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5.


 目が覚めると、とても揺れていた。

 体が揺さぶられている。目を開けても暗く、何か暖かい物に包まれているようだ。

 リリアムは外に出ようと、ごそごそと動く。すると、揺れがぴたりと止まった。

 明るくなって、手がリリアムの蝙蝠の体を掬い取った。


「起きたか」


 周囲はもう森の中だった。ザックはリリアムを胸元に入れて走っていたようだ。


「起こしても全然起きなかったからな。狩場まで行くぞ」


 走って行くなら、連れて行ってもらおう。

 リリアムはザックの肩に止まった。

 するとザックが走り出したのだが、とてもじゃないが肩に乗ったまま居られるスピードではなかった。やはり風の魔法を使って加速しているのだ。狭い木々を潜り抜け、物凄い速さで移動している。


 怖くないのか。普通じゃない。

 リリアムは再度胸元に潜り込み、揺れはするが安全に運んでもらうのを選んだ。

 間もなく、動きが止まった。

 再び外に出て、今度は元の姿に戻る。


「ここ?」

「そうだ。この付近に無数に魔獣の反応がある」

「そんなの分かるんだ」

「風下から近づいて狩っていく。行くぞ」


 魔獣なんて見たこともないから、リリアムは黙ってついていく。

 この国の中では魔獣はとても珍しいものだ。王都に住んでいる人は見たことはないだろうし、森の中などに住んでいてもたまに見かける、くらいの存在だ。

 以前、ザックが魔獣の宝玉をくれたが、あれも家の近くの森ではなく、大分遠くまで行っていたのではないだろうか。

 ザックが姿勢を低くし、足音を消しながらも素早く移動していく。


 リリアムは素人すぎて草をガサガサ、下に落ちてる枝をバキッ!と鳴らしながらしか歩けない。これは、地に足を付けない方がいいだろう。

 淫魔の力を使って浮遊し、足音を立てないようにする。少し開けた場所に、うろついている魔獣が居るのを発見した。


 リリアムは、魔物というのは魔の獣というくらいだから、普通の獣より強く魔術が使える存在かと思っていた。

 今見える魔獣は、普通の生物ではなかった。全身がただれたようにぐずぐずに溶けていて、どす黒いオーラを纏っている。魂まで魔に染まっている、危険な存在だ。


 四つ足で狼か犬のような造形をしているが、この世界に生きているのには不釣り合いな雰囲気だ。

 ともかく、即刻倒してしまった方がいいだろう。

 ザックはあっという間に魔獣と距離を詰め、剣を一閃。魔獣の首を刎ねた。

 魔獣は泣きもしなかったが、ドサッと倒れる音で周囲にいた別の個体が気付く。


 アオーン!

