8.
しばらく自分だけの巣でごろごろしていたリリアムだが、数日後にイヴリンに呼び出された。召喚状が届いたのだ。魔女の家に仕方なく出向く。服は部屋着よりはいい古着のワンピースにしておいた。一応、お出かけ用だ。あの刺激の強すぎるシースルーキャミワンピは衣装棚に入れっぱなしにしている。
顔を見るなり、イヴリンはお怒りの様子だった。
「あんた、私に報告することはないのかい」
面倒くさくて、帰ってきても何の一報も入れていなかった。
しかし悪びれることなく肩をすくめた。
「なんか結局、男の執念と修羅場見せられて終わりだったし。なんであんなのに私が巻き込まれなきゃいけないの。めっちゃ苦労したし不愉快な目にあわされて、最後は陰険眼鏡が勇者に縋っておいおい泣いてんだよ」
「そういうことじゃない。物事の流れをだねえ」
「もう調べて知ってんじゃないの」
「すっかり反抗的になったねえ、リリィ」
「意に沿わないただ働きを繰り返しさせるからでしょ」
何かもっと達成感が得られ、満足できる仕事だったらやる気も起こる。
結局何も残らず、嫌な目にあっただけで利益もない。これでは不貞腐れるというものだ。
イヴリンはリリィの態度には構わず語ることにした。
「ルドガーは無事に凱旋したよ。勇者パーティも倒せなかった邪竜セーレゴルを倒したってことで、十分な実績になった。間もなく立太子されるだろう」
「ふーん。あの小うるさいひねくれものが次の王様ねえ」
「流石に、ここまで成果を出されちゃ第三王子派の王妃も神殿も反対は出来なかった」
「王妃にめっちゃ悪意あるよね、魔女殿は。なんか恨みでもあんの?」
しかし、イヴリンはそれには答えず別の話題を持ち出す。
「神殿といえば、今まで最大勢力だった神官長とその補佐官ギスヴィンが死んだらしい」
「えっ! こわ……絶対まともな死に方じゃないでしょ」
リリアムの感想に、イヴリンは頷く。
「ああ。でも神殿ではそういうことがよく起こる。ぴんぴんしていた幹部の一族が揃って突然死するなんてことがね」
「血で血を洗う勢力争い、してるんだろうねぇ」
「まさに今、そうだね。だから神殿内の意見もまとめられず、その間にルドガーの立太子は間違いなく出来るだろう」
「ふーん……」
王宮と神殿でも血みどろの権力闘争をし、その中でも細かく覇権を争っているのだ。
絶対王宮とか神殿には関わりたくない。
あいつもよく頑張るなあ、とルドガーの顔を思い浮かべたが、まあ会いたくはない。イヴリン依頼の仕事を拒否したら、もう会うこともないだろう。
「クラレッドは進退伺いを出して自宅待機中だ。悪魔と命の取引をしたから、という理由だよ」
「うわ~」
真面目か。
真面目なんだろうな……。
しかし、そんなお伺いたてられても、今すぐ命が欲しいわけじゃないし、かといって別にいいよって約束を無しにするのも舐められる。
イヴリンが試すような表情で尋ねる。
「どうするんだい」
「……悪魔が人間の命を奪うのは、人生の絶頂期と相場が決まってる」
「ほお。なら、これまでと変わらず騎士勤めをさせるんだね」
「そうしたいならね。私は何も強制しない。ただ、一番幸せな時に魂を抜くだけ」
「ま、そういうことならそう伝えておこう」
「…………」
やはり、イヴリンは王宮に出入りして、干渉しまくっているようだ。
何が楽しくて、国の為に手間暇かけて助力しているのだろう。以前同行した感じでは、魔女だから歓迎されている訳ではなく、畏怖され蔑まれながらも性的に見られていたのに。
リリアムは、自分なら絶対嫌だと思う環境で、魔女が好んで手を貸していることに強い拒否反応を示した。
するなら自分だけでしてほしい。人を巻き込まないでほしい。
リリアムが内心反発していても、魔女は構わず話を進める。
「ハーラルトは自ら蟄居を申し出た。魔法騎士タルコリーを監禁し、アルバルトの元に単独で出向き、ルドガーに対峙したからだ。でも、タルコリーもルドガーも、不問にすると申し出ている」
「あの賢者、マジでヤバすぎ。ヤンデレ通り越してクレイジーサイコじゃん」
「お前が何を言っているかは分からないが、謗る言葉とは理解できる。人には抑えきれないほどの思いというものがあるんだよ」
「ふーん。滑稽だったら笑えるんだけど、あれはちょっと引いたわあ」
イヴリンは怒りに目を光らせて言う。
「人の思いを馬鹿にするんじゃない」
