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7.


「そういう訳で、おそらく勇者は意識を保つのが精一杯でそろそろ邪竜を抑え込むのも限界と思っている。お前は邪竜を倒せるの? 勇者パーティも倒せなかった邪竜を」


 リリアムの問いかけに、ルドガーは目を光らせた。


「倒す。どうあっても倒さなければならない。それが、俺の為すことだ」

「為すことだ、って言ったって出来る出来ないは別だからね。もし死にかけたら有無を言わさず王宮に戻すから」

「……倒してみせる。行くぞ」

「えっ、皆を待たないの? 外の戦いの様子、見て来ようか?」


 まさか二人で邪竜に突撃するとは思っていなくて、リリアムは驚いた。

 しかし、ルドガーは馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「兄上がどうなっているのか分からないなら、余計に皆の目に晒すことは出来ない」


 それもそうか。

 ルドガーをここに引っ張ってきたのも、王妃に内密と釘を刺された話をする為だった。流石に、国の勇者であり第一王子がおかしくなってしまったのは軽々しく言えないし見せられないと、淫魔でも分かる。

 では行くか、と立ち上がろうとしてリリアムは目が眩むことに気付いた。


「あれ……」

「どうした」


 体が重い。魔力が枯渇しかかっている。

 人を服従させることにだいぶ魔力が必要だったし、腕を取り付ける為に大がかりな回復呪文を使ってしまった。

 淫魔の魔力はイコール生命力であり、それは精気を取り入れることで回復する。

 それは生き物や草木から吸い取れるのだが、ここは岩肌のごつごつした洞窟内。草木も生き物もない。


 目の前の第二王子以外は。

 こいつに頭を下げて精気を貰うのは嫌だ、と反射的に思う。

 だったら、ごく当然のように言ってさっと吸い取ってしまおう。なんでもないような口調でリリアムは宣言した。


「邪竜と戦う前に、魔力の補充をする。お前の精気を差し出せ」


 ルドガーは驚いたり引いたりはしなかった。

 ただ、目を細めこちらを見下すように言った。


「ふん、人の精をすする化け物め」

「その化け物に何度も助けられているんでしょ」

「好きにしろ。俺は脱がんぞ。脱がしたければお前自身でするんだな」


 意味が分からなくて怪訝な顔をしてしまう。


「服なんか脱がなくていいんだけど」

「好きにしろと言っただろ。やり方は任せる」


 その時に、やっとルドガーが言わんとすることに気付いてアッとなった。


「えっ、服なんか脱がなくていいんだけど!」

「それはさっき聞いた」

「……手を出して」


 右の手のひらを出してもらう。

 リリアムは左の手のひらを触れないように近づける。

 人に触れて直接精を吸い取ったことはなかった。

 たくさん吸ったら人の生命エネルギーが枯渇することもあると聞いている。だから不特定多数から少しずつ頂いていた。今回もルドガーに触れはしないが、考えてみれば、特定の個人から頂くのは初めてだ。


 ルドガーが目を逸らさずじっとこちらを見るから、少しやりにくい。

 けど、慎重に精気を貰っていく。

 ルドガーは魔法量が豊富で、かつ闇魔法が得意なようだから淫魔と相性は良い。

 十分に精気を貰え、魔法力も復活した。

 リリアムは手を降ろして言った。


「終わった。体に不調はないと思うけど、気分が悪いとかはない?」

「何ら変調はないが。これで精気とやらを吸ったのか?」

「そう」

「美味いのか?」


 味のことなど考えたこともなかった。吸いやすい、吸収しやすいなどはあるが、そんな観点で人の精気を見たことはなかった。

 元々、前世でも食に興味は薄かった。食べるのが面倒でバランス栄養食やエネルギー飲料で食事を済ませたりするタイプだった。そんなことを思い出しながら答える。


「味は特に。ただの魔力補給だから、作業って感じ」

「…………」

「じゃあ行こうか」


 立ち上がって、洞窟の奥に向かう。

 何故か、ルドガーの機嫌が悪いようでブスッと黙っている。不機嫌オーラが出ているように見えるが、何だろう。緊張のせいだろうか。イライラしているようにも見える。


「……どうかした?」


 まさかビビッて逃げたくなってるとかじゃないだろうな。一応質問すると、ルドガーは底意地の悪そうな顔でフンと笑った。


「人の精をすすらないと生きられんとは、哀れなもんだな」

「はあ? 人間こそ、欲に振り回されてあがいて、哀れだと思うけど」

「なんだと……!」

「お前を見てたら可哀想に思うよ」

「魔物に同情される覚えはない!」

「ちょ、声デカいって」


 ルドガーが怒りのあまり大きな声を出して、洞窟内に反響しまくっている。


「……生意気な口ばかりきいて、許せん」

「それくらいでそんなに怒って。みんなにへりくだられてそれが当然だと、いい気になってるんじゃないの」

「その身分があるからな」

「そういうの、裸の王様って言うんだよ」

「裸ではない」

「そういう例え! 比喩! 分かるでしょ!」

「うるさい。声が大きい」


 こ、コイツ! ここで置いて行ってもう帰ってもいいんだぞ?