 狼のような鳴き声だった。それを聞きつけ、周囲に魔物が集まってくる。

 なんと、魔物のくせに統制が取れている。ザックを囲み、追い込もうとしているように見えた。

 生物とは言えないようなどす黒いオーラの存在なのに、生きる知恵のようなものが感じられた。

 そのちぐはぐさに不思議に思いながらも、リリアムも一応は手伝う。


 ザックの背後にいる個体から、影の魔法を使って足止めしていく。影の中から出る闇の触手は、魔獣の動きも固定出来た。

 次々と固定して、その魔獣の首をザックが跳ねていく。

 周囲に動く者が居なくなると、ザックは剣を鞘に入れた。


「宝玉を回収しろ」

「はーい」


 死んだ魔獣から宝玉を取り出していくのだが、大体は骨の真ん中、つまり解体しなければいけない場所にある。ザックはナイフで手早く取っているが、手袋が血まみれだ。

 リリアムは手で触るのはヤダ、と思い魔力操作で取り出すことにした。宝玉には魔力反応があるので、ある場所は分かる。それを魔力で掴んで浮かせると、出てくる。

 一回出来ると、コツが飲み込めた。

 それが終わると、ザックは何故かダメ出しを始めた。


「お前はもっと鍛えろ」

「は?」

「体力もなく、動きがふらついている。持久力も俊敏さも無い。それどころか、とろくさい」


 体育とか大嫌いだったし、動くことも嫌いな引きこもりなんだから、それはそうだ。


「無理。鍛えるとか修行とか絶対ヤだ」

「訓練が無理なら、基礎体力だけでも付けろ」

「それが嫌なんだって。走り込みする淫魔とか聞いたことないわ」


 リリアムの突っ込みに、ザックは不満そうだが一応は認めた。


「確かに、淫魔としてはそうかもしれない。だが、魔術師としては必要だ。強くなる為にな」

「魔術師も走り込みとかはしないと思う」

「魔女を倒したいんだろう」

「それは……そうだけど~」


 ここぞとばかりにザックは圧をかけてきた。


「豊富な魔術量、怪我をしてもかまわず動ける胆力、そして欠けても再生できる体。お前には強くなる条件が揃っている」


 どうやら、最初に会った時の腕のことを言っているらしい。


「欠けても再生出来るのかなあ。腕はくっつけたんだけど」

「それにしてもだ。魔獣を狩りながら、鍛えてやろう。そうすれば強くなれる」


 ザックはリリアムの力を認め、買ってくれているらしい。しかし修行は厳しそうだし、リリアムは乗り気ではない。


「認めてくれてるのは嬉しいけど。なんでそんな乗り気なの?」


 その問いに彼は真顔で答えた。


「本当に強くなったお前を打ち倒したい。きっと強敵になるだろう」


 リリアムはにこっと笑って言った。


「これからは別行動で」



*****



 ザックと一緒に行動したら、魔物を狩りながら修行をつけられる。そう思ってリリアムは単独行動をすることにした。

 自分で集めた宝玉は貰えたので、数個が手元にある。

 リリアムは色々試してみることにした。


 先ず、昨日書類を盗み見たゴーレムについてだ。

 この宝玉を核としてゴーレムにして、それで敵を倒せるように動かしてみたい。

 素体がないが、とりあえず土の団子にでも入れてみればいいだろう。

 土魔法で土を掘り起こし、大きめの団子を作る。その中にリリアムの魔力を上書きした宝玉を入れてみる。


「よし。目覚めよ、土団子!」


 瞬間、土団子は四散爆発してしまった。せっかくの魔女のワンピースが泥まみれだ。


「くそー……」


 精霊界に放り込んでおいた着替えを取り出して、着替える。実は、魔女の帽子も邪魔だった。でも魔女っぽい方がいいと思って無理してかぶっていたのだ。

 こざっぱりとしたチェニックと長ズボンにすると、普段着っていいなと思う。


 とにかく、土で素体を作るのは無理だ。耐久性が無い。かといって、ゴーレムやガーゴイルのような石作りの素体なんてすぐには用意出来ない。

 うーん、と考えた結果、物理的な個体にする必要はないと思いついた。


 魔術的なエネルギー攻撃をする使い魔とすればいいのだ。

 前世でいえば、幽霊とか霊体のような物だろうか。

 実態のない、ホログラムのような存在を宝玉のエネルギーで可視させることは出来そうだ。

 その為のイメージも簡単に湧く。

