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3.

 ヴェルバッハ子爵領には馬車で五日ほどの距離だ。馬で移動したら多少は早くなるかもしれないが、休憩のことも考えて四日はかかるだろう。


 ザックが先行して出発した後も、リリアムは直前までダラダラとしようと考えていた。

 広い家で離れた部屋に居たとしても、やはり他人が居るとうのは気詰まりだった。しかも、その同居人は自分を一刀のもとに殺せる相手なのだ。どうしても緊張を強いられていた。

 一人暮らしはいい。しばらく、のびのびしよう。

 そう思っていたのだが、ザックが出発して翌日にはもう連絡があった。


『明日には子爵家に着く』

『え! はや! もう?』

『ああ。もう領地には入っている』

『馬でも四日はかかるのに。前に行ったことがあって魔法で移動した?』

『いや。走った』

『走った……』


 もう話は終わったとばかりにぶつりと思念を断ち切られる。

 そういえば、以前ザックが走るところを見た。邪竜のいる洞窟付近で戦った時だ。彼はすさまじい勢いで走ってこちらに攻め込んできた。風の魔法を使って加速しているのでは、と思ったが今回もそうして走ったのかもしれない。

 それにしたって、底知れない体力と魔法力の持ち主だ。


 リリアムは、渋々支度を始めた。

 とは言っても、新しい衣装を着る程度だが。

 服は黒のワンピースにした。あのシースルーキャミワンピとは違う、落ち着いたデザインの物だ。胸元もしっかり覆われているし、スカート丈も膝丈だ。ウエストが絞られているので、ダサくは見えない。体のラインに合った上品な服装だ。それに、黒くつばの広い帽子に黒い靴を合わせて、いかにも魔女という恰好に見せる。


 リリアムは、今回は魔女、そして淫魔としての力を見せつける方針でいこうと考えたのだ。

 今までは、姿を他人に見せるのが怖くて、仮面を被ったり地味でみっともない服装をしていた。

 だがその結果、人々には舐められていいように使われてるようになってしまった。


 やはり、第一印象からガツンといかなければならない。

 姿からして畏怖させるのだ。

 赤い瞳も、先が尖った耳もさらけ出してしまおう。

 人々は恐怖のあまり石を投げてくるかもしれない。でも、それさえもねじ伏せてみせよう。

 そういう訳で、いかにも魔女という格好にしてみた。

 翌日、子爵家の前に到着したというザックと合流して聞いてみた。


「この恰好、どう? 魔女っぽい?」


 しかしザックは望んだ答えなどくれなかった。


「それで魔獣と戦えるのか」

「魔術で戦うから大丈夫と思う。肉弾戦するわけじゃないし」

「魔獣は甘い相手ではない」

「ダメだったら撤退して着替えるし。というか、それより先に子爵家に挨拶するでしょ。その時にこの恰好じゃないとダメなの!」

「そうか」

「そう!」

「………………」


 面倒くさそうに会話を切り上げられた。

 まあこんな戦闘狂の黒騎士に、女性の服装など分かるわけがない。肝心なのは子爵家の人々だ。

 リリアムは門番に魔女イヴリンの使いであることを告げた。

 話は伝わっていたようで、門番は畏怖しながらもすぐ案内人を呼んできてくれた。


 玄関ホールに案内され、そこでしばし待たされる。

 子爵一家がすぐに出迎えてくれた。

 総勢六人によるお出迎えだ。


「ようこそ、いらっしゃいませ。魔女イヴリンさまより、もてなしを言いつかっております。わたくしはグレイス・オルコット。ヴェルバッハ子爵夫人でございます」


 挨拶をしたのは、夫人が先だった。子爵はいるが、人の良さそうなつぶらな瞳をして黙っている。夫婦は40がらみだろうか。子爵はごく普通の小太りのおじさんだが、夫人は未だ若々しく美人だ。でも黒髪で影がある美しさなので、魔女の類かもしれない。

 きっと、この夫婦は奥さん優位だろう。なんとなく、子爵は夫人の尻に敷かれているんだろうなと感じ取った。


 後の四人は夫婦の娘たちだ。全員女の子なのはともかく、みな夫人にそっくりだ。全員黒髪で、夫人のクローンかと思うくらいよく似ている。瓜二つだ。こうも母親の遺伝子だけが受け継がれるのだなと感心する。

 そして、家族が女ばかりで男はお父さん一人になると、立場は弱くなるもかもしれないと思う。

 それはそうとして、最初が肝心だ。リリアムはせいぜい威厳があるように喋ってみた。


「そう。私は淫魔リリィ。世話になるわ」


 すぐに女の子たちが自己紹介を始めた。


「私は長女のマーガレット・オルコット。18歳です」

「私はジョセフィーン・オルコット。12歳よ」

「エリザベスです! 9歳です!」

「エイミー・オルコットと申します。よろしくお願いいたします。私は6歳です」


 上から順に自己紹介してくれた。

 しかし、誰もリリアムを見ていない。

 全員、リリアムの背後にいる黒騎士に視線を奪われているのだ。

 皆が、彼の名前を聞きたいと期待してザックを一心に見つめている。

 上は40歳くらいの熟女から、下は6歳の幼女までだ。なんなら、子爵もザックの方を見ていた。


 なんで? 我淫魔ぞ? 魔女ぞ?

