原油
それから3年ほどの月日が流れた頃。
少し前にシゲルが旅立っていた。
私はエストとの約束を守り、
笑顔で見送る事に成功していたが、
家族達はなぜか、そんな私の様子を見て、
余計に涙を流していた。
涙を流せない私の代わりに泣いてくれる、
その姿がとてもありがたくて、
私は黙って家族に頭を下げていた。
そして、それからしばらくして、
夫の後を追うようにして、
クレアさんも息を引き取った。
相次いでひ孫夫婦を二人とも亡くしたため、
私の胸に、ぽっかりと穴が開いたような、
寂しさを感じていた。
エストが望んだ通り、空元気でも良いからと、
自分を奮い立たせ、
なんとか日常業務をこなしていたが、
胸のこの寂寥感だけは、
なかなか消えてくれなかった。
(こんな事では、エストの巨大な愛情に、
報いる事ができませんね)
私はそう思い、せめて気分転換にと、
昼食を取るために外食に出かけた。
どうせ気分転換をするのならと、
ガイン自由都市で評判の高級料理店に入った。
この店は高級店であるため、
料金がそれなりに高額ではあるが、
この都市の平民であれば、
たまの贅沢として利用できる程度の、
良心的な価格設定がなされていた。
そのため、
記念日等に利用される特別な店として、
とても繁盛していた。
入店した私は、平民にとっては珍しい、
牛肉を使ったフルコースを注文し、
静かに料理を待っていた。
そうすると、隣の席の家族の会話が、
自然と耳に入ってくる。
「ねえ、あなた。
セネブ村の黒い水の話は知っている?」
「なんだい。それは」
「なんでも、セネブ村には、
黒い水と言われている、
油が湧き出しているそうなのよ。
その油は、無料で利用できるのですけど、
とても臭いがきつくて、
お金に困った平民しか、
利用していないのですって」
私はその話を聞いた時、
とても思い当たるものが浮かんだ。
「すいません。ちょっとよろしいですか?」
気付くと、隣の席に話しかけてしまっていた。
「あら。初代様から話しかけてくださるなんて、
光栄ですわ。なんでしょう?」
「その黒い水について、
詳しく教えていただけませんか?」
「それは構いませんが、
私も友人から聞いただけですので、
そこまで詳しくは知りませんよ?」
そのようにして、話の詳細を聞き出した私は、
善は急げとばかりに、
その足でセネブ村へと向かった。
幸い、割と近場にあったため、
乗合馬車を使えば、その日のうちに到着できた。
私を見かけた村民が、
村長に連絡してくれたようで、
しばらくすると、彼の方から訊ねて来てくれた。
「これはこれは、ガイン家の初代様。
このような辺鄙な村にお越しくださり、
とても光栄ですが、何用でしょうか?」
「この村で使われている、
黒い水に興味がありまして。
私の想像している通りのものであれば、
この村は大きく発展しますので、
その湧き出ている場所まで、
案内していただけませんか?」
「あれに、そのような価値があるとは、
とても思えませんが……」
そう言いながら、案内された場所を見て、
私は感嘆の声を上げた。
「素晴らしい……! 間違いありません。
これは『原油』です!!」
うれしさのあまり、
思わず大声を上げてしまった私を、
村長は怪訝な目で見ながら、問いを発する。
「ゲンユですか?」
「ああ。すいません。
ここからは遠い国の言葉で、そういうのです。
この黒い水の正式な名前がありましたら、
ぜひとも教えていただけませんか?」
「私達はこれを、原油と呼んでいます」
私はこの国での、原油に当たる単語を知った。
ちなみに原油とは、
未精製の状態の石油の事である。
なおも怪訝な目で見ている村長に、
私はこの原油の価格を聞く。
「すいません。この原油を樽に詰めて、
ガイン自由都市のダイガクまで、
運びたいのですが、
おいくらで売っていただけますか?」
「これは、皆自由に使っていますから、
お金は必要ありませんよ?」
「それはいけません。
この原油は、この村を……いえ。
この国を大いに富ませる原動力になります。
ですので、
きちんと価格設定をしておかなければ、
大損しますよ?」
私はそう述べて、
村長ととりあえずの取引価格を設定した。
私では、
適正価格がいまいち判断できなかったので、
後に正式に担当商人を決めて、
変動相場制で取引する事も、
合わせて約束をした。
そうやって買い取った原油を、
人手を雇って手頃な樽に詰めた。
その日はもう乗合馬車がなかったため、
村に一泊して、翌日に馬車を手配し、
お金を払って輸送してもらった。
「これからは、研究が忙しくなりそうです。
落ち込んでいる暇は、全くありませんね!」
やるべき事を見つけた私は、今度こそ、
元気を出して日々を送る事を、
決意したのであった。