 実際にそんなことしたらなんか色々大変なことになるから我慢していることを分かっているのか。

 誰もがお前の言うことを聞くと思うなよ!


 次なる悪口をどう伝えようかと考えている時に、リリアムの耳は足音をとらえた。

 背後から追いかけてくる人のものではない。

 前から歩いてくる人物がいる。魔力量豊富な、魔術師だとリリアムは感じ取った。

 すぐに腕を伸ばしてルドガーを制止し、小声で囁く。


「前から、魔術師が来る……!」


 ルドガーも腰の剣に手をやって身構える。

 一人と一匹は、現れたその人物を見て驚いた。


「お前は……ハーラルト!」


 勇者パーティの、陰険な賢者だった。

 確か、行方不明になっていた筈だが、ここに来ていたとは。勇者が求める破竜の剣を持たずに出奔したから、逃げ出したと見られていたのに。

 ハーラルトはルドガーの腰にある剣を見て目を細める。油断ならない、嫌な目つきだった。


「ルドガー殿下。すぐに引き返してください。これ以上進むなら、御身を傷つけなくてはいけない」

「……兄上の現状は」

「アルベルトは、私が救う。研究の成果がもう少しで、出る筈なんだ。時間はかかるかもしれない、けど必ず」


 勇者の話が出たら、ハーラルトの表情は一変した。

 狂気。

 熱に浮かされたようなその感情を、リリアムは狂気と見た。口を挟んで尋ねる。


「もう死んでるか、意識は無いんじゃないの」

「いいや、生きてる。アルベルトは死んでなんかいない。絶対に、私が助ける」


 その時、更に奥からズシン、ズシンと重い足音が聞こえてきた。

 まさか、と思うが足音は止まらず近づいてくる。

 ハーラルトが慌てたように振り返って声をかけた。


「アルベルト、来てはいけません。隠れていてください」


 明らかに人間の質量ではない足音に対して、ハーラルトはそう呼びかけた。

 そして竜が登場した。決して大型ではないが、象よりはデカい。四足歩行で、背中に羽が生えている。皮膚はものすごく硬そうだ。


 これが、邪竜。

 リリアムとルドガーは、絶望の視線を邪竜に送った。

 竜の頭部には、人間が埋まっていた。

 無理やりに邪竜を抑え込もうとしたら、人は取り込まれてしまうらしい。

 勇者アルバルトは、胸元まで邪竜に取り込まれ、竜と一体化していた。


 邪竜の意識の決定権は、アルバルトにあるらしい。だから、人間を見ても襲いもせず大人しく歩いてくるのだ。

 しかし、アルバルトの意識は無い。

 いや虚ろな声がしている。


「早く、破竜の剣を、カイベルク山脈の洞窟まで。早く。破竜の剣を、カイベルク山脈の洞窟まで」

「アルベルト、貴方を絶対に助けますから。だから、奥で休んでいてください」

「こうまでなった兄さまは、助かるのか……?」


 呆然とルドガーが呟く。


「助けます! 絶対に! 邪竜とアルバルトを切り離す! 研究の成果は出ているんだ!」

「無理だね。魂まで融合してる。体を分けたところで、勇者の魂は戻らない」

「そ、そんな筈は! 嘘をつくな下劣な淫魔めっ!」


 ハーラルトが罵ってくる。しかし、本当は彼にも分かっているだろう。リリアムは冷静に続けた。


「時間が経つほどに、勇者は完全に取り込まれ邪竜の意識が戻る。今は勇者が必死で抑え込んでいるんだ。今、破竜の剣で無防備な竜を倒してしまわないと、二度と倒す機会はない」