 リリアムは犬っぽいイメージで宝玉に魔力を込める。透けたエネルギー体の犬が簡単に出来上がった。


「目覚めよ、わんこ。動ける?」


 幻の犬は思った以上に犬っぽい動きでリリアムの前まで歩いてお座りしてくれた。

 これは全部、リリアムのイメージ内にある動きだから出来るのだ。


「お手出来る? おかわり!」


 犬は鳴きこそしないものの、言われた通りに動く。触ったり撫でたりも出来ないが、懐いているペットのような物だと言えなくもない。

 この宝玉が、狼型の魔獣だったから相性も良かったのかもしれない。

 リリアムはすっかり嬉しくなって、もう一匹、犬の幻を作った。


「お前たち、名前はタローとジローね。戦えるか、試してみよ」


 集中して周囲の魂を探れば、禍々しいオーラの場所も分かる。

 普段は集中力もなくボーっとしているので、常には魂を見ることは出来ないのだがこういう時は便利だ。

 飛んで行ってそーっと近づく、というのも面倒なので淫魔の力で転移する。

 当然、風下も風上も何も分からないまま突然の出現となる。今回の魔獣は猿型だったようで、リリアムに気付くとキーっ! と威嚇しながら襲ってきた。

 リリアムはびびって避けながら犬たちに命じた。


「タロー、ジロー。猿に攻撃して」


 幻の犬たちは忠実に命令を聞いた。

 猿の前に飛び出し、口から魔術のエネルギーを当てていく。魔術による攻撃をされると魔獣でも弱るようだ。猿はギャーッ! と鳴いて倒れていく。

 これならいける。リリアムが魔術の成功を確信した時だった。

 五匹目の猿に飛び掛かった犬は、魔術のエネルギー波を放つと同時に核を四散させ消え去った。


「えっ! タロー!」


 ジローも同様だった。

 それほど強くない個体の宝玉だったので、リリアムの魔力を込めてもある程度力を使うと耐久できずに崩れてしまうのだろう。

 理屈は分かる。


 だが、リリアムはそう冷静に割り切れなかった。

 せっかく生み出した、タローとジローが死んでしまった。可愛い犬たちが……。

 リリアムのメンタルはガリガリ削られた。めちゃ凹みである。

 残りの猿たちの相手をする気にもなれず、リリアムは転移でその場を立ち去った。


「はぁ~……」


 落ち込んでしまったリリアムは、一気にやる気がなくなった。

 風になろう。

 こういう時は風となってみよう。


 先ほどのザックの走り方を体感してみて分かったのだ。

 リリアムが風で加速するのは、例えて言うならば自転車に乗って風を背中に受けて普通よりは早く走れる、といったところだった。

 だが、ザックは大型バイクに乗っているように、己を風と一体化して加速していたのだ。

 まあ、リリアムは大型バイクに乗ったことはないが。


 しかし、実際に体験してイメージは湧いた。

 風になってみよう。

 実際にやってみたら、体が全く動かず上手く走れないことに気付いた。

 ザックほど体幹がしっかりして走り方が上手くないと、ああは出来ない。

 でも、魔力の量ならリリアムは無限大だ。なんとか工夫出来ないものか。

 やっぱり走るよりは飛ぶ方が早いのでは?


 トライアンドエラーを繰り返していると、川辺に出てきた。

 知らないうちに、屋敷からずいぶん離れてしまったらしい。

 川の水は清涼だった。

 森の中は陰鬱な雰囲気に満ちているのに、ここは別の場所のようだ。


 そういえば、さっきの泥まみれの服を洗っておこう。リリアムは思い立って、魔女のワンピースを取り出す。魔術で水の中に入れて揉み洗いし、火と風の魔法で乾燥させる。

 魔法って便利だと実感する瞬間だ。


 一息ついた瞬間、リリアムは遠くに大型の魔獣が居ることに気付いた。

 じっとこちらを見ている。油断したら一気に飛び掛かられるかもしれない。

 虎のような体型だが、毛皮は灰色だ。

 何かおかしいと思ってよく見てハッとした。


 一番最初の狼の魔獣は、どす黒いオーラをまとっていた。生きているのに、死んでいるかのような崩れた体で、目も虚ろだった。

 次に会った猿の魔獣は、少し黒いオーラをまとっていたが、生きている感じはした。まだ元気そうだった。

 今の虎は、生きている。黒いオーラもない。目に意志がある。

 これは種族の差なのだろうか。それとも個体差?


