5.
「痛っ……」
「やっと起きたか」
額が固いものに当たって痛い。なんだ? と思って確かめるとクラレッドの胸元に顔をうずめていた。
「?!」
慌てて後ずさって距離を取る。その後ろからルドガーのイラついた声が聞こえた。
「遅い! いつまで眠りこけているんだ」
「……何かあった? また戦い?」
「ああ。あれを見ろ。洞窟の前に陣を組んで本格的に戦いを仕掛けてきた」
此方は森の中だが、洞窟の前は荒野になっている。その荒野に、騎馬と歩兵、魔術師たちが綺麗に隊列を作っていた。
「えっ、もう? さっき撤退したばかりなのに」
相手が素早く態勢を立て直したのかと思ったのだが、ルドガーはイライラしたまま言った。
「もう、ではない。お前は三日も眠りこけていた」
「三日?! そんなに時間経ってたんだ」
イヴリンと少し話しただけのつもりだったが、夢の世界では時間の経過が違うらしい。
しかも、肝心なことを聞きそびれてしまった。
「アメリエットの極大魔術で先制攻撃する。その後白兵戦に移る。お前も援護しろ」
見れば、アメリエットがぶつぶつと呪文を唱えている。極大魔法というからには、呪文が長い代わりに威力が大きいのだろう。
「……なんで敵は呪文終わるまで待ってるの?」
呪文が終わる前に攻めてしまった方が、簡単に終えられるのでは。
すると、ルドガーはアメリエットとは別の魔術師を顎で指した。
こういう、文字通りに人を顎で使う態度は感じの悪い王族~! というテンプレだ。しかし指された魔術師は文句も言わず、恭しく水晶玉に呪文を唱えて何やら映し出した。
見ると、この間やっとの思いで追い払った女アサシン、ブルケが敵陣の真ん中に居るではないか。
『いいか! 魔術師の先制が来るから、こっちは対魔術結界で受ける! その後は一方的に攻めこむんだ!』
「声まで聞こえる! すごいじゃん」
動画盗撮と盗聴を魔法でやってるのだろう。こんなテクノロジーがあるとは思ってなかったから、びっくりした。
「黙って聞け」
ブルケや敵陣は皆、鼻と口を三角巾で覆っている。マスクをして気管を守っているのだ。
そのブルケは隣の大柄な黒い騎士に指示する。
『あたいはあの王子と淫魔をヤる! あの妙な魔術師、実は淫魔だったなんて許せねぇ! 絶対に首をはねて殺してやる! だからあんたはその他の騎士と雑魚をやりな』
……何故か恨みを買って殺意を抱かれていた。
だましたつもりは無かったのだが。姿を隠すということにはこういう弊害もあったのかもしれない。
ブルケは続けて文句を言っている、
『大体! 王家が淫魔を使うなんておかしいだろ! 王族が悪魔使ってんじゃねえよ! 魔物は滅ぼす対象だろ!』
「それは確かに」
彼女の言葉も尤もだと思って、思わずリリアムは同意してしまう。
それに異を唱えたのはルドガーだった。
「生憎、戦力を選り好みする余裕はない。使える物は何でも使う」
「クラレッドの命、無くなっちゃうけど」
「俺は構いません」
本人が了承しても、たかだか一つの遠征で実力者が一人減ってしまうのは戦力的に痛いと思うのだが。元々、クラレッドは勇者アルバルト付きの騎士だから居なくなってもいいのだろうか。非情すぎる。
「早く戦力が選り好み出来るくらい、人望が集まるといいね……」
思わず慰めのようなことを言ってしまう。ルドガーが物凄い形相になって周囲がシンとなると、フェルノーがへらへらと話しかけてきた。
「ところでリリィちゃん、その服可愛いね。前より全然いいよ」
え、と思って下を見ると、さっきまで着ていた服とまるで違っていた。
黒のキャミソールワンピースになっていたのだ。しかも、スケスケだ。体にピッタリと張り付いてラインが丸見えだ。
「?! なん……なんこれ?!」
胸の谷間を見せつけるように胸元がカットされているし、スカート丈も短い。それなのに手足には意匠がこらされた服飾品が付けられていた。
ハッとして顔に触れる。仮面も無くなっていて、素顔だ。
瞳が赤いという、魔物の証を皆に晒していることだろう。
イヴリンの仕業に違いない。しかし、どうやったのだろう。夢という非現実世界で衣装を変えたとして、今ここでその通りの服を着ているというのが理解できない。さっきまで蝙蝠だったというのに。
まさしく魔女は人知を超えた存在なのだ。
今のリリアムでは太刀打ちできない。
あまりのことに固まっていると、ルドガーにぴしゃりと言われた。
「そんなことはどうでもいい」
どうでもいい?!
