2.
ザックがとっておきの情報(と本人が思っていること)を教えてくれたし、悪気もなさそうなので、リリアムは居候を許した。まあ、暗殺は結局リリアムが命じたことである。彼は指令に従っただけなのだ。
家は広く、部屋はいくつも空いている。リリアムの部屋以外は好きに使ってもらえばいい。
すぐにザックは行動を開始した。
先ず狩りに出かけた。獲物の鳥や鹿を担いで帰り、すぐに庭で血抜きや解体の作業を行っている。
ものすごくテキパキとした動きだった。
リリアムも庭に出て物珍しく見物していると、彼は血まみれの手のまま何やら手渡してきた。
「これをやる」
「これは?」
「さっき、猪の魔獣を見つけた。小さいが、宝玉だ」
魔物のコアは、強さによって大きさが変わる。それでも、魔獣は普通の獣より何十倍も強い存在だ。軽々と倒してきたのがすごい。
しかし、血にまみれた宝玉をそのまま渡すとは。水洗いして綺麗にするという発想は無いのか。
「……どうも、ありがとう……」
善意は感じられるので、文句を言う訳にもいかずリリアムは神妙に受け取った。
家に戻ってすぐ洗ったが。
多分、彼なりの謝意なのだ。家に置いてもらっているお礼のつもりなのだろう。
そうなると、家賃を貰ったことになり、何も世話しないという訳にはいかない。
淫魔は食べ物を必要としないので、この家には食料品が全くない。
見た所、ザックは肉しか取ってきていない。野生動物の狩りでしか食物を供給出来ないなら、他の物は用意してやろう。
リリアムは魔女の家にほど近い村まで魔法で移動し、魔女からもらったお小遣いで小麦と野菜を買った。そして家に帰ってザックに声をかける。
「小麦と野菜、買ってきたから使って」
「ああ」
「ちゃんとお礼言って」
「ありがたく頂戴する」
「普通にありがとうでいいんだけど」
「…………」
ザックの無言、無表情の中にも面倒くさそうな様子が見て取れた。あまり構われるのは好きではない、一人で過ごすのに慣れた孤独の騎士なのだろう。
リリアムは空気を読んだ。
必要最低限の接触にして、後は距離を取る方がいいだろう。積極的に関わり合いたいタイプでもない。
リリアムはあまりリビングにも出ず、部屋に閉じこもるようになった。
どうせ元から引きこもりだ。全然部屋の中で過ごせる。
たまに部屋を出てザックを見かけると、彼はいつもきびきび働いていた。
保存食を作ったり、剣や武具の手入れをしたり、常に動いている。むしろ、ダラダラ過ごしている姿を見たことがない。
ザックからは物のありかを尋ねられるくらいで、物があれば場所を教え、無ければ無いと応答した。
ある日、薬草が生えている場所を訪ねられた。
「あー、前の家の近くだったら分かるけど、ここに来てからは探したこと無いなあ」
「そうか」
「でも魔女が選んだ立地だから、多分近くにあると思う」
「分かった」
この頃になると、リリアムは居心地の悪さを味わっていた。
とにかく、ザックは休む間もなく動いているのだ。昼間に用をこなして、夜は鍛錬までしている。
自分は部屋でダラダラしかしていない。
一応、取って付けたようにイヴリンに渡された本を読んだりはしているが、まあ何もしていないに等しい。
だったら薬草を代わりに取りに行くなり、一緒に行くなりすればいいのだが、それも面倒だ。
早く用意が終わって出て行ってくれないかな……。
そう思った時に、ハッと気づいた。ザックを先行させるなら呼符が必要だ。
以前はイヴリンに作ってもらったが、今は絶賛冷戦中だ。魔女に頼らず、自分で作らなければいけない。
呼符がなければ、ザックと一緒に移動して自力でヴェルバッハ子爵領まで出向かなければならない。それは嫌だ。
運よく、ザックがくれた魔獣の宝玉もある。宝玉は大きな魔力源でもあるので、これに己の魔力を注いで書き換えれば呼符になる。
普段はダラダラしていても、やるべきことがあって締め切りが決まっていればリリアムは働く。
初めて宝玉を加工してみたが、魔力さえ注げば結構自由に書き換えられた。リリアムは符ではなく、宝石のように変更した。これを身に着ける者の場所を探知でき、精神感応でやり取り出来、合流も出来るようにした。
