4.
リリアムは食事会には参加しても仕方ないので、食事が終わって説明が始まる時に呼び出してくれと、ザックに言っておいた。
その間に屋敷の中をウロウロして偵察する。勿論、姿は見せないよう魔法をかけ、気配も消している。
子爵夫人の説明前に、何かないか見つけておこうと思ったのだ。
狙いは、子爵夫人の部屋だ。彼女は魔女ではないのだろうか。
夫婦の部屋らしい主寝室をうろうろしたが、何も見つからない。だが、夫人の衣装部屋の奥に鍵がかかった個室があるのを発見した。
鍵がかかっていても、淫魔には関係ない。扉の向こうに転移する。
すると、思った通りだった。
魔術に関する資料や本が所狭しと置かれている。
ビンゴ! 机の上に広げてあった書類を見る。
なんと、ゴーレムやガーゴイルに関する資料であった。
そういえば、と思い出す。屋敷の外に雨どいとしてガーゴイルがずらっと並んでいた。
ということは、あれは動くのか。
命のない個体を動かすというのは、結構すごい魔法だ。そんな力があるなら、魔女に頼まずともそれで魔獣を倒せば……と思っているとザックから呼びかけがあった。
『来い』
『はや。まだ食事終わってないでしょ?』
全然時間が経っていない。出来れば、時間をかけて食事をしてもらって、その隙にもっと調べたいのだが。
『いいから早く来い』
そんなに呼ぶということは、もう話が始まっているのかもしれない。
リリアムは仕方なく転移した。ザックの近くに転移するので、ダイニングルームの彼が座っている隣に出現することになった。やっぱり、まだ食事中だった。
急に現れた淫魔に、皆は一瞬シンとしたが、すぐに無視して会話を続けた。
「ねえザックさま、今お付き合いされている方はいらっしゃるの」
「あっ、メグ、今私がお喋りしているのに!」
「うるさいわね、黙ってて」
「あんたこそ!」
「ザック、後で一緒に遊んで」
永遠に娘たちがお喋りをしている。ザックは一言も喋っていないのにだ。
「……全く、よく躾けが出来た娘たちだこと」
思わず嫌味を言ったけど、誰も聞いちゃいねえ。
急募、威厳。完全に舐められている。
リリアムは子爵につかつかと近づいて文句を言った。
「子爵よ、お前の教育方針はどうなっている」
子爵はナイフとフォークを置いて、少し寂しそうなつぶらな瞳をこちらに向けた。
「お恥ずかしながら、私がなにを言っても娘たちはまるで言うことを聞かないのです」
「甘やかしすぎでは」
「いいえ。私は彼女たちに教育する権限も持っていないのです」
「では、その権限は夫人が?」
「はい」
こくりと頷くので、夫人の隣にわざと転移して出現して見せる。
夫人はこの騒ぎの中でも、まるで何も聞こえていないようにゆったりと食事をしていた。
「お前の娘たちに、黙ってさっさと食事を終えろと伝えろ」
「無駄ですよ。少しの間は黙るかもしれませんが、またすぐこの通りになるでしょう」
「躾が出来ていないな。森に置いてきてやろうか。お前も一緒にな」
脅すと、仕方なくといった感じで口を開く。
「皆、黙らないと怖い悪魔に森に捨てられてしまいますよ」
「悪魔に脅されるから黙るんじゃなくて、食事中にべらべらうるさいのはマナー違反だからでしょ。注意の仕方も考えたら」
マナーにうるさい淫魔って何、って感じだが、部屋を変わってもらった分くらいの仕事はしただろう。
夫人は取り澄ましたまま、ちっとも悪いと思ってない口調で言う。
「それは失礼いたしました」
「さっさと食べて、説明とやらを始めるんだね」
そう言って、また転移した。さっきの小部屋へだ。
他にも色々調べたいなら食事はゆっくりでも良かったのに、何故かイラついて急かすようなことを言ってしまった。