「ダメだ! やめろ! アルバルトを殺すなんて、絶対に許さない!」


 ハーラルトが竜の前に立ちはだかって庇っている。

 アルバルトは虚ろな瞳で同じ言葉を繰り返しているだけだ。もう生きてはいない。

 でも、魂の一部は残っている。


「……じゃあ、本人に聞こう」

「本人に……? は、話せるのか、アルバルトと!」


 ハーラルトの瞳が希望で輝いた。

 リリアムは頷いた。


「勿論。勇者の魂と、お前の魂を繋いでやろう」

「やってくれ!」


 やはりハーラルトは常軌を逸している。悪魔の誘いにあっさり乗るのだから。


「代償は高くつくよ」

「アルバルトともう一度会えるなら、何でも支払う。命でも肉体でも、何でもだ」


 ちょっと引きながらも、リリアムはこっそりルドガーに囁いた。


「破竜の剣をいつでも振れるように、用意しといて。合図する」

「分かった」


 自ら望んだ魂は、簡単に連れ出せる。


「行くよ!」


 ハーラルトの魂を連れて、リリアムはアルバルトの元へとダイブした。

 とは言っても、ほとんどが邪竜の魂と混じり合っていて、彼の意識だけという部分がなかなか見つからない。

 それでも、ほんの少しの暖かな人の魂の欠片を見つけてそこに行く。


「……もう、これだけしか魂が残っていない」


 微かに光る欠片では、話すことも出来ないようだ。


「そんな! アルバルトは確かに、話しているのに」

「あれはただの残滓。意識はないけど、邪竜を倒すことだけを願っている記憶だよ」

「いやだ。アルバルト、アルバルト。君と話をしたい」


 ハーラルトが魂の欠片を手のひらに乗せ、涙を流している。

 リリアムはこれからどうしようかと悩んでいた。

 アルバルトと話を出来たら、悪魔との取り引き成立ということでハーラルトを無力化して邪竜を倒そうと思っていた。


 だが、このまま成果が出ないとヤンデレなハーラルトはルドガーに抵抗し自爆テロでも起こすかもしれない。

 この男の勇者に対する執着は常軌を逸したところにある。

 マジでヤバヤバで怖い。近づきたくない。


 そう考えていたのだが、こういう激ヤバ案件の方が奇跡を引き起こすのだ。

 ハーラルトの涙が、魂の欠片にかかる。

 すると、魂の輝きが増したのだ。


「あっ! なんか伝えようとしてる!」

「あ、アルバルト!」

「頼む、具現化してー!」


 思い切り魔力を込めて、アルバルトの魂の欠片を現世の姿にしようとする。

 はたして、奇跡は叶った。


「アルバルト……」


 ハーラルトの呼びかけに、勇者は苦笑いして返した。


「お前は本当に、しつこいな」

「貴方を絶対に救いたいんです。貴方も、言ってくれましたよね。私たちを邪竜から助ける時に。助けを待っているって。だから……」

「ハーラルト、すまない。俺はもう、ダメだ。お前を待てなかった。せめて、俺の敵を討ってくれ」

「アルバルト……」


 ハーラルトは泣きぬれている。

 リリアムは焦れて言った。


「外で、ルドガーが破竜の剣を持って待機してる。それで倒せる?」

「ああ。ルドガーなら出来る」

「アルバルト、私も貴方と共に」


 やはりハーラルトは狂信者だ。心中希望らしい。

 リリアムは、もう本人が望むならそうさせてあげたら? と思ったがアルバルトは至極全うな人物だった。


「ダメだ。お前は生きろ」

「アルバルト……」

「生きて、俺の分まで国と民の為に、尽くしてほしい」


 それもかなり、酷い願いだと思うが。

 勇者は自分を好いている男の人生を、理想の為に投げ出せと命じたのだから。

 ハーラルトは涙交じりの顔で泣き笑いの表情を作った。


「アルバルトは、変わらないな」

「もう行け。後は頼んだぞ」

「最後まで、僕のことは何一つ考えてくれない、酷い男だ。でもあの時、僕を庇って助けてくれた。それが、嬉しかったんだ……」


 あの時、というのはおそらく邪竜セーレゴルと勇者パーティが戦った時だろう。

 まあ、人間というのは勝手に愛憎の念を持ち、欲に振り回され、修羅場を演じるものだ。

 滑稽にも哀れにも思うが、今は邪竜を倒すことが先決だろう。


 リリアムは腑抜けになったハーラルトを引っ掴んで邪竜の外に出る。

 そして、律儀に言うことを聞いて破竜の剣を構えていたルドガーに指示した。


「ルドガー! 剣を!」

「今こそ真の力を振るえ、破竜の剣……!」


 ルドガーの魔力に呼応して、破竜の剣が邪竜セーレゴルを切り裂く。

 動かない的だと、対竜兵器は物凄い威力を出した。

 そのエネルギー波は、アルバルトの肉体ごと邪竜を消し飛ばした。竜の骨と残骸の一部は残っている。骨の真ん中には、宝玉と呼ばれる竜の秘宝も輝いている。けれど、アルバルトが生きていた証は何も残らなかった。

 ただ、地面に伏して泣きぬれるハーラルトの嗚咽だけが響いていた。


「はー、じゃあ帰るわ。お疲れ」


 リリアムは誰にともなくそう言うと、返事も待たずに消えた。

 洞窟の外に空間転移で出て、そこから移動魔法で家に帰る。

 やっと帰って一息つける。やれやれだぜ。


 男同士の修羅場のせいで、事態がややこしくなっていっぱい迷惑かけられたし不愉快な目にたくさんあった。

 もう二度と呼ばないでほしい。


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