自分の有能さが怖い。
今日は昼から部屋で作業している様子のザックに、さっそく手渡しに行く。
どの部屋を使っているのかも知らなかったが、気配ノートる部屋をノックした。
「開いている」
「ザック、出掛ける時にこれを……わあ」
部屋の中は採取した薬草を干したものでいっぱいだった。その薬草を床に座ってすりつぶし加工している。
「机と椅子で作業した方がやりやすくない?」
「問題ない」
この部屋にはベッドしか置いていない。薬草には塗れているが、物のない殺風景な部屋だ。
腰痛くならないのかな。そう思いながらリリアムはベッドを見てぎょっとした。
剥きだしの石のベッドフレームのままだったからだ。マットも、布団もない。
「えっ、ちょっと待って。このベッドで寝てる?」
「ああ」
「布団は?」
「マントを被っている」
「枕は?」
「荷物入れを敷いている」
「それは修行? 修行なの? 寝具を使ったら弱くなるから鍛えながら寝ているとかそういう……?」
リリアムの問いかけに、黒騎士は手を止めずに何でもない口調で答えた。
「無かったからそのまま寝ていただけだ」
「何で言わないのぉ」
「必要性を感じない」
「いや必要でしょ! 家の中でなんでこんな硬いベッドで寝なきゃいけないの! 体余計疲れるわ! 痛いでしょ!」
リリアムがわーっと言うと、ザックは一応手を止めてこちらを静かに見つめた。
「知っていると思っていた」
「こっちの部屋、全然見てなくて今まで知らなかった。こんなの、私が虐待してるみたいでしょ」
「虐待」
その言葉には、ちょっと面白そうな声色が混ざっている。
リリアムは憮然として言った。
「いや全然面白くないから。マット買ってくるわ。サイズ測らなきゃ」
メジャーとメモを取ってきて、ザックに声をかける。
「メジャー、こっち持って」
「……」
二人でサイズを測って、メモを取った。それから王都まで魔法で移動する。
勿論、一般人に擬態済だ。
マットが売っているお店でサイズを伝え、物を選ぶと、隙を見て幻影をかけて精霊界にマットを突っ込む。物を手に触れて願うだけで移動させられるのだから、本当に便利だ。
人に目撃されたら、大変だが。
そしてマットのあった場所にお金をさりげなく置いておく。
枕とシーツ、上掛けなども買ってから店を出た。
家に帰って、すぐにベッドメイキングをする。
ザックは精霊界から次々と物を取り出すことに驚いていたようだが、何も質問してこなかった。
終わってから、リリアムは宣言した。
「今日からここに寝て」
「分かった」
「感謝して」
「……ありがとう」
「言えるじゃん!」
ザックはちゃんとお礼が言えるようになっていた。
ちょっと嬉しい。
リリアムは気分よく言った。
「他の部屋も使っていいから、作業しやすいようにして」
「分かった」
「足りない道具もあったら、言ってくれたら探すから」
「ああ」
「それでこれ、宝玉で作った呼符みたいな物。これで合流出来るから、持ってて」
「分かった」
「感謝して」
「別に……」
「別に?!」
「…………」
特には欲しくないし必要ないという態度だ。せっかく作ったのに、なんたる言い草。
しかし、これは持って行ってもらわないとリリアムの方が困る。
膨れながら渡す。
「財布とか胸ポケットに入れて、常に持っておいて」
「分かった」
次に見かけたら、ザックはネックレスをしていた。ペンダントトップはあの宝玉だ。器用に台座を付け、それを細い革紐で結んでネックレスにしているようだ。
「ちゃんと身につけてんじゃん。感心」
「明日、出発する」
旅支度と魔獣対策は終わったらしい。
一方、リリアムは何の用意もしていない。まあ適当に出掛けて、もし忘れ物があれば取りに戻ればいいや、くらいのいい加減さだ。
「じゃあ着いたら呼び出して。合流するから。先に、子爵家に挨拶しなきゃいけないから、子爵家の屋敷の前に着いたらで。あ、その前にそろそろ到着するって時間が分かったら精神感応で声かけて」
「分かった」
「急がなくていいからね、ゆっくり旅して」
「いや。早く魔獣と戦いたい」
「あー……お前はそういう奴だよなぁ」




