名前
夕方まで歩いて、シユス村に到着した。
今世で初めて見た畑に、
ちょっとテンションが上がる。
(里の食事もうまいですけど、
この世界の栽培された野菜って、
どんな味でしょう?)
ちらほら見える、農作業中の村人達の中には、
なんだか農民にしては、
やけに鍛えているように見える人が、
ちょいちょい見える。
(あれが、
自由民の自警団の人達なんでしょうね)
何もこんなへき地に村を作らなくてもと、
思うかもしれないが、
何らかの理由で国から逃れ、
自由民となる人が、一定割合いるそうだ。
借金が返せなくてとか、あるいは、
犯罪者が投獄されるのを恐れてとか。
そのため、自由民への過去の詮索は、
マナー違反のようだ。
魔物を定期的に間引かなければならない、
この世界では、少人数の村では、
魔物の襲撃から自衛できない。
そのため、村が離合集散を繰り返し、
ある程度の規模を、維持するそうだ。
村に近付くと、外で遊んでいた子供に、
驚いた顔で話しかけられる。
「こんにちは。おにーちゃん。
もしかしなくても、隠れ里の人?」
ファーストコンタクトは成功だ。
不審がられたり、
避けられたりしなくて良かった。
私は言葉遣いを崩し、
できるだけフレンドリーに会話する。
「こんにちは。うん、そーだよ」
「私はミルってゆーの。
おにーちゃんの名前は?」
名前と言われて固まった。
(ヤッベ。私には名前がないのでした)
成人したら考えようと思っていたのに、
いつの間にかすっかり忘れていた。
後から考えれば、適当に祭司と名乗るなり、
正直に名前をこれから決めるとか、
言えばよかったのに、
あせってぐるぐる空転する頭で、
とっさに答えてしまった。
「ぼくの名前は、ヒデオだよ」
言った瞬間に、強烈に後悔した。
(いくらなんでも、ヒデオはないでしょうに)
漢字で英雄。
どっかのメジャーリーガーでも、思い出したのか?
「なんだか、不思議な感じのする名前だね。
隠れ里っぽくて、いい名前だと思うよ」
「ありがとう。
ミルちゃんの名前も、かわいい響きだね」
心の中で、
(ないわー。超ないわー)
と繰り返していた名前だが、
意外とこの世界では、
ウケがいいのかもしれない。
ちなみに、隣で荷車を引くアルスさんは、
今とっさに名付けたのに気付いたようで、
少しニヤリとしている。
「村長さんの家に泊まるんでしょ?
隠れ里の事、お話してくれない?」
「うんそうだよ。お話は喜んで」
そう言うと、笑顔になったミルちゃんは、
「皆に知らせて来るね!」
と言って、走り出した。
こういう村には宿屋がなく、
旅人は広めの邸宅がある、
村長が泊めてくれるらしい。
のんびり歩いていると、牛を見つけた。
早速、いくつか質問してみた所、
だいたいの牛や馬は農耕用で、
年を取ったらつぶして食べる事もあるが、
食肉用に飼育している訳ではないらしい。
王国には畜産業もあるが、
基本的には貴族向けのようだ。
魔物肉が安く手に入るので、
牛肉は高級品だとか。
「お貴族様は、魔物肉食わないからな」
アレンさんに言われて驚いた。
魔物肉は、下賤な平民の食材という認識らしい。
「魔物肉、うまいのに。
もったいないですよね?」
アルスさんも同意している。
そろそろ夕食の支度が始まっている民家は、
木造平屋建てではあるが、
里の掘立小屋と比べると、
かなりしっかりとした住宅だった。
内装も見てみたかったが、
(村長宅で、見れば良いだけです)
と考え直した。
途中、私を見かけた人が皆驚いた顔をする。
子供の一人が指さして、
母親らしき人になにか聞いている。
恐れられている感じがしないのには、
胸をなでおろしたが、
珍獣扱いされているようで、落ち着かない。
(歩いてわずか一日の距離の住人が、
そんなに珍しいのでしょうか?)




