。
しかも夫人も第一声が
「ザックさまは、まだ帰っていらっしゃらないの」
だった。
本当に、失礼すぎないか?
わざわざ魔獣退治に王都の端っこにまで移動したというのに。まあ実際に移動したのはザックだが。
しかも一日戦って帰ってきた魔女にねぎらいもなく何とする。戦いもほとんどせず、グレイと遊んできた程度だが。
それでも、魔女の使いへの敬意が全く無いのは腹に据えかねる。もっと敬え。
リリアムは文句を言った。
「相も変わらず、色ボケな女どもだな。子供の躾もせず野放しで、親が親なら子も子だ」
すると、夫人は挑戦的に瞳を光らせ言ったのだ。
「みんな、静かになさい。怖い魔女が、森に置いておくと脅してきますよ」
完全に舐められている。
こいつはこんな言動をしても何もしないと、安全な奴だと侮られているのだ。
リリアムはブチ切れた。
「魔女への侮辱、その体で贖うがいい! ブタになーれ!」
リリアムは夫人と四姉妹全員を豚へと変身させた。
玄関ホールは大騒ぎだった。五匹の豚が走り回るからだ。
リリアムは空に逃れて吐き捨てた。
「今夜は豚小屋で寝て頭を冷やすんだね!」
家令のロマンスグレーな男性が、豚を避けて階段に上がってから言った。
「当家には、豚小屋はございません。馬小屋でもよろしいでしょうか」
「うん、じゃあ、それで」
リリアムは騒動を背に、さっさと自分の部屋に戻った。
一応、ザックに精神感応で連絡はしておく。
『ザック、今どこ』
『森の中だ』
『もう夜なのに、まだ頑張ってるの』
『今夜は森で野営する』
『えっ、野宿? 戻らないの?』
『こっちの方が安全だ』
そう言い捨てると、ザックはぶつりと向こうから連絡を絶ってしまった。こっちから繋いだパスを向こうで切るとは、器用な男だ。まあ、あまり淫魔と繋がっていたくもないのだろう。
夫人たちを豚にしたから今夜は安全だけど、もう野営の準備をしているならいいだろう。どうせ明日の朝も向かうなら、移動する手間も時間も要らないし。
リリアムが部屋でだらだらしていると、控えめなノックがされた。
ひょっとしたら、ヴェルバッハ子爵が妻子の豚化はやめてほしいと言いに来たのかもしれない。
リリアムは扉を開けた。
果たして、ドアの前には子爵その人がいた。
リリアムは開口一番告げた。
「明日には人間に戻るから。心配しないで」
「はい。お言いつけ通り、馬小屋に入れてあります」
「忠実だね……」
妻と子供に何をする、って抗議もせずにいいんだろうか。
自分がやっておいてなんだが。
戸惑うリリアムに、子爵は声を潜めていう。
「豚になっている時は、魔法は使えないのですか」
「多分。呪文を唱えられないからね。それまで、呪文無しで出来てたことは、出来るかもだけど」
そう言うと、子爵はふーっと息を吐いて言った。
「この屋敷には、常にグレイスの目と耳が光っています。廊下の彫像も、部屋の絵画も、グレイスの目であり耳なのです」
「……! それ、聞いたり見たりする時は呪文を唱えていた?」
「はい。そして、昨夜は見聞き出来る部分に一部、欠けがあったようです。怒り狂っていました」
「ああー……」
ザックの部屋を魔術で隠したから、探知出来なくなったんだろう。それでも幻影を破ってドアガチャされたが。その時には二人ともリリアムの部屋に移動し、一応また幻影をかけておいたので追いかけきれなかったのだろう。
それで腹を立て、さっき挑戦的だったのか。返り討ちにしてやったが。
淫魔を舐めるんじゃない、と言いたい。
「魔女さま、ご案内したい場所がございます。どうか、一緒にお越しください」
「夫人に内緒のこと?」
「はい。道すがら説明いたします。それは、この家のこと、そして森のこと、一族のことにも関わります」
子爵のつぶらな瞳は、悲しそうだが何らかの決意を固めているようだ。
彼は、告発するのだ。
リリアムはそう見てとった。
「分かった。案内して」
廊下を歩きながら、子爵は語りだした。
「ご存じかと思いますが、私は婿養子です。領地の経営手腕を見込まれ、取り立てられました」
「ふーん」
やはり、婿養子なのか。この国の法はよく知らないが、女性は後継ぎになれないから婿養子を迎えたのだろう。
「この家では、代々婿養子を取るのです。生まれる子供は女のみ」
「え、たまたまじゃなくて? 代々全員?」
