1.
「えーっと、名前、アイザックだっけ」
突然現れた黒騎士を、リリアムは仕方なく家に招き入れた。
仕事ならある。倒して欲しい敵がいる。自分の仕事を代わりにやってほしい。だが、その前に色々聞いておきたいこともあった。
普段は滅多に使わないダイニングテーブルに、備え付けであった食器のカップに水を注いで出してやる。黒騎士は喉が渇いていたらしく、飲み干した。
そして質問に答えた。
「その名と姓は捨てた。ただのザックと呼べ」
「あ、そうだったんだ。隷属させる時にデカい声でフルネーム呼んじゃったけど」
「構わない」
「じゃあザック。どうしてこの家が分かった? 見つけられないようにまじないや幻をいくつもかけてるんだけど」
「…………」
答えない。
悪ぶる様子もなく、静かにリリアムを見返している。
言いたくないことは返事をしない、というスタンスのようだ。
その泰然とした構えに、リリアムは感心し羨ましくなった。
自分だったら質問されたら反応してしまうし、嘘をつけない。言いたくないことを聞かれても、もごもごと口を動かしたり不自然に突っぱねたりして軋轢を生んでしまう。
一体この男の落ち着き払った様子は何なのだ。どうすればこんな風に振る舞えるのか。
羨望を抱きながら、話を続ける。
「もう隷属のまじないは、既に解けている筈だけど」
「そんなことは関係ない。お前は俺が戦う相手を用意すると言った。俺が自分の為だけに力を思うまま振るえる場を与えると。それを果たしてもらう」
魂を縛られたり隷属させられるというのは、人にとって本能的に拒否すべきことの筈だ。それなのに、そんなことは関係ないときた。
この男、狂犬なのか器が大きいのか。
ザックのことを図りかね、わざと意地の悪いことを言う。
「ふーん。その契約はもう終わったから、これからは無効って言ったらどうする?」
「ならば、お前が俺の敵になれ」
スパっと腕を切り落とされたことを思い出してゾっとする。いくら淫魔でも切り刻まれたら死ぬだろう。ザックはリリアムを殺す力を持っている。
やはり、彼には働いてもらおう。
ただ命じて働かすのではなく、ザックには事情を知った上で考えながら働いてもらうのがいいだろう。
魔女や王妃のような、狡猾な相手と渡り合うにはリリアムはまるで無力だ。だから、この落ち着いた様子の騎士が上手いことやってくれないかなーと希望を抱いたわけだ。
「倒すべき相手はいる。訳アリの仕事も望めばある。ただ、その前にこちらの事情を説明しておく」
「ああ」
「私は、魔女にいいように使われている。報酬もなし! この家も魔女からの借家。言いつけを無視しようとしたら、心臓を握り潰されそうになるし! とにかく、魔女の支配からは逃れられないし仕事も魔女からの依頼になる。ただ働きで」
「……つまり、魔女を殺せと?」
「いやちょっと待って! 今のでそう聞こえた?! ダメだよ! 離れてても心臓潰されるから!」
慌てて止めると、ザックは無表情に応じる。
「魔女を敵とはしないのか」
「ダメだって、二人とも殺されるから。今のはただの愚痴だから。女はとにかく愚痴って心を楽にしようとするから、聞いてくれるだけでそれでいいから」
「結論を」
無駄話には応じず、速やかに会話を終わらせろということか。
リリアムは少し考えてから口を開いた。
「つまり、私にはザックを養ったり雇う金はない」
「ふむ……」
「お前にもただ働きを強いることになる。だから、フリーランス……つまり自由業として普段は好きに冒険なり仕事をして、こちらが声をかけた時に都合が合えば働いてもらうということでどうだろう」
ずっと仕事を紹介出来るとは思えないし、イヴリンからの仕事も隙あらば断わりたい。だから、この提案をしてみたのだ。
「……今、倒すべき相手とは?」
「魔獣退治」
「珍しいな」
「そうなの? 大量発生してるらしいよ。ヴェルバッハの森だって」
「それなら、倒した魔獣の宝玉を半分貰う。半分はお前に渡そう」
「え! 倒してくれるし宝玉も半分くれるの?」
「ああ」
なんと、気前のいい。リリアムにとったら願ったり叶ったりだ。
労働せずともモノが貰えるのだ。この条件で魔獣退治を依頼することにしよう。
「じゃあそれで。そういえば、ここに来たってことはルドガー襲撃の一件の依頼主の大元にたどり着いたの?」
「ああ」
「誰だった? 国のエライ人とか?」
リリアムはザックが雇われたのは北の隣国イスブルク王国だと思っているので、その王国の誰かを暗殺して亡命してきたのかと思ったのだ。
しかし、ザックは予想外のことを言った。
「ああ。名前は知らんが、この国の神殿まで忍び込んで殺った」
「この国って……この国?! 神殿!」
「そうだ」
さっきイヴリンが言っていた。神官長とあの光魔法ぶっぱの付き人が突然死したと。
それは、この男が暗殺したからだったのだ。
「ええ~……」
ということは、あのルドガー暗殺未遂の一隊は神殿が雇ったということになる。
これは、報告すべきだろうか。
でも、イヴリンとは話をしたくない。それに、こうやって報告したり国に関わり合ったら自分もイヴリンと同じような存在となってしまう。
もういいや。黙っておこう。
リリアムは事実を伏せておくことにした。神官長暗殺犯とつるんでいることは、誰にもバレたくない。
リリアムが顔色を悪くして黙り込んでいるうちに、ザックは立ち上がって言った。
「魔獣相手なら、少し用意が要る。しばらく世話になる」
そして勝手にダイニングを出ていく。自分の部屋を作る気なのだろう。
この暗殺犯と、同居?
無理でしょ! ヤバいって!
リリアムも立ち上がって、どうにか追い出せないかと言った。
「部屋はある、けど。お前、正気なの? 淫魔と一緒に住んで命やら精気やら吸い取られるかもって思わない?」
「…………」
すると、ザックは振り向きながら一閃、剣を振るった。気付けば、リリアムは首元にぴたりと剣を当てられていた。
いつの間に鞘から剣を抜いたのか、全く分からなった。彼がそのまま腕を振りぬいていたら、リリアムの首はスパっと刎ねられていただろう。
自分の命が、知らない間に奪われそうになっていたと分かった瞬間、リリアムの足はがくがく震えた。
恐怖のあまり立っていられず、床にぺたんと座ってしまう。涙が勝手に滲んできた。
己を無表情に見下ろす黒騎士に涙目で言う。
「お前、嫌い~」
「……?」
「いやなんでそんな不思議そうにしてるの。脅すことないでしょ!」
「違う。淫魔がおかしなことをしかけても、それを跳ねのける腕があると示しただけだ」
「自分の首をいつでも刎ねられる人間を同居させる訳ないでしょ! 出て行って! 仕事は現地集合現地解散で」
すると、ザックは神妙に謝罪した。
「悪かった。脅すつもりはなかった。詫びに、いいことを教えてやろう」
「いいこと?」
「悪魔は魔族の心臓、つまり核を分散して体中に隠すことが出来ると聞いた。魔女に心臓を掴まれてもいいように、核を分けて人間の心臓とは別の所に配置するといい」
「……それが、いいこと?」
「あまり知られていない、とっておきの情報だろう」
「………………」
この男は人の常識とは離れたところで生きている。そして天然だあとリリアムは思った。




