1.
王宮前の広場に、勇者を捜索する一隊が集まっていた。
一隊の長は第二王子ルドガーで、これから北の隣国イスブルクとの間に存在する巨大山脈カイベルクを登るのだ。
イスブルク王国とはカイベルク山脈を国境線の内側と主張し、幾度となく小競り合いを繰り返している。大事にならないうちに早急に勇者を見つけ救出する必要があるだろう。
その為にルドガーは選りすぐりの人馬を集めていた。
リリアムは出発間際に王宮前広場に到着した。新しく覚えたばかりの、移動魔法だ。一度行ったことがある場所に魔力で移動出来る魔法は、イメージしやすくすぐに覚えることが出来た。
イヴリンは新しい魔法を教えることに面倒そうだったが、前回の王都はこの魔法が使えなかったせいで王妃の元に行くハメになった、と言うと教えてくれた。
まだ王都と、魔女の森近くの村しか行ける場所はないが。
リリアムが現れた瞬間から、馬が騒ぎ始めた。
怯え、いななく馬や逃げ出そうとする馬たち。気の弱い馬は立ったまま気絶しそうになっている。
やはり、今日もダメだったか。
動物にある日突然好かれないものかという願いを諦めきれないリリアムは、内心ガッカリする。
兵たちは馬を宥めて落ち着かせ、何が騒ぎの原因かと辺りを見回し、そこに淫魔と見られる存在があるからだと気付いたようだ。
今日もリリアムはフードを目深に被り、お面を被っている。不審者丸出しだ。
ルドガーとクラレッド、フェルノーがこちらにやってきた。ルドガーは流石に良い馬に乗っているようで、騎馬のままだ。
ただ、気が強く敵愾心剥きだしにするタイプの馬のようで、目も歯もひん剝いてこちらを威嚇している。触るのは無理そうだ。
「遅い。もう出発するぞ」
同行して当然というルドガーの言葉に、リリアムは鼻で笑って答える。
「遅いのはそっちでしょ。私が勇者を見つけてから、何日経ってるの」
「そんな話はしていない。黙って付いてこい」
はあ? お前の馬、無理やり撫でてやろうか。棹立ちになって落馬すんぞ!
こいつの誰もが自分に協力して当然という態度が気に入らない。
そう思ったがいらぬ口論は無用とイヴリンに釘を刺されている。
どうやらイヴリンの口ぶりでは魔女は第二王子派、王妃は第三王子派だが、この旅が成功して勇者が戻ってくることが一番平和的解決になるらしい。
リリアムはクラレッドに呼符を黙って差し出した。
「それ、なにー?」
人懐っこくフェルノーが覗き込んで尋ねる。リリアムは手短に答えた。
「これに魔力を込めて念じると、私が合流出来る。洞窟に着いたら呼んで」
「え、一緒に行かないの?」
「人間と一緒に旅なんか出来るわけがない」
限られた人数で移動なんて、この世界に来てからはしたことがない。人間の精気を大量に必要として無意識に吸い込むかもしれない。
それに、馬が怯えて移動どころじゃないだろう。そもそも、登山なんて前世から大嫌いだった。
新幹線か飛行機作ってから旅に誘って貰えます? という気持ちだ。
クラレッドはルドガーを仰いで伺いをたてる。ルドガーが頷いたので、クラレッドは呼符を受け取った。
渡した瞬間に空間転移で広場から離れた。
ついでだから、買い物をしたい。リリアムにとって今一番の関心ごとは引っ越し先の新居であった。家具などは備え付けだが、何か買っていい感じにしたい。
しかし、何を買えばいいか分からないしどうすればいい感じになるのかもイメージがつかない。店を色々見てみよう。
王都を歩いていたら、人々の話題は出発する騎士たちのことで持ち切りだった。
「みんな生きて戻れたらいいんだけどねえ」
「戦いに行くわけじゃないだろ?」
もし邪竜と戦いになれば、騎士たちも無事では済まないだろう。先ほどの広場の張り詰めた雰囲気は、死の覚悟があったからかもしれない。
人間に生まれなくて良かった~。
リリアムはそんな風に思った。
人間はすぐ死ぬから、旅の一つも死と隣り合わせだ。それに行きたくなくても命令されたら仕方なく遠征しなければいけない。
淫魔は不便なこともあるが、滅多なことでは死なない。
転生した当初は、どうして淫魔なんだと思っていたが、今ではすっかり慣れてこの体がしっくりきている。もう人間には戻れない。
この頑丈な体で楽にのんびり暮らしたい。
そんなことを思いながらリリアムは買い物をした。結局買った物は本屋でインテリア間取り関連の本のみだった。
リリアムの新しい家は、以前の家より辺境に近いど田舎にあった。深い森の中なので、誰も入ってこないし探そうとしても目くらましのまじないで見つけることは出来ないだろう。
家は平屋で前のこじんまりとしたより広い。その分、どの部屋をどう使おうか迷うところだ。
引っ越しは、貰ったものを精霊界に突っ込んで、新居に来てから取り出すという方法ですぐ済んだ。
