4.
夢の世界に入り、すぐにイヴリンの元へと向かう。
イヴリンは起きていただろうが、呼びかけるとすぐにこちらに来てくれた。
背景に懐かしいイヴリンの家を描いてくれている。
リリアムはソファにどさっと座ってくつろいだ。イヴリンはその向かい側に腰かけた。
「それで、状況は? ルドガーと合流したようだね」
「それが、あいつ襲撃受けてさあ」
「なんだって」
「騎士団相手にまさか挑んでくるとはって、全然迎え撃つ用意もしてないとこ襲われて。でも相手はすごい調べてから襲ってきたみたいで上手いことやってた。それで、普通王族とか指揮官って指揮しない? 指揮もせず敵のボスとタイマンして毒受けて死にかけて、まあ私が助けてあげたんだけど。あいつ、人の上に立つの無理でしょ」
「いっぺんにワーっと言うんじゃないよ。順を追って説明しな」
「だから、今言った通りなんだけど。呼び出されたらもう戦いは佳境に入ってて~」
一から説明させられ、たまにイヴリンが質問を挟んでくるのに答え、また説明に戻る。
記憶力もあまり良くないし、説明も適当なリリアムだが、魔女が求めるようにあらましは話せたようだ。
イヴリンは少し考えてから、静かに言った。
「また、来るだろうねえ」
「えっ、敵? また襲ってくる?」
「あっさり引いたのは、また次があるからさ。次は本格的に攻勢をかけてくるだろうね」
「えー。またルドガーの命守らなきゃいけないの。あっ、そういえば! クラレッドが命をくれるとか取引を一方的に持ち掛けてきたんだけど、どうしたらいいの」
「お前、さっきの説明の時にはそんな話を全くしてなかったじゃないか」
魔女もあきれ顔だが、言い忘れていたものは仕方ない。
「旅が終わるまでルドガーを守ったら、命をくれるんだって」
「それは悪魔の取引だ。魔女の私に聞かれてもねえ。クラレッドの命が欲しいのかい?」」
「ううん、別に。でも、命が惜しかったら働けって、いつか何かしてもらうかもしれないし」
それを聞いたイヴリンは、ますます呆れ顔になった。
「それなら隷属でも魂縛りでもしたらいいだろうに」
「え、あ。そっか……」
「それなのにルドガーの命はきっちり守ろうとしてるんだから、お前も律儀なんだか間抜けなんだか」
間抜けは酷い。悪魔に向かってなんて言い草だ。
「でも守るって言ってもルドガーはもうちょっとで死ぬとこだったし。人を守るってどうすればいいの? とりあえず、物理攻撃防御の結界張って、ルドガーの戦いを補助するくらいしか出来ないんだけど」
「あんたはどうしたいんだい」
「どうって。どうしたらいいか全然分からないから聞いてるんだけど」
知識でしか魔法を知らない、生まれて間もない淫魔に多くを求めないでほしい。
ゴロゴロしながら言う淫魔に、魔女は近づいてきて顔を覗き込む。
「お前はこれから何を求めて生きるか。それによるんだよ。魔女として魔法を極めるか。淫魔として人の精をすするか。悪魔として人の魂を食らうか」
「うーん。魔法は習いたいけど別に極めたくもないし、死なない程度に精はもらうけど、まあ淫魔としてダラダラ生きてこうかな」
「……怠惰の悪魔かい、あんたは。まあ、いい。淫魔として、かつ魔女として生きるが特に野望もなく穏やかに暮らすってことだね」
「そう! それ」
イヴリンがまとめてくれたので同意する。
彼女は続けた。
「しかし、魔女であり淫魔であるんだ。どうしたって利用しようと近づいてくる奴はいる。降りかかる火の粉を払う程度の力は欲しいかい」
「まさにそれ! 直近で王子を守らなきゃいけないし。どうしたらいい?」
リリアムの質問に、魔女は思いもかけないことを言った。
「その仮面を取って、妙な格好を止めることだね」
「えっ、なんで?」
