引退
それから時は流れ、
私がちょうど50歳になった頃。
親方が引退した。
当初の予定通り、私も同時に引退し、
席を後進に譲った。
親方と出会ってから20年。
すっかり老けた親方は、
「お前は寿命が長くていいよな」
と笑った。
先祖返りの秘密に触れる会話のように、
聞こえるかもしれないが、
全く変化のない私の外見は、
ヒム族から見れば、既にかなりおかしかった。
今の所は、森アルク族だから、
で押し通しているが、
それがまかり通るのも、後十年くらいだろう。
そろそろ何らかの対策を考えるべきか。
あれから、私が開発にかかわった魔道具は、
「どらいやー」の魔道具だけだ。
元々、同じような機能の、
熱風を出す魔道具はあった。
ただ、壁に固定する大型のタイプだった。
基本アイデアを出した後は、
開発は基本的に他の人に任せた。
ウチの工房には小型化技術があるので、
比較的簡単にできた。
ただ、出力等の調整のために、
魔法式を調整する所だけは、
私が行った。
この魔道具は、
私の記憶にあるドライヤーよりはかなり重たく、
使いづらそうなものではあったが、
それでも、壁に固定されているものと比べれば、
風向きが自由になる事から人気になり、
がすおーぶん以来のヒット商品になった。
この間に工房は二回目の引っ越しをして、
かなり大きくなっている。
そのタイミングで、私は借家生活を止め、
自宅を購入した。
独身貴族が広い家に住んでも持て余すので、
収入の割には狭い家だが、我が城だ。
私の自宅は、工房自慢の魔道具で溢れていた。
ボタンを押せば水やお湯が出て、
お風呂も完備していた。
お風呂用の給湯の魔道具は、
工房の技術力で小型化はしていたが、
それでも少し狭い我が家に、
バスタブと同時に設置するのは、
簡単にはできず、間取りを変更して、
無理やり詰め込んだ。
「そこまでして、風呂に入りたいか」
と周囲には言われたが、もちろん入りたい。
(元日本人を、なめないでください)
お湯を扱う魔道具が、
巨大になるのには理由がある。
火を扱う魔法があるので、
水を加熱する事は簡単だが、
瞬間湯沸かし器のようなものはなく、
一定量の水を内部に確保して温めるためだ。
また、開発するつもりはなくても、
ついつい新たな家電の構想を考えてしまう。
(後はクーラーと冷蔵庫、冷やす系統が、
できたら欲しいですね)
暖房については、
どらいやーの魔道具から分かる通り、
温風が出るものは既にあったため、
そのまま利用している。
暖炉の代わりとして使われるもので、
イメージとしては、
ゴツいファンヒーターだろうか。
実は魔法で氷を作る事には、成功している。
どらいやーの魔法式等、
温風を作る魔法式の解析で、
コマンドセットの中から、
温度に関係するものが判明したからだ。
知的好奇心で実験した結果、
温度のコマンドを、
マイナス方向に割り振る事で、
できてしまったが、
非常に効率が悪かった。
実験をした事はないが、
おそらくはヒム族の魔術師の魔力では、
ごく少量しか作れないはずだ。
もし魔道具にするなら、
ご禁制の私の魔石が必要だろう。
それでも温度を冷やす魔法は、
何か応用ができそうだと考えている。
引退した私は、いったん里帰りし、
一か月ほどゆっくり長期滞在してから、
今の自宅に帰った。
一か月と言ったが、この王国にも暦はあった。
一週間が6日で、5週間で一か月。
つまり、一か月がきっちり30日で、
十二か月で一年。
一年は360日ちょうど。
元の世界の暦に非常に良く似ているが、
一か月の長さ等から、
おそらくは、
太陰暦が元になっているのだろうと、
予測している。
ちなみにこの暦、割と季節がずれる。
一年二年なら問題ないが、
十年ぐらいすると、一か月ほどずれる。
このずれは、適当な時に、
うるう月が増える事で調整される。
適当な時というのは、王様から命令されたら、
うるう年。
まるまる一か月増える事から、
十年でちょうど三十日ずれると仮定すれば、
一年で三日ずれる計算になり、
一年は大体363日ぐらいだろうと予想している。
しばらくは、何をするでもなく、
のんびりと暮らしていたが、
そろそろ次の仕事を探す事にする。
とっくに転職先は決めていた。
傭兵団だ。
訪れた最初の都市で、
かなり長い間腰を落ち着けたが、
十分過ぎるほどお金は持っているし、
いざとなれば、手に職はあるので、
魔道具師として、いつでも金は稼げる。
(やっぱり、次は冒険がしたいですね)
という思いを胸に、私は傭兵になった。