イヴリンは、仮面を外して人に畏怖されるべき存在となるべきと言っていた。自分も、こんな格好恥ずかしいし嫌だけど、それなら仕方ないかと受け入れようとしている。それを、どうでもいいとは。
完全に舐められている。威厳はどうやったら身に着くのだろう。少なくとも、今のリリアムにはひとかけらもない。
まあ、人間にとったら淫魔がどんな格好をしていようが関係ないのだろう。
リリアムが恥ずかしがっているということも、ここにいる人間たちにはだからどうした、という感想しかない筈だ。
恥ずかしいとか思うのも止めておこう。無の境地になるのだ。
クラレッドが口を開いて話題を真面目な物へと変えた。
「真に恐るべきは、ブルケではありません。その隣の黒騎士でしょう」
「イスブルク王国の黒騎士か。向こう側で騎馬を用意出来るということは、どうやら敵はイスブルクの依頼で動いているらしいな」
その言葉に少しホッとした物が含まれているのは気のせいではないだろう。
リリアムは空気を読まず言ってやった。
「良かったねえ、弟に刺客を差し向けられたんじゃなくて」
「ラスティンはそんな計画さえ知らんだろう。するとしたら取り巻きだ」
「お母さんとかね」
ギロッと睨まれたが、剣は飛んでこなかった。
水晶の中から、ブルケの声が聞こえてくる。
『おい、返事くらいしろ! 黒騎士!』
『…………』
しかし黒騎士は無視をしていた。
全身黒づくめで、鼻と口を覆うマスクも黒だ。髪の色だけが灰がかった銀色だ。目元が切れ長で涼やかで、冷たく整っている。決して筋肉隆々ではないが、全身がしなやかな印象を受ける。恐ろしく強そうな、只者じゃない感がある。背は高く、小柄な方のブルケと並ぶと大人と子供といったところか。
その子供のブルケが偉そうに言って、黒騎士にいう事を聞かせているのが少し笑える。
「……ブルケはリーダーとして指示したいけど、黒騎士は部下のつもりはないって感じかな?」
リリアムが誰にともなく呟くと、ルドガーが応じた。
「そうだろう。だが実力がどうでも、実質指揮権はブルケにある。先にあいつを狙う」
そうか。上から倒すといっても、実力と偉い順は違うのか。
それにしても、まだ呪文は終わらないのか。めっちゃ長い!
今この時に先に呪文を撃ち込まれたらあっさり全滅しそうだ。
ハラハラしていると、フェルノーが声をかける。
「ねえねえリリィちゃん。俺に幻影かけて、ルドガー殿下の姿に見せることって出来るかなあ」
なんで普通に悪魔にお願いごとしてるんだ。命取られたいのか。
そう思ったが、戦闘直前に一連のやり取りをするのが面倒くさすぎて黙ってかけてやった。
周囲の魔術師からはおお、と驚きの声があがった。
詠唱無しでルドガーそっくりの姿に突然変わったからだろう。
その時、アメリエットの魔力が急激に膨れ上がった。
やっと、呪文が終わるのだ。
「四つの神四つの精霊天の炎神、今ここに火の鳥を遣わしたまえ。不死鳥の光よ! 悪しき敵を撃ち滅ぼせ!」
次の瞬間、二つの陣の間に巨大な魔法陣が現れた。垂直向きの魔法陣なので、攻撃方向を指定しているのだろう。
そう予想したのは正しく、魔法陣から巨大な不死鳥が飛び立っていく。ブルケに向かって一直線だ。
彼女は叫んだ。
『来た来たぁ! 魔術師ども、結界展開!』
そう言ってブルケも光の対魔法結界を張っている。なんでもできる強い女子だ。
不死鳥は優雅に羽ばたき、そして結界にぶつかっていった。ドーン! と衝撃音と熱風がこちらにまで感じられる。
結界に当たった魔法力は普通消えてしまうのだが、不死鳥は消えなかった。
跳ね返され、向きをこちらに変えて飛んでくる。
ブルケが高笑いした。
『あはははは! 反射魔法だ! 自分たちの力で燃え尽きな!』
「そんなことくらい、考えないわけないんですよねえ」
静かに言ったのはアメリエットだった。
不死鳥は上昇すると、再びブルケに向かって飛んでいく。
「おお、自動追尾出来るんだ」
「指定した敵が死ぬまで、追い続けます。あっちの結界が消えるか、それまでに不死鳥が力尽きるか。どっちかですよ」
そう言うと、アメリエットはぱたりと倒れてしまった。
「えっ、ひょっとして一発で打ち止め?」
