領主
魔物の氾濫から、2か月ほど過ぎたある日。
私は今、初めて入った貴族街の中にある、
領主館の謁見の間で跪き、
黙って話を聞いている。
あの氾濫の事を、後悔と共に思い出しながら。
魔物の氾濫そのものは、
私の活躍もあって、無事に撃退した。
しかし、森のかなりの部分が消失していた。
私もすぐに消火をしていたため、
大規模火災にこそならなかったが、
それでもかなりの部分が、
焼け野原になっていた。
その有様を目の前で見せつけられた、
傭兵や騎士達は、私の事を、
まるで化け物を見るような目付きで見ていた。
私はこの時初めて、
祭司長の言いつけを破った事を理解し、
激しく後悔した。
都市では、私の所業が、
すぐに知れ渡るようになり、
特徴的な耳とあいまって、
「耳長の悪魔」と呼ばれるようになった。
私は都市を歩いていても、
誰にも話しかけられないようになった。
私は、お貴族様以上の腫れもの扱いになった。
この都市で、
私とまともに会話してくれるのは、
団長とエルクとルースだけである。
私の大事な親友の二人が、もしいなければ、
とっくに世捨て人になり、
里に隠居していただろう。
それでも、
(そろそろ、里に帰りましょうか)
そう思い始めた頃、
私の自宅前に、お貴族様の立派な馬車が止まり、
領主様からの出頭命令を伝えた。
なかばヤケクソぎみに素直に従い、
現在、謁見の間で官僚らしきお貴族様からの、
ありがたいお話を聞いている。
この先に領主様が座っているらしいのだが、
下賤な平民程度では、顔を見る事も許されず、
ずっと頭は下げたままだ。
語られた内容を簡単にまとめると、
『いんふぇるの』の魔法式を開示する代わりに、
下級貴族にしてやるというものだった。
「平民が下級とは言え、正式な貴族になるのは、
前代未聞の事であり、
ましてや、異民族を貴族にする等、
本来はありえないので、
感謝するように」
と言われた。
私にとっては、全くありがたくない、
今回の魔物の氾濫時における、
論功行賞も含めた、
「特別な褒美」とやらをいただいた。
直答すら許されていなかったため、
反論する事なく、黙って褒美とやらを受け取る。
あの、いんふぇるのの魔法は、
魔力をかなり大量に必要とするため、
おそらくは、ヒム族の魔術師程度では、
まともに起動すらできないだろうという事を、
黙っていたのは、せめてもの抵抗だ。
(拷問されて、
無理やり魔法式を聞き出されるよりは、
マシですか)
と、ぼんやり考えていた。
下級貴族になったので、
村を一つ領地としてくれるらしい。
ガイン村という所で、
ガルムの都市の近辺にある事だけが、
救いだった。
(それなら、里の方向にも近いので、
ちょくちょく里帰りできそうです)
そして私は、ヒデオ・ウル・ガインという、
下級貴族になった。
この「ウル」というのは、
英語で言う所の「of」のようなもので、
ガイン村のヒデオさん、という意味になる。
これは、しばらく後で分かった事だが、
このガイン村は、
他の下級貴族が直接統治する村と比較すると、
かなり小さい村で、
元々は、ガルムの都市の領主様の、
直轄地だったらしい。
なりたくもない、
お貴族様になった私ではあったが、
居心地の悪くなったこの都市から、
逃げるようにして、自分の領地に向かった。
ガイン村は、
特にこれといった特産品もない小さな村で、
畑が広がるのどかな村だった。
さすがに都市の貴族街のような、
内壁こそなかったが、
それでも村の中央には、
村の規模からすれば、
無駄に広い領主館が建っていた。
ちなみにこの館、入った時には無人であった。
本来なら、お手伝いをするメイドさんや、
領主業務を手伝う官僚が、いたらしいのだが、
私には必要ないので気にしない。
どうやら、平民上がりの、
異民族のお貴族様に使える等、
ゴメンだという事らしい。
皆逃げてしまったようだ。
特に新しい人生の目標もなかった私は、
そのまま村の領主を始める事になる。
せめてもの意趣返しに、
(少しでも、村を発展させてやりましょう)
と思いながら。