「そうです。一族に伝わる秘術だそうです。術によって三年に一度、男親の血筋は薄く、この家の血を濃く継ぐ女児が産まれるのです。その時だけ、私はグレイスと閨を共にすることが許されました」
「三年に一度……」
そういえば、娘の年齢は下から六歳、九歳、十二歳、十八歳だったと思い出す。うまいこと、三の倍数だけどたまたまかと思っていた。しかし、それはわざとだったのだ。
「はい。娘が五人産まれ、その役割はお役御免となりましたが」
「五人?」
「はい。今案内しているのは、次女の部屋です」
「そういえば、十八の次に十五歳が抜けてる」
子爵は閉ざされていた扉を鍵で開け、地下へと進んでいく。
この屋敷に漂っていた、陰鬱な雰囲気が一気に濃厚になった。
この地下には、何があるんだ。嫌な予感しかしない。
「次女は、ノートと言います。代々、一族にはそういう役割の娘が一人、いるそうなのです。その役割の子には、ノートと言う名前が付けられると聞きました」
「ノート……」
書き物をするノートかな? と思うが、この世界はそもそも英語とか日本語とかではない。独自の言語だ。先祖に異世界転生者が居たら、単語は伝わるのかもしれないが。
果たして、子爵は言った。
「失われた古代語で、何もないという意味の単語の一部だと聞きました」
「ナッシング……」
「お分かりになるのですか!」
「あ、いや、分からないけど、なんとなく」
ノートにingを付けたらナッシングだな、と何となく思っただけで、英語は分からない。英語の成績は普通だったが、スピーキングは全然だった。
子爵は何枚もの扉を鍵で開けながら、話を続けた。
「私には、歴代のノートの役割は分かりません。いくら調べても、グレイスに尋ねても、知らない方がいいと相手にされません。ただ、私の娘が一人だけ、何もない地下に置かれ、そこでしか生きていけないということが哀れでならないのです」
「この地下でしか生きていけない?」
「はい。ノートの肌は弱く、太陽どころか月光や星の光にも負けてしまうと聞きました」
それは弱いどころではない。
「医者に見せるとか、そういう問題ではない?」
「その弱さも込みで、ノートの役目だと言うのです」
「うーん……」
そう言われても、リリアムには何がなんだかよく分からない。
子爵は固く閉ざされた、重そうな扉の前で足を止めた。
「この部屋には最低限の使用人だけが、世話をする為に来ています。家族も訪問は禁止されています。私には、今ノートがどうなっているのかも分からない」
「お父さんとして、心配なわけね?」
「はい。使用人は、全てグレイスの味方です。余計なことをすれば、私も追い出されるでしょう。それだけは避けたい。そうなれば、娘に会えなくなり、二度とノートの顔を見ることが出来ないでしょう」
「お母さんは、何とも思ってないの?」
お母さんとは、勿論子爵夫人のグレイスだ。
ノート以外の四人の娘たちの躾はせず、放任主義だが虐待はしていないようだった。
「グレイスは一年に一度、ノートの部屋を訪れます。そしてその後、必ず、森に行きます。それは、ヴェルバッハ子爵家に伝わる何かのまじないのようです」
「呪い……」
「森には、何かがいるようです」
「何かって、何?」
その問いに、子爵は首を横に振った。
「何かは分かりません。私も断片的に聞き、見たことを推測しているだけなのです。想像ですが、ヴェルバッハ子爵家に守り神的なものがいて、それが森に居るのかもしれません」
「……!」
守り神的な何か……。
それは、ひょっとして、グレイのことでは?!
普通の魔獣ではない、知性あり魔法を使える獣だ。神獣的な存在なのかもしれない。
では、グレイは何かを知っているのだろうか。明日、また会ってちょっと聞いてみよう
。
「私には、ここまでしか案内できません。魔女さまには、この扉を開ける力がありますでしょうか」
「開けは出来ないけど、中には入れると思う」
子爵は、頭を深々と下げた。
「どうか、ノートのことを助けて頂けないでしょうか。何とかしてやりたいのです」
「ちょっとどうなってるか分からないから、まあ様子を確かめてみる」
「よろしくお願いいたします」
「それとは全然関係ないんだけど、明日、馬をブラッシングするブラシ、貸してほしい」
「ブラシですね。分かりました。用意させます」
「じゃあ、行ってくる」
リリアムは無造作に扉の中に転移した。
そして、驚いた。
部屋は、瘴気のたまり場のようになっていたからだ。