 分からないが、一つ言えることは、毛皮をまとった動物がそこにいるということだ。

 リリアムは決心していた。

 この魔獣を、モフってみせる。

 リリアムはニコッと虎に笑いかけてみせた。


「お前、可愛いね。灰色の虎? グレイって呼んでいいかな」


 たちまち、虎……グレイは警戒態勢に入った。低く姿勢を作って、いつでも攻撃出来るようにこちらを伺っている。

 リリアムは、空間転移で一気にグレイの背中に乗った。


「毛皮、結構ごわごわ」

「グァーッ!」


 グレイは怒って吠え、そのまま森の中に走って突っ込んだ。

 張りだした木の枝や幹にリリアムの体をぶつけようとしているのだ。


「なるほど賢い!」


 グレイが知恵ある獣であることを嬉しく思いながら、リリアムは物理攻撃防御の結界を自分ごとグレイにも張った。

 そして姿勢を低くしてグレイの首を掴んで、振り落とされないようにする。

 するとグレイは、開けた場所にある太く大きな木にうごい勢いで登っていった。木登り? リリアムが思っていると、ある程度高く登ったところでグレイは木から落下した。

 背中を地面に向けて、だ。


 防御結界を張っているといえど、体重何百キロもあるだろう巨体に押しつぶされるのは避けたい。

 リリアムは仕方なくグレイの背中から降り、空中に浮遊した。

 グレイは地面に背中から着地すると、素早く回転しリリアムを見上げる。

 それから驚くことに、己の前に魔法陣を展開させた。


 魔法陣! あの超強力な魔法を使う魔術師が長い呪文の後に出したアレだ。

 あれよりは小型かもしれないが、それでも詠唱無しにすぐに展開させたのはすごい。獣は言葉を使えないのに、どうやって魔術を使うのだろう。

 少し溜めがあって、それからリリアムに向かって魔法陣から攻撃魔法が放たれた。


 リリアムは空間転移で逃れる。追尾は付いていないようで、魔法力は木をなぎ倒してまっすぐに飛んでいった。

 再び、魔法陣が出現する。

 リリアムは次は魔法発動まで待たずに、その魔法陣の前に自分も魔法陣を展開させた。


 リリアムには高度魔法を使いこなすための理論が理解できない。だから基礎的な簡単な魔法しか使えなかったのだが、先日のアメリエットの魔法と今のグレイの魔法を見て、イメージは出来ている。

 アメリエットの魔法が、防御結界を何度も体当たりして壊したのを見て、少し思いついたこともあった。


 強く大きな力で壊そうとするより、鋭く細い力で貫通させてしまえばいいのでは?

 リリアムの魔法陣から、黒く細い影が何本も勢いよく伸びてグレイの魔法陣へ襲い掛かる。貫通は出来なかったが、グサグサと魔法陣に影が何本も刺さる。


 貫通出来ないのは、おそらくイメージが足りない。硬い金属の塊でも貫けるようなもの、レーザーとかすごい現代の科学技術を実際に見て知っていたら出来そうな気がする。

 しかし、今のリリアムには刺すことで精一杯だ。


 それでも、魔法が発動する前に先に攻撃したので、グレイは影の攻撃を避ける。グレイの魔法陣は発動することなく消失した。

 魔法攻撃が効かないとみるや、グレイは空に浮いているリリアムに向かって走り出した。

 空を走っている? と見ると、足場に魔法陣を展開して階段のようにしているようだ。

 リリアムはまた転移でグレイの背中に乗った。


「戦おうとか思ってないから、ちょっと仲良くしようよ。怖くないよ」


 話しかけるが、怒れる魔獣が聞いてくれるわけがない。

 あとは根気だ。リリアムはそう信じた。

 グレイが背中を地面に叩きつけようとした時は背中から降り、魔法攻撃をした時は魔法陣を壊し、背中に乗っている時は物理攻撃無効で身を守る。


 いつか収まってくれないか、と思っていたがグレイはいつまでも暴れ続け、最後には川に飛び込んでリリアムを振り払おうとした。

 気付けば、陽がすっかり落ちている。

 流石に、今日はこれくらいにしておこう。

 リリアムは手持ちの宝玉に魔力を込めた。


「グレイ、また明日くるね。今日は帰る」

「ガオー!」


 グレイが吠える。怒声ともいえる鳴き声だった。勿論、声をあげる為に口を大きく開くことになる。その瞬間に、リリアムは手に持っていた宝玉をグレイの腹の中に移動させたのだった。

 これで、明日もグレイに会える。



 このお話はフィクションです。

 実在の動物や人物へのつきまとい行為、追いかけまわし触れるなどの行為はご遠慮ください。

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