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1.


 王宮という不可侵の場に淫魔という魔物が入り込むのだから、今回の招集にはそれなりの理由がある。

 民には知らされず極秘にされていたが、第一王子であり王太子、そして勇者であるアルバルト殿下が生死不明の行方知れずとなっているのだ。

 邪竜セーレゴルを退治する旅に出て、その邪竜を発見した直後のことだった。


 勇者パーティの証言によると、アルバルトは仲間を助け邪竜と戦いながら洞窟の地下へ滑落していったという。

 アルバルトが死亡したのならば、邪竜はすぐにでも活動を開始するはずだ。しかし、邪竜の行方も用として知れない。

 ひょっとしたら、アルバルトは邪竜を封じ込めることに成功し、どこかで傷を癒しているのではないか。そう推測したのは勇者パーティの一員、賢者ハーラルトであった。


 国を挙げてアルバルトを捜索していた時に、魔女が使役している淫魔が彼を見つけたという。

 淫魔は夢を使う下級悪魔であり、他人の夢に侵入できるのだ。夢を繋いでアルバルトと話すことも出来たという。

 そんな馬鹿なと皆は半身半疑だった。


 しかし、魔女は淫魔に実演させた。勇者パーティであった賢者ハーラルト、聖女レティーナ、魔法騎士タルコリーを魔女が眠らせ、淫魔の力でアルバルトの夢へとつないだのだ。彼らは本当にアルバルトと会えたと証言した。

 夢の中でアルバルトは旅の途中での話、パーティ内でしか知らない話、各人が彼とだけ話した内容などを全て答えられたからだ。

 それでも疑う賢者に、魔女はフンと笑って言ったという。


『ペテンだと疑うならそれでもいい、ただこの間にもアルバルト殿下が無事に見つかる確率が下がっていってるだろうねえ』


 聖女と魔法騎士は陛下に進言すべきと決断し、賢者も渋々それに応じた。

 国王の決断は早かった。すぐに魔女と淫魔を呼び、自身もアルバルトと話をさせろと命じたのだ。

 王宮中が猛反対した。もし妙な術をかけられたらどうする、魔女など信用ならないと。

 だが、国王は譲らなかった。宣託の魔女は信用にたる人物であり、幾度となくこのフォルシオン王国を助けた魔女だと。

 こうして、魔女と淫魔は王宮へと呼びつけられたのである。




 謁見の間までの道中、淫魔のリリアムは既に帰りたかった。

 絶対に嫌な目にあうことが分かっているのに、何故行かなければならないのか。

 まあ、魔女イヴリンにそう命じられたからだが。


 前回、勇者パーティを夢でアルバルトの元に連れて行ってあげた時も散々だった。

 賢者とかいう、神経質そうな陰険眼鏡にボロクソ言われたのだ。

 信用ならない、悪しき存在、下等なる生物、いんちき術、などなど。

 今回も勇者パーティは謁見の間に来るらしいから、また同じことを言われるだろう。


 こっちがわざわざやって手助けしてあげているというのに、感謝もせず文句しか言わないとは人格を疑う。

 リリアムは前世、日本という豊かな国で人間として平和に暮らしていた記憶がある。そのせいで己が淫魔であるという実感が薄かった。

 ファンタジーな魔法のある世界に転生したのもつい最近なので、意識が追いついていない。

 この世界でイヴリン以外の人間とはあまり話をしたことがなかったので、悪しざまに罵られたことにびっくりしてしまった。


 そして、淫魔として生まれ変わっても、前世と同じでとっさのひとことが出ない性質であると思い知った。内面はそうそう変わらないらしい。

 いつも嫌なことを言われても、その時には何も言えず、後になってから思い出しムカつきをしていた。なんであんな風に言われなきゃいけないんだ、ああ言えば良かった、こう言い返せばよかった、と。