しかし、あまり広くても家を持て余す感がある。こじんまりとしたワンルームの方が使いやすいかもしれない。とりあえず、自分の部屋を決めてリビングダイニングを整えるか。
ダイニングを整えても食事をする必要はないのだが、一応。
あらかた片付けてから、部屋着用の服に着替えてベッドでごろごろしながら本を手に取る。
買ったばかりの本は、色々な家と間取り、そして家具の配置についてイラストが描いてある。これを眺めて理想の家をイメージし、似たような感じに出来ないものか。
しかしリリアムは自分にセンスがないこと分かっていた。まあ理想そのものじゃなくても、似せるだけでいいし。
うつ伏せになって頬杖をつきながらページをめくっていた時だった。
突然、景色が変わっていく。
召喚されたのだ。あっ、と思った時には野営用テントの中でルドガー、クラレッド、フェルのーに見下ろされていた。
慌てて起き上がって抗議する。
「ちょっ! 洞窟に着いてから呼べって言ったでしょうが!」
「なんとも締まりのない恰好だな」
「くっ……!」
超絶馬鹿にした口調で言ってくるのはルドガーだ。
リリアムが着ていたものは、上は首元がだるだるのダボTのような古着。下はリラックスパンツ。つまり女性用ステテコのような快適衣服だ。馬鹿にされても仕方ない恰好だが、それでも腹が立つ。
「へー、家とインテリア。引っ越しでもすんのー?」
目ざとく読んでいた本をチェックしてきたのはフェルノーだ。
リリアムはパッと本を異空間に放り込んだ。人の目には消え失せたように見えただろう。
「何なの? 到着は十日ほど後の予定でしょ」
「ぶっつけ本番で挑むわけにはいかない。訓練も必要だ」
クラレッドが生真面目に言う。まあ、そういうものかもしれないが、やはり大体この日時に呼び出すという予告がないと突然すぎて迷惑だ。
「……呼び出してから五分後に到着するように変える」
「呼んだらすぐ来い」
ルドガーがまた偉そうに言っている。
「五分前に呼べばいい話でしょ」
「おい、帰る前に魔物でも退治していけ。魔狼がうるさく吠えている」
リリアムは鼻で笑って言った。
「それってお願い? 悪魔との取引は高くつくよ」
ルドガーとクラレッドは黙り込んだ。
しかし、フェルノーは全然臆さず突っ込んでくる。
「高いってどれくらい?」
「悪魔に支払うものは魂と相場が決まってる」
「じゃあ魂を渡したらリリィちゃんを抱かしてーって言ってもいい感じ?」
そう言って近づいて迫ってくる。
顔の近さにぎょっとする。
すぐに避けようとして、フェルノーが笑っていることに気付いた。
彼はリリアムが嫌がっていることに気付いてやっているのだ。
そう思い当たるとムカッとくる。
大体、この手の遊び人は手当たり次第遊びつつ、本命には手が出せないのが鉄板だ。
本命は例えば義理の母や姉、血が半分繋がった妹など。まあ前世のゲームや漫画の知識だが。
だからリリアムも言ってやった。
「その時は、お前が心底愛しているが、実際には触れることも出来ない女の姿を見せてやろう」
「……!」
フェルノーの瞳孔が開いた。咄嗟に剣に手をかけて今にも抜きそうだ。
どうやら図星を指したらしい。
リリアムはふわりと空に浮かんで笑った。
「顔色が変わったね。いつもその表情でいれば?」
「何を知っている……!」
声も低くマジトーンだ。
「何も。悪魔の言葉に耳を貸すな。言葉遊びを仕掛けるのも止めとくんだね」
そう言ってテントの外に出た。
「どこに行く」
「帰るに決まってる」
呼び出されるのは魔法陣があるからどこにでも瞬時に行ける。
しかし、帰るのは普通に魔法で帰らなければいけない。移動魔法は屋外でしか使えないのだ。
移動魔法を覚えておいて良かった。さもないとこの王都のはずれの野営地から歩くか小刻みに空間転移で帰らなければいけないところだった。
「パッと消えて帰れないのか」
それを知ってか知らずか、ルドガーが突っ込んでくる。
「こっちも制約が色々あるの。帰る時は普通に魔法!」
「だが、以前は宿から歩いて門に向かっていたようだが?」
クラレッドが以前、迎えに来た時のことを思い出したのか余計なことを言う。
あの時はまだ魔法を覚えていなかった、とも言える訳などない。
「色々あるの! じゃ、次は着いてから呼ぶように」
この部屋着じゃ威厳もないがせいぜい偉そうに言う。
ルドガーがめっちゃ馬鹿にした目で見降ろしているが。
我、魔族ぞ? もっと恐れられてもいい存在なのに。
ムスっとしながらリリアムは移動魔法で自宅に戻った。
そういえば、夜だし勇者にアポ取りもしておくか。それに、イヴリンに頼んで呼符に五分の猶予を付けるようにしたい。
こんなに勤勉な淫魔は居ないな。
リリアムは自分に感心しながら、裸足でマイホームの門をくぐったのだった。




