3.
回復魔術が得意という術師がルドガーを治療中、リリアムも事情を聴かれた。
状況説明を一通りして、話が終わってからルドガーが尋ねてきた。
「淫魔よ、あいつらはどこの手の者だ」
「え? そんなの分かるわけないじゃん」
「分からないのか」
むしろどうして分かると思ったのか。
そしてどうして分からないと言ったら無能みたいに扱われてガッカリされなきゃいけないのか。
「ひょっとして、淫魔って何でも知ってる物知り博士みたいに思われてる?」
「人間には無い何かを感知出来たか聞いただけだ」
「人には感知出来ないけど悪魔は出来る何かって何?!」
「うるさい、静かにしろ。俺は怪我人なんだ」
自分から怪我をしに行って勝手に死にかけておいて何を言う。
リリアムは爆発した。
「あのさー! 普通王族って帝王学とか学んで指揮しない? なんで前線に飛び出して死にそうになってるわけ? 戦い方下手すぎ!」
「待ち伏せ急襲されたんだ。それに、計画的に分断された」
「そもそも、魔術師と騎士を分けて移動させるのがダメだったんでしょ」
「それは結果論だ。移動にはその方が統制が取れて良かったんだ」
「見通しが甘すぎ」
「イスブルク王国との小競り合いならともかく、我が王国内で騎士団相手に待ち伏せし堂々と暗殺など、前代未聞だ」
自分ちのおひざ元だから安心だと油断しきっていたのだ。
まあこうやって責めるのは結果論だが、とにかく指揮が全くできず、向こうの計画に綺麗にハマっていることは素人の淫魔にだって分かる。
「それだけ国の求心力とお前の威光が下がってるってことでしょ」
リリアムを止めてルドガーを庇おうとしたのは、忠実なる騎士クラレッドだった。
「淫魔よ、ルドガー殿下は自ら前に出て戦うことで、我ら騎士を鼓舞してくださったのだ」
「それで毒を受けてやられてるんだから世話ないって」
「だから、それは結果論だと言っているだろう。奴を倒せば問題無かったんだ」
これは平行線だ。
ルドガーは自らが敵を倒せば、騎士が盛り上がって指揮も上がって一団がまとまると思っているのだ。
リリアムは魔女っぽい口調で更に厳しいことを話しだした。
「そもそも、お前自身のことなんて誰も見ていないし何も思ってはいない。皆が仕えているのは国、王家であるし、出世や家の繁栄の為だ」
「俺が国であり、王家だ」
「お前じゃなくても、皆は変わらず仕える」
「だが現に、俺を庇って怪我し、命をかけて戦っているものが居る」
クラレッドが静かに頭を下げた。
それは美しい騎士道なのかもしれない。
しかし、リリアムはせせら笑った。
「クラレッドは騎士として戦う自分が好きだからそうしただけだ」
「なんだと……!」
当然、クラレッドは気色ばむ。
「本当に主を助けたかったら、騎士なんてやめて一人でこの山脈に来て勇者を探している。それに、フェルノーだって別にお前を助けて身を挺したわけじゃない。あいつは早く死にたがってて戦場で死に場所を求めるタイプだ」
「我らを侮辱するな」
「侮辱じゃない。ただの指摘」
いきり立つクラレッドに、ルドガーは片手で制止し疲れた顔で言った。
「お前は本当に癇に障る淫魔だ。いつか滅してやるが、今はまだ利用価値がある。これからカイベルク山脈の洞窟まで同行しろ」
「一応聞くけど、勇者救助を中断して引き返すつもりはない?」
「あるわけなかろう」
「はぁ~……分かった。けど、ちゃんとして。統制取れるように指揮して。出来ないなら出来る人に指揮権譲って」
片手で追い払われたので、テントを出て行く。
ここに滞在していても危険なので、すぐに移動とのことだった。
馬たちは山道や木々の間を通るには不向きなので、馬番と共に麓の村に置いているらしい。
つまり、徒歩だ。
徒歩でみんなと登山!