というより、ザックは何故自分で言わず人に注意させるのか。自分で言えよ。
考えながらも資料を色々見ていく。書物は多岐に渡っていたので、色んなことが出来る魔女なのだろうか。
精霊魔術、結界に関する資料、魔力を操作して力を譲渡する、なんて書物もあった。
色々あるものだな、理解出来たら使えるんだけど。そんな風に時間を過ごしていると、再びザックから呼び出しがあった。
『来い』
『次は本当に話が始まるんでしょうね』
『ああ』
ザックに持たせた宝玉を辿ると、今度は応接室に転移した。
夫人とザックが二人きりだった。夫人は自分が美熟女であることを分かっているらしく、ザックに熱い視線を送って足をチラチラ見せている。
だが、イヴリンに比べたらまあ年相応だし普通の熟女という感じだ。
旦那である伯爵がいるのに、客の騎士に色目を使うってすごい。伯爵も何も言わないのか。
まあ、リリアムには関係ない話だし触れないでおく。色んな家庭、色んな夫婦が居るのだから。
ザックは相変わらず無駄口を一切叩かないので、リリアムが尋ねた。
「それで、説明と言うのは」
「はい。ヴェルバッハの森は、魔獣の発生する深く険しい森です。屋敷から離れ、奥に行くほど魔獣は強く、危険になります。決して奥までは行かないでください」
「では、屋敷付近の魔獣を倒すだけでいいと?」
「付近の魔獣だけ、と言ってもかなり数も多く大型で強い物も居ます。ある程度、数を減らして頂くとそれで結構ですので」
「数の指定や期限は?」
「いいえ、ございません。出来るだけで結構でございます。それと、もう一つ」
好きに狩りをしろ、っていうことらしい。そして、何か忠告があるらしい。
「何?」
「森の奥には結界がございます。決して、そこには近づかないでください」
「何の結界?」
そういえば、さっき結界の資料があったな、と思い起こしながら質問する。
夫人はすらすらと述べた。
「当家の遠い祖先が張った、森と領地を守る為の結界でございます」
「その結界は、何を敵と想定して張られてるの? 領地が攻め込まれる時のもの?」
「おそらくは。わたくしも細かなことまでは分かりませんが、結界が破れた時は当家が没落する時だと言い伝えられております」
「何年くらい前に張られたの?」
「祖先がこのヴェルバッハに領地を与えられたのはおよそ三百年前ですので、その頃かと思われます。それ以来、我が家は繁栄し続けております。結界のおかげでしょう」
別に結界のおかげではなく、つつがなく領地運営をしているからでは? そう思ったが、リリアムは別のことを訪ねた。
「この家は、魔女の家系なの? お前も魔女?」
「遠い祖先は魔女だった者もいたようです。ですが、わたくしは違います」
「でも魔術は使えるよね? 魔法力を感じる」
「はい。多少なりとも」
「では、どうして自分で退治しない?」
その言葉に、夫人はフフッと笑った。
やれやれ、この淫魔何も物を知らないな、という笑みである。
「それは無理というものでございます。わたくしは魔術が使えるとはいえ、魔獣は手に負える存在ではありません」
「魔獣はそんなに強い?」
「小型で弱い物になら、なんとか倒せるかもしれませんが、強い魔獣には全く敵わないでしょう」
そういえば、ザックでも魔獣退治には用意が必要と念入りに薬草や武器を準備していた。
ひょっとして、魔獣ってめっちゃ強い?
でも、イヴリンはリリアム一人で行ってくるように命じた。だから一人でも倒せるくらいの敵かと思っていたのだが。
ひょっとして、イヴリンはリリアムを始末しようと送り込んだ……?