 目が赤いのに、普通びっくりしない? 

 人々にあまりに怖がられたらどうしよう、と考えていたがそれは全くもって無駄な心配だった。

 そのザックは、無表情で黙って立ったままだ。

 仕方なく、リリアムが紹介した。


「こちらはザック。魔獣退治を手伝ってくれる騎士」


 娘たちが口々にザックに話しかける。


「まあ、素敵なお名前!」

「家名は? どちらの方なの?」

「何歳? 何歳なの?」

「魔獣退治が出来るなんて、とてもお強い方なのですね」


 ザックはそういう娘たちの態度には辟易のようで、くるりと反転して外に出て行こうとする。


「魔獣を見てくる」


 それを引き留めたのは子爵夫人だった。


「お待ちください。その前にいくつか説明したい点もございます。先ずは部屋を用意しますので、そちらで旅装を解き、その後ダイニングで食事会を。歓待の宴をささやかながらに開かせていただきたいと存じます」

「淫魔に食事は必要ないの。私は説明だけでいいわ」

「では、ザックさまに是非とも」


 夫人が熱のこもった目でザックを見つめている。

 おい、旦那の前だぞ。娘とライバルになるつもりか。

 リリアムがちょっと呆れながら内心で突っ込んでいると、娘たちが口々にザックに申し出る。


「私、お部屋に案内しますわ」

「私も!」


 全員が甲高い声を出し、まあうるさい。女子校状態だ。注意しても無駄だろう。

 リリアムはザックを放置して執事であろう初老男性に声をかけた。


「私の部屋はどこか、案内してくれる?」


 プロの家宰は淫魔に話しかけられてもひるまない。恭しく頭を下げて言った。


「勿論でございます」


 後ろでザックが「触れるな」とぴしゃりと拒絶し、女の子が泣いてる声がしたが、もう無視して部屋に案内された。

 部屋はなかなか良い。

 子爵領は豊かなようで、領地も栄えているし、この屋敷も立派なものだ。

 だが、屋敷の背後に深い森があるせいか、なんだか薄暗くて陰鬱な雰囲気がする。

 屋敷全体がどんより曇っているような気配があるのだ。

 魔獣がたくさんいる森だからだろうか。


 それに、子爵本人は茶髪で一般人みたいだったが、夫人は魔術を使うように見えた。その娘たちもだ。

 だったら、なぜ魔女に魔獣退治を依頼した? そもそも、森の嫌な雰囲気は皆にも分かっているだろうし、神官が浄化した方がいいのでは。

 まあ考えても分からないし、説明を受けて森を見てみるしかない。

 少し経ってから、ザックに精神感応で話しかける。


『今からそっちに行っていい?』

『ああ』


 空間転移でザックの元に行く。

 ザックに宛がわれた方が広くていい部屋だった。

 ほんと、この屋敷の奴らは舐めてんのか?

 我淫魔ぞ? 悪魔ぞ? 下にもおかぬもてなしをしろよ!

