6.
「何をするつもりだ」
「悪魔の力を試してみる。ナイフか何か、短い刃物ある?」
「……これを貸してやろう」
ルドガーが腰に差していたいた短剣を渡した。柄の所にめちゃくちゃデカい宝石が埋め込んであるし、凝った紋様が彫り込まれている。どう見ても超高級品だ。
「こんないい物じゃなくても、普通に斬れるなら何でもいいんだけど」
「王家に代々伝わる一品だ。後でちゃんと返せ」
「はあい……じゃ、やってみる」
「大丈夫なんだろうな」
短剣を心配しているのか。まさか淫魔の身を心配はしないだろう。
「もし失敗しても、お前には痛くも痒くもない」
狙いは黒騎士だ。
クラレッドと騎士たちが交戦しているが、黒騎士優勢だ。普通の騎士たちは全く相手にならないし、クラレッドも押されている。
ここにブルケが合流したらたちまちこっちは劣勢になって、総崩れとなるだろう。
クラレッドと黒騎士が撃ちあった瞬間を狙い、黒騎士の背後に空間転移する。
ドンピシャで真後ろに出現した。
今ここだ!
そのタイミングで借りた短剣を振りかぶる。
次の瞬間、黒騎士は見えてない筈の背後に刀を振るい、リリアムの肘から下はスパっと切断されていた。
いったい!
焼け付く痛みと同時に、刀を握ったままの右手がドサッと地面に落ちる。淫魔の青い血が飛び散った。なるほど、人と違って血の色も違うのだ。
しかし、痛がっている暇も感心している場合でもない。
それに、この状況をある程度は想定していた。
すぐに魔法力を練りこむ。己が流した血液に。
そしてその血液の行き先は、黒騎士の瞳だ。マスクをしていても、目は露出している。その琥珀色の瞳に青い血液をびしゃっと浴びせる。
黒騎士はすぐさま後ろに飛びのき、目を水魔法で洗おうとしている。
でも、もう遅い。粘膜から彼の体に、淫魔の血は入り込んだのだ。
リリアムはクラレッドに声をかけた。
「ちょっと体が無防備になるから、しばらく守ってて」
そのまま返事を聞かずに、黒騎士の意識へとダイブする。
意識に忍び込むくらいだと血液を浴びせる必要はないが、今回は動きを止め、拘束して操りたい。
『黒騎士よ、お前の望みを言え』
悪魔の取引を開始するのだ。
しかし、彼の答えは簡潔だった。
『望みなど、ない』
『では何故戦場に立つ? 金が欲しいか。それとも名誉? 大切な人を、人質に取られたり?』
『そのどれでもない』
では考えられることは一つ。
『己が力を振るい、強敵と戦いたいか』
『…………』
無言ということは、当たりだろう。この男は嫌々戦場に来ているんじゃない。戦いを望んでいる。そして、求めるは心躍る戦いだろう。そういうタイプの人間も居るのだと、リリアムは知っていた。
勿論、前世での漫画やゲームでだ。戦うキャラとしては、まあまあテンプレなタイプだ。
とにかく、彼の望みが分かれば、あとは交渉だ。
『なんの因果もなく、望むままにお前の力を振るわせてやろう』
『もうやっている』
『そうかな? しがらみに囚われ、望まない戦いにも駆り出され、気に食わない上役を付けられているのではないか』
『………………』
やはり彼の無言は、同意だ。黒騎士は迷っている。あと一押しだ。
『思うがままに、なんの気兼ねもなく、しがらみもなく。ただ自分の為だけに戦いたくはないか』
『俺の力を、試したい。強い、歯ごたえのある奴と戦いたい……!』
『その相手は、私が用意しよう。お前、名前は?』
『アイザック・ホルツナー……』
よっしゃ! 貰った!
リリアムは夢を解き、元に戻って大きな声で宣言する。
「我が血に隷属せよ、アイザック・ホルツナー。服従を誓え。さすればお前の力を思うまま振るい、戦える場を与えよう」
「ハッ!」
黒騎士、アイザックはリリアムに片膝をついて首を垂れた。
契約は成立したのだ。
淫魔の血で相手を従わせ、隷属で魂も縛る。
我ながらえげつないが、これで黒騎士はこっちのもんだ。
「では命じる。この場で一番強い者、漆黒の暗殺者ブルケを倒せ」
「ハッ!」
黒騎士はすごい勢いでブルケの元に走って行く。
黒騎士が切りかかり、二人は森の外で戦闘を開始した。
「てめぇ! 頭イかれたのか! 黒騎士ぃ!」
その間にリリアムは落ちた腕を回収し、クラレッドに指示する。
「あの二人はつぶし合う。それ以外の敵を片付けていって」
「分かった!」
それからルドガーの元へと移動する。彼はすぐに話しかけてきた。
「おい、あの黒騎士を操れるのか」
「戦いに関することなら。それに、縛りは数日で解けると思う」
己の力を奮う。そういう契約だから、他の細々とした命令は向こうに拒否する権利がある。ただ、敵を指定して戦わせることは出来る。そして、少量の血による縛りと強引な契約だから一生言うことを聞いてくれる訳ではない。
すると、ルドガーは言った。
「なら、あの女を倒した後は依頼者を殺せと命じろ」
「なるほど! 賢い!」
リリアムはすぐに精神感応で命じた。隷属させているから、簡単に意識も同調出来る。
『ブルケを倒した後は、依頼主を殺せ。末端ではなく、ちゃんと本当の依頼主を辿って』
『ハッ!』
よし。これでいける。
リリアムはルドガーの手を引いて飛行魔術を使った。
「皆には後から合流してもらう。とりあえず洞窟に行こう」