不安になってきた。
まあ、ザックも居るし多分大丈夫か。希望的観測だが。
「それ以外に注意点は?」
「結界に近づかないこと、屋敷の周囲に留まることを守って頂ければ結構です」
「ザックは、何かある?」
「ない」
そう言うと、ザックはさっさと部屋を出て行った。
「おやすみなさいませ、ザックさま」
夫人は彼の背中に熱い視線を送り続けている。
リリアムは黙って部屋に転移した。
部屋は勿論、ザックに変わってもらった良い部屋だ。
何もしてないけどなんか疲れたし、さっさと寝よう。明日はきっと早朝から森に出ることになるだろう。ザックはいつも朝早くから活動しているからだ。
リリアムは灯りを消して横になった。淫魔は寝付きがいいので、すぐにスヤッと入眠出来る。
目が覚めたのは、扉の前が騒がしいからだ。
「おかしいわ! 部屋が見つからないなんて!」
「しっ、声が大きいわ。ジョー」
「だって、こんなのおかしいもの!」
それでハッと起きあがった。一応、部屋に目くらましの魔法をかけておいたのだ。
「流石はザックさまだわ。きっと道を選べる者だけが訪れられるように魔術をかけているのね」
これは長女の声だろう。
いや、誰も来ないように魔術をかけているんだが。
おそらく四人全員いる。娘たち全員がザックの寝室におしかけようとしているのだ。
ほんと、どういう教育してるんだ。
ザックが女好きなら、全員に手を出してたかもしれないんだぞ。
いいからさっさと部屋に戻って寝ろ!
リリアムはそういう暗示を部屋から投げかける。
威力の小さな呪いのようなものだ。幸い、姉妹たちは魔術に対する耐性が低かったようですぐかかってくれた。
はあ、やれやれ。
ザックの色男ぶりもすごすぎるな。
そう思って再び眠ろうとしたのだが、本当の恐怖はそれからやって来た。
目くらましの魔術が破られたのだ。
これは、夫人だ。夫人が、扉の前に居る。
ドアには鍵がかかっているが、その鍵もガチャンと開錠された。鍵を持ってきていたのだろう。
魔術でも扉をロックをしていたが、ドアノブをガチャガチャとされた時に恐怖はピークに達した。
マジ、怖!
「ザックさま、開けてくださいませ。どうしても、お伝えしたいことがございます」
ザックならもう一つの部屋にいるから、そっちに行ってくれ~。
そう言いたかったが、本当に部屋に案内したら多分ザックは怒ってしまうだろう。明日の魔獣退治のエースで四番を失う訳にはいかない。
でもここに居るのも怖い。
リリアムは律儀にも、すぐ転移せずザックに声をかけた。
『今から、そっちに行く』
『分かった』
リリアムは襲撃をかわし、元の自分の部屋に逃げた。
部屋の灯りは消されていたが、淫魔は夜目が効く。
ザックがベッドの上に座り、無表情の中にも面白そうな瞳をしていることを敏感に読み取った。
その瞬間、分かった。
この男は、こういう目に合うことを分かっていて部屋の交換を持ちかけたのだ。
「ちょっと!」
「なんだ」
「お前、自分の部屋にみんな来るって分かってたでしょ!」
「さあな」
「何が、さあな、よ! もう女に絡まれてても二度と助けないから!」
せっかく食事中に話しかけられていたのを助けてあげたのに、裏切られた気分だ。リリアムは怒って文句を言うが、ザックは平然としていた。
「笑える事態だと言っていただろう。それを体感させてやっただけだ」
「笑えないし! っていうか根に持ってた? いちいち仕返しとかしないで!」
リリアムがキィッとなったので、ザックはそれ以上激高させずに引いた。
「ベッドはお前に譲ってやろう」
「当たり前でしょ! 元の部屋にさっさと戻って!」
「今夜はここで寝る」
「え、やだ。私、他人と一緒には寝れない性質だし」
しかしザックは床に降りてマントを敷いた。
「俺は床で寝る」
「部屋に戻らないの?」
「また来るかもしれないからな」
いかに絨毯が敷いてあるとはいえ、床は床だ。
明日、魔獣退治をほぼほぼ押し付けようと思っている相手に、前夜から疲れさせるのは良くないだろう。
「……分かった。私、蝙蝠になるからベッド使って」
「蝙蝠に?」
「そう。その代わり、明日から魔獣退治は頑張ってもらうから!」
リリアムは蝙蝠の姿になると、ぱたぱたとソファに飛んでクッションに寄り添って眠ることにした。
ザックは遠慮せずベッドで眠ることにしたようだ。
よく見たら、ベッドにブーツのまま上がって寝ている。
絶対靴を脱いで裸足になりたいリリアムには信じられない寝方だ。
まあいい。眠れなくても目を瞑って休んでおこう。
そう思ったのだが、寝付きのいいリリアムは一瞬でスヤッと眠ったのだった。




