幸せな日常、再び
それから1年ほどが過ぎた。
今は私の自宅で、
エルクとルースと、一緒に食事をしている。
元から仲の良かったこの3人ではあるが、
この1年で、一番の親友になっている。
「このお肉、美味しい!」
「柔らかくてうまいな。
ヒデオ、これ何て料理?」
「これは、『ハンバーグ』と言います」
ソースのレシピが分からなかったため、
適当に味付けしたものだ。
私としては、まだまだ不満な味なのだが、
二人には好評なようだ。
なぜこんな事をしているのかというと、
新しい魔道具の市場調査も兼ねている。
なんとなく、
(ミキサーがあれば、ひき肉が作れるので、
ミキサーの魔道具が欲しいですね)
と思い、昔のツテを利用して、
ルツ工房に作ってもらっていたのだ。
ただ、この世界では、魔道具は高価だ。
「みじん切りが簡単にできる程度のために、
わざわざ魔道具は購入しませんよ?」
そこを指摘された私は、
渡された「みきさー」の魔道具の試作品を使い、
有用な使い方をプレゼンするために、
新作料理を開発中だ。
その第一弾がこの「はんばーぐ」で、
今二人に試食してもらっている。
この世界の常識に、すっかりなじんだ私は、
無理に異世界の料理を広めようとは、
思わないが、
私の食生活のためにも、
もうちょっと開発してみたい。
(いつかは、生姜焼きを作りたいです)
そう思いながら、
自家製の味噌の研究もしている。
そう、味噌である。
実は王都までの護衛依頼を受けた時に、
露店で偶然に大豆を発見していた。
この国での大豆は、家畜のえさとの認識のようで、
不作の時であれば食べるが、
無理してまでは食べないそうだ。
(大豆があれば、時期によっては、
枝豆も食べられます)
と思った私は、
大豆を栽培している付近の農家を調べ、
季節を待っている。
味噌の製造工程は簡単なのだが、
材料調達の段階で躓いている。
味噌の自作に必要なのは、大豆、麹、塩である。
このうち、麹が問題だ。
前世であれば、種麹屋から簡単に購入できるが、
そんなものは、もちろん存在しない。
麹はカビの一種であるため、
パンに生えたカビを採取し、
今はそれを増やしながら実験中である。
食中毒が怖いので、慎重にやっている。
19歳になったルースは、
だんだんとあどけなさが抜け、
美しく成長している。
いつも3人で、あちこち遊びに行っているが、
傭兵団の仲間達は、ある事を予想して、
賭けをしている。
私とエルクのどちらが、
ルースを射止めるかというものだ。
以前であれば、私は即座に否定しただろう。
「私にそんなつもりはありません」
と。しかし、否定できずにいる。
年を取らない私では、女性を不幸にする。
重々分かっているが、どうしても否定できない。
私には恋愛感情がないと思っていたので、
私が一番驚いている。
私は結婚する事は、ないだろうが、
(せめて、もう少しだけでも、
この関係を続けたいですね)
と思って、ルースとの微妙な距離感に、
いつも困惑している。
ルースは魔導士である上に、
私から見ても才能の塊だ。
「魔法について、もっと教えてちょうだい」
そう頼まれた私は、
時々、自宅に招いて教えている。
異世界の知識満載の、
私のオリジナル魔法を教える事は、
自重しているが、
魔法式の内容を改良する方法は、
少しずつ教えている。
最近では、文字と算数も、
エルクとルースに教えている。
里では誰も興味を示さなかった、文字ではあるが、
二人は都市に住んでいるため、
必要性が理解できるのか、
熱心に勉強している。
「ルース、りばーしやろうぜ」
何度も訪ねて来るうちに、すっかり、
勝手知ったる我が家になっていたエルクは、
自分で、私の手作りのリバーシのセットを、
持ってくる。
私は既に十分なお金を持っているので、
これで商売しようとは、考えていないが、
個人的な娯楽の一つとして、作っていた。
ただ一つ誤算だったのは、私は強過ぎたようで、
早い段階で相手にされなくなり、
今では、幼馴染コンビの、
お気に入りの遊びになっている。
(3人で遊べる、トランプでも作りますか)
ふと考えた。
この国の羊皮紙では強度が足りないため、
トランプには向かないが、
木札で代用すれば良いだろう。
数が必要なため、
木工職人に発注する必要があるだろうが、
私の財力であれば、
その程度の大量発注は何ともない。
3人で仲良く大富豪で遊ぶ姿を思い浮かべ、
ほっこりしながら、
リバーシの対戦風景を眺める。