 人々への怒りが、ザックにも向かう。


「お前、なんなの?」

「知るか」

「いや、お前に聞いても仕方ない。魂を見る。何か、魅了の力でも持ってるわけ? ちょっと立ってて」


 ザックは素直に部屋の真ん中で立った。彼も気になっているのかもしれない。

 リリアムはザックの周囲をぐるぐる回りながら魂を見る。

 先ず思ったのは、呪われているということだった。魂に黒く濁った物が纏わりついている。

 リリアムのかけた隷属と服従は、思った以上に彼の魂に干渉していたようだ。

 数日で解ける物と思っていたのに、悪魔の血を媒介にするとこうなるのかもしれない。

 それは、正直すまんかったという気持ちになる。


 だが、人への魅了は呪いとは関係ない。

 顔は確かに、目元涼やかで彫像のように整った容貌だ。

 でも、だからってそこまで人を惹きつけるだろうか。

 体躯も立派で、黒の騎士服が似合ってスタイルもいいが。


 ……グッドルッキングガイで無口な性質が、普通に女にモテるのかもしれない。

 ぐるぐる回っているうちに、ごくごく小さな水の精霊が他の精霊に混じってひっそりと控えていることに気付いた。


「あっ、これかあ」

「何が分かった」

「湖の精霊の加護だ」

「湖の精霊?」


 水の精霊の中でも、幻の湖に住んでいるという美女が湖の精霊だ。この男はその加護を受けているらしい。湖の精霊は命をはぐくむ水を司っている。


「なるほど。加護は子孫繫栄を願ってのものか」


 それが分かれば、すっきりした。うん、と頷いてリリアムは次の話題へと移った。


「森のせいか、屋敷が陰鬱に感じる。領地は豊かだし、子爵家もお金持ってそうだけど、何か嫌な感じがする。魔獣のせいかな?」

「ちょっと待て」


 魔獣の話にすぐ乗ってくると思ったのに、ザックは制止した。


「何」

「湖の精霊の話をしろ」

「え。よく知らない」

「加護を外すにはどうすればいい」

「さあ……」

「もっとちゃんと見て調べろ」


 ザックはいらいらと言っている。どうしても加護を外したいようだ。


「別に外さなくても、いい加護じゃん」


 リリアムはドサッと豪華なソファに座ってやる気のない返事をした。こっちのソファの方が自室より座り心地がいいような気がする。

 ザックは加護に物申したいみたいで、いつになく饒舌だ。


「良くない。大体、子孫繁栄と子供に取り囲まれるのに何の関係があるんだ」

「たくさんの女に種をばら撒いた方が効率よく子孫が繁栄するってことじゃない?」


 言ったらザックはめちゃくちゃ怖い瞳をしてぎろりと睨んできた。


「そんな下種な加護は必要ない」

「下種って言われてもなあ。人にとって大切なことだろうし」

「お前の呪いではないのか」

「それは関係ないと思う。大体、私が呪う前からお前の周囲はこんな感じだったんじゃないの?」

「む……」


 思い当たることがあるようだ。モテて困るとか、リア充が過ぎる。

 前世からの筋金入りの非モテには想像もつかない悩みだ。まあ、生きづらそうとは思うが。

 リリアムはザックを冷やかしてやった。


「女が自分を巡って争い合うとか、男の夢だね」

「くだらん」

「何人か子供を作ったら、加護の力も弱まるんじゃない?」


 リリアムにとったら良い提案だったのだが、ザックは蔑む瞳で言い捨てた。


「下種め」

「は?! なんで? 人にとって子孫を作っていくのは大切なことでしょ? 人の寿命は短いんだから、それを繋げていかなきゃどうすんの。そうやって人間は知恵も技術も伝え栄えてるんだから」

「そういう論点の話をしているのではない」

「一緒でしょ。なんでこっちが下種扱いされなきゃいけないの!」

「分かった、下種は取り消す」


 リリアムがキィっとなったのでザックは賢明にも一歩引いた。


「フン。分かればいいけど」

「男女の関係は淫魔が司るだろう。お前が関わっているのではないかと疑った」

「こういう関わり合い方は知らないなあ。お前がモテても淫魔には何の得もないっていうか。まあ見てたら笑えるけど。幼女にまでモテてうける~」


 その言葉に、ザックはカチンと来たらしい。見下すように言ってくる。


「お前は、淫魔らしく男を侍らさないのか。お前が男と一緒にいる所を見たことがないが」


 くっ……! こいつ、煽ってきてやがる……!

 リリアムはぐぬぬと歯噛みした。

 自慢じゃないが、彼氏居ない暦は、前世プラス今世の生きてる年数更新中だ。もしやそれを知ってて言っているのだろうか。

 あんま男好きじゃないし。人間不信気味だし。

 きぃっ、となるがそんなことを言うのは淫魔の沽券に関わる。

 リリアムは違うことを口にした。


「淫魔は、一生同じ姿で変わらない。この姿のまま生まれたし、死ぬ時もこのまま。一代限りの生だから当然、子は成せない。どれだけ人と交わっても、ただの食事。何の生産性もない行為をする気は、あまり起きない」

「……そうか」

「……なんでこんな話になったんだっけ」


 なんだかしんみりした空気になってしまったので、話題を変えようとする。


「湖の精霊の加護とやらだ。俺は、それを解きたい」

「あー、じゃあ、何か分かったら教えるよ」


 魂に呪いが残っているのも気になる。呪いともども解けそうなら、いつか解呪してあげよう。

 まあ、それは今ではないが。


「絶対に頼む」

「魔獣の話、いつ聞けるのかな。食事後かな」

「……頼んだからな」

「こっちの方が部屋広いしソファもベッドもいいよね」

「部屋を変わってやろう」

「え、いいよ。別に催促した訳じゃないし」


 部下が貰った物を取り上げる上司みたいで嫌だ。そう思ったのだが、ザックは重ねて言う。


「この家の者たちには何も言わず、寝る時だけ変わればいいだろう」

「いや、そこまでしなくても、私の部屋も悪くはないし」

「俺はどの部屋でも構わない。こっちでお前が寝るといい」

「そう? じゃあ……」


 ザックがどうしてもと言うので、部屋を変わってもらうことにした。まあ彼も上役よりいい部屋なのは遠慮したかったのかもしれない。



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