リリアムが一番嫌いな行為と言ってもいい。
引きこもりの陰キャは運動も集団行動も大の苦手なのだ。
蝙蝠の姿になって、誰かに運んでもらおう。
そう思っていると、声をかけられた。
「あの、リリィさま、でいらっしゃいますか」
見れば、王妃がねじ込んできた女魔術師だった。
リリアムがオタクではないかと睨んでいる女子だ。
「そうだけど」
「私、アメリエットといいます! よろしくお願いします!」
やはり、淫魔に会えてテンションが上がっているようだ。魔術か悪魔のオタクなんだろう。
何のオタクか知りたいし、ちょっと話を聞いてみたい。
リリアムは興味本位で彼女の相手をすることにした。
二人で並んで話しながら移動する。
「何か、話したいことでも?」
「話したいっていうか、少しお尋ねしたいんですけれど!」
「私で分かることなら」
「失礼ですが、淫魔という種族はとても長生きだそうで。リリィさんもずっと生きていらっしゃるのですか」
「ああ。まあ、見た目通りの年齢ではないよ」
嘘は行っていない。まだこの世界に生まれて一年未満なのに大人の姿だ。
生まれたてと言われて馬鹿にされることを避け、つい見栄を張ってしまったが。
すると、アメリエットが前のめりになった。
「ではではでは! ひょっとして、この国の創設、紀元元年に立ち会っていらっしゃったりするのですか?!」
「え」
「もしや、そのずっと以前、古代の国があったという時期からいらっしゃったりして?!」
「いや……」
「実際に古代国を見たかたのお話、是非伺いたいんです!」
まさかの歴史オタクだったようだ。
「ああー、人間の世界には疎くて。あまり、国のことは分からないな……」
「そ、そうだったのですか。では、どういった世界にいらっしゃったのですか」
「……無の世界、かなあ」
「無、ですか? それは一体?」
「何もないってことだよ」
「そう、なんですかあ……」
アメリエットは見るからにガッカリしてしまった。正直すまない。
でも一人でぶつぶつ言っている。
「無、無の世界かあ。でもこれで論文……書けるかな。どこかの論文にそれらしい記述が……でもあれは無ではなく虚無空間における魔法威力の論文だったっけ……」
適当に言った話の論文を作られてはかなわない。
リリアムは話を振ってみた。
「この国って、四百年くらい続いてるって聞いたけど。初代の話とかも伝わってるの?」
「はい! 当時の記録は詳細に残されています! 始祖であるリョー・ルードウェルは紀元前375年にヴォルテール領に生まれ、両親は領主であるレイ・ルードウェルとノア・ルードウェル。領地争いを収め、周辺の土地をまとめた所から頭角を現し……」
そっから始めるのかぁ……。
とても早口ですごく熱心に話してくれる。オタクが話止まらない現象のやつだ。
「あの、もう少し端折ってまとめて……」
「ああ、すみません! でもグランドゼロの戦いも、イリオローダ家との劇的な和解も、全てをお伝えしたくて!」
「巻きでお願い……」
聞かなきゃ良かったかな。そう思いながら相槌も打たずに黙っているが、彼女の話は止まらない。
「そして、始祖は国をまとめると同時に、ここからを紀元元年とする年号を改められたのです。今までの歴史は紀元前、ここからが新たな始まりだという建国式典演説の原稿が残っています」
ようやく国が出来るとこまできた。
「それと共に改名。フォルシオン王国国王アダム陛下となられました。その際、始祖はアダムという名こそが始まりの王に相応しいとおっしゃったと、重臣の日記に記されています」
「ん……? アダムって名前は、この国でもそういう、始まりに相応しいって意味だったの?」
つい引っかかって、また質問してしまった。この後、延々名前の記録について語られたらどうしよう。
しかし、アメリエットの説明は簡潔だった。
「はい、紀元元年からはアダムという名前が国民の間でも大流行しました。男児の半数がアダムという名前だったという出生記録が残っています」
「その前は?」
「紀元前にはあまり知られていない名前だったようです」
「…………」
何がこんなに引っかかるんだろう。紀元前と紀元後、アダムは始まりの名。
「国旗も制定され、初代国王アダムの愛剣フォルシオンを描いたものとなりました」
「ああー。それでこの国旗……」
何故か、国旗の真ん中に剣の絵がバーンと描かれてあって、ちょっとダサいなって思っていたところだ。
しかし、よその国の国旗をディスっても誰も得をしない。リリアムはその感想はそっと胸に閉まっていた。
「はい。アダム王は国名を決める時も、特にこだわらずそれならば剣の名前でも付けるがいいと命じた、という逸話が残っています」
「そんなのでいいんだ」
適当な国名の付け方だ。
「はい。そして王妃エミリアを迎え入れ、二男二女に恵まれ……」
「そこはイヴじゃないんだ」
気になっていたことが分かった。
前世なら誰もが知っているアダムとイヴ。始まりの人たち。
アダム王はそれを知っていて名前を付けたのではないか、と疑ってしまったのだ。
だが、王妃が違うならたまたまだろう。
そう思ったのだが、アメリエットは再び前のめりになった。
「えっ! では、リリィさまは当時の勇者パーティを御存じなんですか!」
「え?」
「勇者アダム……、その当時の名前はリョーでしたが、勇者リョーと同じパーティに魔法使いイヴが存在していたと記されています。でも、リョーとイヴは盟友であり、男女の関係は無かったらしいですが。本当はあったりとかしたんですか?!」
「いや、知らない。分からないけど……」
リリアムの胸中に、猛烈に疑惑が膨らんできた。
ひょっとしたら、アダム王は転生者ではないのか。
それにリョーとは日本語の名前ではないのか。この世界にもある名前なのかもしれないが。
それともまさか、この惑星は地球で、前世のリリアムが住んでいた時代からずっと後の未来というSF展開もあったりして?
しかも、魔法使いでイヴという名前。
魔女の姿が脳裏をちらつく。
もし、イヴとイヴリンが同一人物だったら、あの魔女は一体何歳なんだ。
まあ考えても分からない。尋ねるしかないだろう。
「私、ちょっと休むわ。ポケットにでも入れといて」
「ポケットに、入れ? えっ、えっ?!」
リリアムは蝙蝠の姿にぽんと変わった。そして、アメリエットが差し出してくれた手のひらの上に乗る。
そして羽で顔を隠し、横になって夢の世界へと旅立ったのだった。