「それ私に言う? 悪魔だよ? 悪魔なんて人の思いを娯楽にして消費するに決まってんじゃん」
反抗的で生意気なリリアムに、イブリンは鼻で笑って言った。
「なら、悪魔として生きる覚悟が出来たんだね。次のお前の仕事は、魔獣退治だ」
「えぇー。魔獣ぅ?」
「そうだ。ヴェルバッハの森に大量に発生している魔獣を倒してくるんだ」
「イヴリンがやれば?」
「私には、他にやらなければならないことがある」
その答えに、リリアムはニヤリとする。今が知っていることを突き付ける時だと思ったのだ。
「ねえ。イヴリンって初代国王アダムがリョーって名乗ってた時に同じパーティだったイヴと同一人物なの」
「……! どこでその名を」
「たまたま聞いたんだけど。えっ、マジ? 国が出来た時から生きてる? 何年生きてんの」
「人の年齢を軽々しく聞くんじゃないよ」
じろじろ見るが、どう見てもあだっぽい美女だ。とても400年も生きているようには思えない。
「今も国の為に働いてるのって、建国からずっとってこと?」
「うるさいねえ。だったらどうだって言うんだい」
それは肯定ということだ。
以前、リリアムがこの国はいずれ滅びる、という旨の発言をした時にイヴリンの瞳に怒りがこもったことがあった。
国を倒さない為に、命ある限り永遠に支え続けるつもりなのだ。
その執念、妄執はハーラルトと同じ匂いがした。
リリアムはドン引きした。
「マジやば。モンペじゃん」
「なんだって」
「過干渉の毒親ってこと」
「……!」
意味は分からないかもしれないが、悪いニュアンスはくみ取れたのだろう。イヴリンの顔にまた怒りが見えた。
リリアムは構わず続けた。
「子供が育って大きくなっても永遠に指示出し続ける親と一緒じゃん。そんなのロクな子に育たないって。なんでもママが助けてあげますねーって手出し続けてたら、何にも出来ないダメ人間に育つって」
「黙れ。何も知らないくせに口を出すんじゃない」
「自分がやってあげないと、国が倒れちゃうーって? それ永遠に続けるの? 自分の趣味とか時間がないから過干渉になるんじゃん。もっと好きなことしたら……っ、ぐぅっ……!」
リリアムの心臓、魔族の核に当たる部分がぎゅうっと締め付けられた。
見れば、イヴリンが手をこちらに差し出して拳を握りしめている。
何らかの魔術で、悪魔の核を掴んでいるのだろう。
息が出来ない。核が止まる。マジで死ぬ。
胸を掴んで首を垂れるリリアムを、イブリンは憎悪に燃える目で見降ろした。
「お前みたいな下級悪魔、いつでも殺せるんだ。生意気な口を閉じて、さっさとヴェルバッハ子爵領に行くんだね。子爵の屋敷に泊まれるよう話は付けといてやる」
そう言って玄関から叩きだされた。
文字通り、魔法の力で玄関前に放り出されたのだ。
「その子爵領がどこにあるか、知らないんだけど」
倒れているリリアムの頭上に、本がバサーッと落ちてきた。
「痛っ……」
そこに地図と国の貴族名鑑だった。載ってあるから調べて行けということだろう。
魔女の逆鱗に触れた淫魔は、それでも反省せずぶつぶつ文句を言いながら帰宅した。
「そこまで怒ることなくない? 図星つかれたからって。なん百年も国の為に動くとか絶対おかしいって」
帰宅したら、とりあえずソファに寝転ぶ。
まあ、魔獣退治も期限がいつまでとは言われなかったし、せっつかれてから渋々動けばいいだろう。
当然、課題は締め切り直前にやっと手を付けるタイプだった。明日出来ることは今日やらないがモットーなのだ。
その時、玄関の扉がドンドンと叩かれた。
この家に来られるのは、イヴリンしか居ない。
えっ、まだ怒り足りなくて文句言いに追いかけてきた? それとも、魔獣退治の期限を伝えに来た?
やだなあ、居留守使おうかな。
しかし、扉はドンドンと叩かれ続けている。
居留守など使ったら、更にキレられてまた核を痛めつけられるかもしれない。
リリアムは渋々起き上がって玄関を開けた。
「もー、何ぃ? そこまでキレなくても……っ、て、えーっ! お前っ!」
リリアムは後ずさって目の前に立つ高身長の人物を見上げた。
それはイヴリンではなかった。
先日リリアムが隷属させた黒騎士、アイザック・ホルツナーが玄関に立っていた。
切れ長で涼やかな瞳をリリアムに向けた黒づくめの騎士は、こう言い放ったのだ。
「次の敵を用意しろ。俺が存分に力を振るって戦える相手を」




