名も無き者たちのある一幕
「何か申し開きはあるか?」
殿下は冷たい声で私に問いかけられましたわ。
「……」
この場で何を言えば…。数人の方が侮蔑の籠った目で私を睨み付けていらっしゃるのに。
「何も言わないということは…」
けれど、この場で身の潔白を訴えないのも悪手ですわ。
「………、身に覚えはございませんわ」
睨み付ける者たちに向けてはっきり言いましたわ。
視線はきつくなり、殿下も私の言葉に眉を寄せ眉間に深い皺を作られましたわ。
「白々しい」
「この期に及んで」
「みっともない」
「何を今さら」
「嘘つきめ」
思った通りの反応に大きく息を吐きたくなりますわ。
「では、何故すぐに答えなかった?」
怒りの籠った殿下の声に私は口角を上げますわ。
「信じる気のない者に何を言っても無駄か、と」
嘲笑の笑みを浮かべ、睨み付ける者たちの顔を順番に眺めましたわ。どの方もため息が出そうなくらい馬鹿面というか間抜け面というか、端正な顔立ちが台無しになっておられましたわ。
「何を!」
「生意気な!」
「可愛げのない」
「減らず口を」
「恥知らずな」
「わたくしとその方とどちらを信じられているか…」
睨み付ける者たちに守られるように震えている小さな体。それが本当に(恐怖で)震えていないのを私は知っていますわ。
「誰がお前などを」
「苛めていたくせに」
「権力を笠にきて」
「信じられなくて当たり前であろう」
「彼女が嘘をつくはずがない」
「お分かりいただいて? 証言がまったく正反対なのに調べもせず責めるだけ。貴方様を含め公平な判断を求めるのは無駄なような気がしまして…」
本当に呆れてしまいますわ。
「私を愚弄するのか?」
殿下の眦がますますつり上がっていますわ。怖くありませんけど。
「あら、何を仰いますの? 身に覚えのないことで一方的に責められているのはこちらですのに…」
悲しく見えるように視線を床に落とすがすぐに戻しましたわ。嘆いている暇はありませんから。
「証言はその方と周りにいらっしゃる方々のみ、証拠品も誰が行ったのか断言できない物ばかり」
はぁ。とうとう息を吐いてしまいましたわ。
「例えば、休憩時間、貴方がたのどなたかがその方の側にいらっしゃるのに虐げることが出来まして?」
本当に言いがかりばかりで困りますわ。
「女性しか入れない場所だ」
「それを使わないよう虐げていた」
「わざわざ遠い所まで」
「短い休憩時間を使って」
「彼女はお前たちに会わないように気を使っていたのに」
私は片手を頬に当て首を少し傾けますわ。困っているポーズですわ。
「ええ、殿下に言われましたからご使用を許可致しましたが、あの場所にトイレが出来たことをその方はいつお知りになられたのか。まだ、学園の案内図にも載っていない新築のトイレですのに」
はあ。また息を吐いてしまいましたわ。
どうなるのか固唾を呑んで見守っている周りから小さなざわめきが波紋のように広がっていきますわ。
「その方にお会いしないように学園に無理を言ってわたくしの私財で建てましたの。ですから、その方の教室からわざと離して通いにくい場所にありましたでしょう」
殿下の細められていた目が一瞬で大きくなりましたわ。
その方がお使いになられたいと願われた気持ちは分かりますわ。せっかく作るのですもの、使いやすさと快適さを追求したものにしましたから。
「殿下に聞かれましたのでその旨お伝えしようとしたら
『学校の施設を使わせないとは何事だ!』
と何も聞かずにお叱りだけ受けまして。建ててある土地の借地代も学園に支払っておりますから、わたくしの施設として使用する方はわたくしが決めてもよろしいかと思いましたのに」
小さく息を吐いて殿下をチラリと見ましたわ。頬の辺りがピクピクと動いていらっしゃるわ。あの時、殿下はこちらの話を一切聞こうとしませんでしたから。
「そんなの嘘だ」
「建てられるわけないだろ」
「出鱈目だ」
「学園にあるのだから学園の施設に決まっている」
「平等に使えるはずだ」
「学園に確認していただければはっきりするかと。正式な借用書も取り交わしておりますし、建てるに当たって陛下の許可もいただいております」
学園は王立ですので、総責任者は国王陛下になりますわ。ちゃんと謁見を申し込んで許可書をいただきましたわ。
私は正式な書類で全て契約しておりますわよ。こういう物を確固たる証拠というのですわ。
それでも疑うのでしたら国王陛下に確認されるとよろしいのですわ。
「そういえば、二ヶ月前の放課後に私物が壊されたと仰っていましたが、わたくし、ここ半年、授業が終わったらすぐに王宮に通っておりました。半年前でも放課後が空くのは月に二・三度でしたわ」
どなたとお間違えなのでしょう?
「そんなことはない」
「往生際の悪い」
「偽証など」
「本人がやらなくても」
「取り巻きにやらせれば」
大きく息を吐きたいですわ。
「王宮の記録を確認していただけたらよろしいですわ」
殿下の額から汗が流れ出しましたわ。王宮の記録を改竄することは重罪になります。そんなことしませんし、する必要もありません。事実なのですから。それにこれも立派な証拠ですわ。やはり何一つその方の話を確認されませんでしたのね。
「それから、わたくしに取り巻きはいませんわ。友人ならおりますけれど。友人とはこのような言いがかりをつけられないようその方に近づかないよう注意し合っておりましたのに…」
とても残念ですわ。
「それにその方は二ヶ月前の放課後わたくしに似たような方を、そちらの方はわたくしを見たとはっきり仰いましたわ」
私は震えているその方を見て、その周りにいる一人の男を見ましたわ。赤黒い顔色になって益々醜悪になっていますわ。元が良かった分、とても残念ですわ。
あら、その方、本当に震えてみえるのかしら。顔色も悪くなっていらっしゃるわ。
「み、見間違い? いや、半年前のことだったんだ!」
無理がありますわ。壊された私物は半年前ではまだその方が持っていらっしゃいませんでしたわ。三ヶ月前に学園から個々に支給された物ですから。それにその頃はまだ殿下との仲はまだよろしかったので、用事のない放課後は殿下とサロンでお茶を楽しんでおりましたわ。貴方とはもう挨拶もしない関係でしたけれど。
「ともかく、先程貴方々が証拠として仰ったことは王宮の監査官の方々に調査していただいております」
あら、その方、真っ白になられてガタガタ震えていらっしゃるわ。殿下の顔色も白になっていますし。
「わたくしや友人たちの行動履歴はすでに提出済みです。その方には陛下にお願いして影を付けさせていただいたので、その方の行動履歴も監査官の方々はもうご存知だと思いますわ」
ここはにっこり笑うところですわね。
「ぎゃぁー」
その方がいきなり叫ばれましたわ。そして、床に膝をついて頭を抱えていらっしゃいますわ。
「ごめんなさい。ごめんなさい。出来心なの。赦して…」
さあ、何のことか分かりませんわ。
「殿下、婚約破棄の件、了承いたします」
「……、ああ…」
急変したその方の態度に殿下たちが呆然とされていますわ。
「わたくしは
『謝ってくれたら』
なんてことは申しませんわ」
一瞬、期待に満ちた目で私を見たその方はガクッと肩を落とされましたわ。
「どちらが悪いのかはっきりしましたら」
あら、顔色が悪い方ばかりになりましたわ。
「皆様、名目は名誉毀損と慰謝料になりますかしら? 各々の弁護士に相談し禍根を残さない償いを致しましょうね」
どちらが償うことになるのかしら?
とても楽しみですわ。
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