焦って聞くも、アメリエットはむにゃむにゃ言っている。クラレッドが配下の騎士に指示してアメリエットを下がらせた。
「極大魔法は体力と魔法力を奪いつくすらしい」
「すごいけど、一回限りかあ」
そう言っている間に、ブルケはすぐ指示を出す。
『魔術師はそのまま結界展開を続行! 騎士ども! 森の中まで突っ込んで敵を叩け! 皆殺しだー!』
「おおー!」
怒号は直接耳に聞こえた。
騎馬と騎士たちが一斉に走ってこちらに向かっている。
ブルケの予定では、反射魔法でこっちを火だるまにしようとして様子を見ていたんだろう。でもすぐに指揮して態勢を変える。
経験が豊富でどうしたらいいかがすぐ分かるのは強い。
リリアムがちらりとルドガーを見ると、彼も声を出した。
「騎士二人と魔術師一人の組で固まれ。迎撃する! 馬は罠に追い込め!」
おお、ちゃんと考えて罠とか作っていたのか。少し安心した。
ルドガーが無能でなくて良かった。
フェルノーがふわり、と横を通り過ぎていった。
「俺はかく乱してくるよっと」
ルドガーの姿になったのは、その為らしい。
すごい勢いで敵が殺到してきた。その中で先頭を走っていたのは黒騎士だった。
馬に乗っていないのに、騎乗の騎士より早い。風の精霊の力で早く走っているのだろうが、それにしても早すぎる。
クラレッドが走って行く。
「俺も出る! 淫魔よ、殿下を頼む」
「またかあ」
彼は黒騎士の相手をするつもりだろう。確かに、一般の騎士たちではまるで相手にならないようだ。
そうこうしてる間に、不死鳥は三度、四度と結界にぶつかっている。
五度目には、結界にひびが入った。
でも不死鳥も炎の力が弱くなっている。
最後の衝突は、結界がバキバキと割れる音と不死鳥の断末魔の鳴き声で耳が痛かった。
着弾し、衝撃の熱風が吹き荒れる。
敵の魔術師たちは炎に包まれている。
やったか?!
しかし、こう思う時はやっていないのだ。
風が収まり、炎が小さくなっていく。何人かの魔術師は全身が燃えているのが見えた。
しかし、ブルケは立っていた。彼女の光結界の方が強かったのだ。
『あはは! 覚悟しろ! あたいの方が強かった! 次はお前らの番だ! 全員ぶっ殺してやる!』
そう言って、恐るべきスピードでこちらに走ってくる。
クラレッドと黒騎士は戦っているが、クラレッドの方が一方的に攻められて今にもやられそうだ。
フェルノーも奮戦しているが、他の騎士も魔術師もどんどん倒れていっている。
「俺も出る」
ルドガーが言った。
流石にリリアムは止めた。
「また毒に倒れたら今度こそ死ぬし、止めといたら」
「だからと言って止める訳にはいかない」
「今なら、あの洞窟に入れる。私がこっそり連れて行ってあげるよ。それが旅の一番の目的なんだし、邪竜を探しに行かない?」
リリアムの提案に、ルドガーは怒りを見せた。
「行く訳ないだろう! 皆を見捨てて行くなど、施政者失格だ。指揮官として二度と立つ資格がない」
「へー。ちゃんと考えてんじゃん」
リリアムの言葉に、ルドガーが冷静さを取り戻す。
そして抑えた声で言った。
「お前の言う通り、俺は何も持っていない。恵まれた環境と血筋以外には、何もない。勇者の称号も、神に祝福された魂も。だから、前に立って戦うしかない」
なんか、散々「じゃない方王子」とか煽っておいてアレだが、言われたことを気にしてたんだあ、とリリアムは思った。
いつも憎たらしいし喋る度に腹の立つ王子だが、まだ二十歳にもなっていない。多分、前世でいうと高校生くらいだろう。未成年の、まだまだ子供だ。
それでも、生まれた立場と責任で必死に頑張って、命を張って戦わなければいけない。
可哀想だ。
淫魔に哀れまれるなど彼にすれば憤死ものだろうが、リリアムはルドガーを気の毒に思った。
人間に生まれなくて良かった、とも思う。
自分は淫魔として気ままに生きられるのだ。
「……悪魔の言うことなんか気にしなくていい。適当にその場限りのことしか言わないんだから」
「だが、真実も指摘する」
いつもはクソ腹立つルドガーが、何となく素直だ。死地に赴く気持ちなのかもしれない。
だが、まだ彼に死んでもらう訳にはいかない。
リリアムは威厳を意識して偉そうに言った。
「お前が自ら出向く前に、少し試したいことがある」