 思考に瞬発力がない口下手だからといって、大人しく従順という訳ではない。

 家族には内弁慶だったし、SNSではムカついたことを文字にして吐き出していた。

 だが、ここには家族もいないしSNSもない。


 イヴリンに賢者の文句を言おうとしたら、だったら本人に言うなり魔女らしく呪うなりしろと、ぴしゃりとやりこめられてしまった。

 多分、このまま黙っていると人権はない。淫魔だから人権とは言わないかもしれないが、とにかく、目の前で悪口を言われても黙って働く存在と侮られるのだろう。


 イヴリンは人を威圧する雰囲気をまとっているからか、怪しい魔女なのに何も言われなかった。あの陰険眼鏡が悪く言うのはリリアムだけ。完全に舐められている。


 火の粉は自分で振り払わねばならない。

 今日は、何か言われたら言い返してやろう。

 その為に、一応用意もしてきた。

 とっさのひとことが出て、文句を言い返せるまじないだ。


 まじないとは言っても、イヴリンに習ったちゃんとした魔術である。

 感情を落ち着かせ、高ぶりを表に出さないまじない。それと、思考をクリアにし弁舌を振るいやすくるまじない。


 これがあれば、きっと言いたいことを落ち着いて言えるはず。何か言おうとしたらすぐに声が震え、注目を浴びたら緊張で死にそうになる前世の自分とは違う、はずだ。

 大体、今は人間ではないのだ。人という種族の枠組みを超えた、魔に連なる妖なのだ。人間など恐れるに足らぬ、と己に言い聞かせる。


 王宮内は静謐な雰囲気で、おそらく攻撃魔法は使えない。そのようなことをイヴリンが言っていた。ただ、自分にかけるまじないや防御結界の為の魔法は使えるらしい。

 でも、出来ることなら誰にも何も言われず、さっと夢だけ繋いですぐ帰りたい。

 ため息を吐きそうになりながら足元を見ていたので、背後にいた騎士が突然隣に移動して話しかけたのに飛び上がりそうになった。


「ねえねえ、君、なんて名前なの?」

「…………」

「俺はフェルノー。フェルって呼んで。ここで上級魔法騎士やってるんだ~」

「………………」

「淫魔ちゃんなんだよね? 俺と遊ばない?」

「……………………」

「君のこと、もっと知りたいな~」


 そう言って、フェルノーと名乗った騎士はなんと、リリアムの手を取って顔を覗き込んだ。

 もう驚愕だった。

 淫魔に触れるなど、正気の沙汰ではない。

 淫魔は人の精気をすすりそれを糧として生きる生物なのだ。もしこのままめちゃくちゃ精気を吸われたらどうするつもりなんだ。流石に騎士は素手ではなく手袋をしているが、それにしたって不用心すぎる。


 リリアムは顔が割れるのが嫌なので仮面を付けているが、仮面には透過のまじないをしているので景色は普通に見えている。

 ちょっとタレ目でオレンジ色の髪の、いかにもタラシといった風体のフェルノーをまともに見てしまい、男に免疫のないリリアムは飛び上がりそうだった。

 もし感情抑制のまじないがなかったら「ぎゃっ!」と叫んでいたかもしれない。


 リリアムは無言のまま彼の手を振り払い、転移で魔女を挟んで反対側へとシュッと移動した。

 前世ではナンパかキャッチセールスか分からないが、足早に去っても付きまとわれて恐怖を感じたことがあった。

 男は何の気なしに付いてきたのかもしれないが、非力な女の身には恐怖でしかない。


 その点、魔法が使えるのはいい。逃げられるし、反撃だって出来る。

 しかし、淫魔になってまで何故こんな目に合わなければいけないのか。


「あれっ、照れちゃった? 可愛い~」

「………………」


 いいや、ムカついている。

 リリアムは黙ったまま、そう思った。

 ここではキャッチセールスならぬ、情報目当てか何かで声をかけてきたのだと思う。そんなナンパに誰がホイホイ乗るというのだ。

 イヴリンが小さく呟く。


「全く、困った子だねえ。淫魔なのに男嫌いだなんて」

「………………」


 別に男嫌いという訳ではない。

 ただ、全体的に人間不信気味なだけだ。


「魔女殿、なんとお美しい。是非私に貴女の美貌を褒め称える機会を頂きたい」


 フェルノーは今度はイヴリンを口説き始めたようだ。

 女なら誰でもいいというタラシのようだ。騎士のくせに恥ずかしくないのだろうか。それとも、そう思わせて油断させているのか。


 しかし思い返せば、ここに来るまでの兵士たちも気に食わなかった。

 淫魔という存在を見下しながら、期待交じりの視線を送っていると感じた。性的に搾取されたらどうしよう、でも望まれるなら相手してやってもいい、そんな欲望が駄々洩れだった。


 前世でも、男はこうやって女を見下しながら性的期待を持って偉そうに声をかけていた。

 そして、女が断ると

『うるせえブス!』

 などと悪態をつくのだ。断られた瞬間に美醜の基準が変わるのだろうか。それなら最初から声をかけるな、と言いたい。


 前世の経験から、他人の容姿をジャッジし、仲間内で大声で話をしたり差別してくる男は大嫌いだった。

 いや、男とか言うと主語がデカい。そうでない人もいる。


 前世ではコンプライアンスにうるさい世代を生きていたので、心の中でも訂正しておく。

 とにかく、リリアムは失礼な人間は嫌いだし、馴れ馴れしいのもうるさいのも苦手で、一人で過ごすことを楽しめるタイプだった。

 全くモテずに異性との交際経験はゼロだったが、様々なコンテンツを消費し楽しく忙しく暮らしていたので特に困ったことはなかった。


 それが、人の精気をすする生き物になってしまうとは。

 またため息を吐きそうになっていると、先導の騎士の足が止まった。


「ここだ」


 武器を持った兵士が扉の前で警護している。どうやら、この中が本日の会場らしい。


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