「魔女も悪魔も、その見た目から人に畏怖されるもんだ。何故わざわざ姿を隠すのか、そっちの方が私には理解できないね」
「だってそんな、顔バレしたら外歩けなくなるじゃん!」
リリアムの世代では、皆普通に写真や動画を撮ってSNSにアップしていた。しかし、学校内でネットいじめがあり、それがニュースに報道されてしまった。あっという間に被害者も加害者も名前から住所から顔から、全てが晒された。リリアムは直接関係なかったが、関係者があげた全体写真の中に、リリアムが写っていることもあった。
その後、学校ではネット炎上についての講演会があって、誰もが見られるネットに個人情報は絶対晒してはいけない、と説かれた。それ以来、リリアムの同級生たちは皆気を付けるようになった。
バイト先のパートさんが、自分たちの若い頃はSNSが無くて良かったわ~と言っていた。便利だが恐ろしいネット社会で炎上しないことは、顔を出さないのが一番だ。
しかしよく考えたら、この世界では違う。リリアムは人間でさえないのだ。人に何を言われようと関係ないはず。
顔バレを防ぐのは炎上するような失敗を避けたいという、叩かれるのを避ける意識があった筈だ。そして、他人の炎上に好き勝手に批判してあれこれ叩く人たちは絶対匿名で安全圏から石を投げる。
リリアムもそうしていた。どちらに与しても大丈夫なように顔を隠して保険をかけていた。
前世の常識に未だに縛られ、人として生きようとしたことを指摘され、初めて自分の行動の原因を知る。自分は人間だったが、今は違うというのがなかなか自覚出来ていないのだ。
イヴリンは続けた。
「お前が何を怖がっているのかは分からない。でも、それは淫魔としての力を損なうものだ」
「でもでも、淫魔って別に強い悪魔じゃないし、夢を操って精を奪う能力しかないし」
「悪魔というだけで強いんだよ。人ならざる魔の存在は、それだけで脅威なんだ」
「そ、それはそうかもだけど」
「おまけに、私が教えている魔法もある。それはまあ、ヒヨッコだが。しかし、魔の者が使う魔法は強い。その力を振るえば、人間ごとき相手じゃない。人をそそのかし、操り、思うがままに動かすことだって出来るだろう」
そうなのだろうか。でも集団同士の人間の戦の前では、悪魔が一匹いたところで……と考えているところで、呼びかけられていることに気付いた。
「呼ばれてる。行かなきゃ」
「ルドガー王子を、しっかり守るんだよ」
「えっ、でも、戦争してるんだけど! そんなの私の力ではどうしたらいいのかも分からないよー!」
「上から順に潰していきな。いつか何とかなるだろ」
「て、適当~! っていうか、イヴリンが行けば?!」
「私には他にやることがあるんだ。最後までしっかりやりな」
「行くしかないのかあ……」
リリアムが夢の世界から戻り蝙蝠から人へと変わったのと、なかなか起きない淫魔に業を煮やしたルドガーが蝙蝠をクラレッドに投げつけたのは同時だった。
「起きよ、淫魔よ」
「……」
「クラレッド、さっさと起こせ」
「ハッ。先ほどから揺さぶって声をかけているのですが、その程度では起きないようです」
アメリエットの手のひらに乗せた蝙蝠は、眠り続けている。
「あの、私そろそろ、呪文の詠唱に入りたいんですけど」
「じゃあ俺が預かるね。淫魔ちゃん、起きてー。まだ起きない?」
アメリエットから蝙蝠を受け取ったフェルノーが、さかさまに持ってぶらぶら揺らす。
それでも蝙蝠は無反応だった。
イライラとしたルドガーは、その蝙蝠を乱暴に引っ掴んで握りしめた。
「寝汚い淫魔め、いい加減に起きろ!」
「きゅーぅ……」
少し反応があった。ルドガーはその蝙蝠を脇に控えていたクラレッドに投げつけた。
クラレッドの胸当てに蝙蝠がバシッと当たると同時に、蝙蝠が淫魔の姿に戻ったのだった。