強敵二人が同士討ちをするのだ。クラレッドたちにはその他の敵を倒してもらい、ルドガーには先行してもらう。
幻影をかけたので、敵には洞窟入りが感づかれていない筈だ。
洞窟は奥深くまで続いているが、とりあえず奥まった座れる場所に入る。まず腕を治療しなければ。
リリアムは精霊界に放り込んでいた腕を取り出して、ルドガーに言った。
「ちょっと腕持ってて」
「お前、大丈夫なのか」
「いや普通に痛い。淫魔でも腕斬られたら痛いわ」
ルドガーに切断面をぴたりと合わせてもらい。その切り口周辺に闇の回復魔法をかける。
ルドガーは引き気味だった。
「まさか引っ付くのか?」
「そう。淫魔は生まれた時から姿かたちが決まってるから、成長も衰えもしない。怪我しても、元に戻る。でもやっぱ痛い! 痛いよ~」
魔法をかけながらヒイヒイ言って、なんとか腕はくっついた。
まだ痛いし腕に綺麗に線が入っているが。その線を眺めながら言う。
「いやー、あんなスパって綺麗に斬れるもんなんだね」
「俺が短剣を貸した意味はあったのか」
「あれで血を出して飛ばそうと思ってたんだけど、黒騎士の背後に移動した瞬間、これ絶対斬られるわって思って」
黒騎士の殺気はすさまじいものがあった。首を跳ね飛ばされないでよかった。
さすがに首を斬られたら死ぬだろう。
宝石付きの短剣を返し、ルドガーが受け取る。
「それで? 俺だけをここに呼ぶということは、何かあるんだろう」
流石、話が早い。
リリアムは頷いた。
「いつ言おうかどうしようかと思ってたんだけど。勇者は多分、もう意識がない」
「どういうことだ」
「死んでるかもしれない。死んでいなくても、まともな状態ではない」
「何があった」
それは数日前、リリアムがルドガーたちと合流し、最初にブルケと戦う前に遡る。
律儀なリリアムは、王妃と末の王女シーニャを勇者と夢の中で合わせるべく、先ず勇者アルバルトに打診した。
彼は短時間なら、と了承した。その時は、少し疲れたような印象だったが、まあおかしな様子ではなかった。
王妃の夢にも侵入し、日時を打ち合わせし再び王宮に招かれた。
以前行ったことのある庭園に直接出向き、秘密裡に王妃の侍女に手引きされる。そこまでは良かったが、シーニャの用意が整わないとかでなかなか現れない。
その間、王妃にお茶を勧められ話をし、などとしているとアルバルトの元を訪問する時間が予定より大分遅れてしまった。
シーニャが現れるなり、挨拶も無しで巻きで夢を繋ぐ。
その時には、既にアルバルトは苦しそうだった。
おそらく、最後の力を振り絞ってでも、母と妹に会う時間を調整していたのだろう。
『アルバルトお兄さま!』
『シーニャ。父上と母上の言うことを聞いて、いい子でいるんだよ』
『やだ、お兄さま! そんな、最後のようなことをおっしゃらないで。無事に帰ってきて。きっと、きっとよ』
『母上。私は……』
アルバルトは母への言葉を、最後まで続けられなかった。
その目は虚ろに濁っていき、そして平坦な声で言った。
『早く、破竜の剣を。カイベルク山脈の洞窟まで』
『お兄さま?』
『アルベルト……』
『破竜の剣を、カイベルク山脈の洞窟まで。早く。破竜の剣を、カイベルク山脈の洞窟まで』
壊れたレコードのように、勇者は同じ言葉しか繰り返さなくなってしまった。
この世界の人にレコードと言っても分からないだろうが。
『リリィ、もう十分です。早く元に戻して』
王妃の判断は早かった。シーニャにこれ以上、虚ろな姿の兄を見せたくなかったのだろう。
夢を解くと、シーニャは動揺して母に縋り付いていた。
『お母さま、お兄さまは一体どうされたの。わたくし、怖いわ……』
王妃は黙って娘を抱きしめるのみで、何も言わなかった。
代わりに、リリアムが言ってあげた。
『勇者殿は時間配分を違えると意識が無くなるくらい、危うい状態ということでしょう』
『そんな……』
『これに懲りたら、遅刻癖を治すといい』
『わ、わたくしが遅れたから、お兄さまがおかしくなったって言うの!』
『その通り』
王妃はリリアムを止めて、シーニャを退室させた。
『もう十分ですわ、リリィ。どうかこのことは、ご内密に。シーニャ、部屋で休みなさい』
『私も失礼します』
もう仕事は終わった。最後は不穏なことになってしまったが、言われたことはやった。
『お待ちになってください』
『次に私に何か頼む時は、対価に命を用意しておいてください』
リリアムは一つずつ経験を積んで賢くなっているのだ。もうホイホイ呼びつけられたり、ただ働きなどはしない。
そう思ったのだが、それくらいで怯む王妃ではなかった。
『まだ今回のお礼、対価をお渡ししておりませんわ』
『以前貰いましたけど』
『これをどうぞ、受け取って。リリィの身分証明代わりになると思うの』
リリアムが身分証もない不審者だと知っての気遣いだろうか。それは少し、嬉しいかもしれない。
手渡されたそれを見ると、金に光る分厚いコインのような物だった。国旗である刀と王家の紋章、そして王妃の名前が刻印されている。
『それはわたくしが身分を保証するという、金の印章なの。関所や都市の門で見せても、問題なく出入り出来るわ』
本当だろうか。末端の門番や役人には分かってもらえず余計疑われるような気もするが。まあ、貰っておこう。
それが、勇者アルバルトとの顛末だった。




