プロローグ
こちらは最初に書いた旧バージョンになります。
加筆修正を加えた改訂第二版の「先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~」を用意しておりますので、そちらを参照いただけたら幸いです。
私の住む里は森の中。
私達はアルク族と言われる、狩猟採集民族だ。
里の人口は、200人にも満たない小さなものだ。
「これでも、
この里もだいぶ大きくなったのじゃぞ?」
長生きの祭司長の感想である。
私は祭司と呼ばれる、
今年で7歳になる男性の幼児だ。
私には、前世と思われる記憶があり、
いつの頃からか、
これは自分だけのものだと気付いた。
ただ、前世の自分の名前や、
友人関係等の個人情報は思い出せない。
どうやら情報工学科の大学を卒業して、
プログラマーになったらしい。
趣味は読書だったようだ。
プログラマーと言えば、
普通は理系だと思うのだが、
なぜか読書が好きで、
様々な本を読んでいたため、
いろいろと知識はある。
しかし、この里で入手できる材料では、
使い道がない。
例えば、この里での調味料は塩のみのため、
醤油とは言わずとも、せめて味噌が欲しいのだが、
作り方は覚えていても、
そもそも大豆が手に入らない。
アルク族は記憶にある中では、エルフが一番近い。
しかし、耳はとがっているが、
特に長いというほどでもない。
菜食主義者という訳でもなく、
普通に狩りをして肉も食う。
美形ぞろいでもなく、
中年や老年のものもいる。
それでも、個人的な価値観では、
色白なこの一族は美形だと思う。
しかし、里の価値観では、
肌の色が濃いほど珍しく、美しいとされる。
髪の色は銀髪や金髪が多く、まれに茶髪がいる。
ごくまれに、黒髪のものが生まれるらしいが、
この時代にはいないようだ。
この里では茶髪や、
特に黒髪は美しさの象徴らしく、
逆に銀髪や金髪はありふれた色で、
ありがたがられない。
私は残念ながら、一般的な銀髪で色白だ。
家は普通に木材を使った掘立小屋で、
別に自然と調和した、
エルフのような家ではない。
アルク族は、30を少し超えるぐらいで、
成長が止まり、60を超えた辺りで、
ゆっくりと老化が始まる。
寿命は長くても、200年ぐらい。
この事から、寿命や成長速度は、
人間の2~3倍だと思われる。
自分と祭司長だけは、
記憶の中のエルフにとても良く似た、
長い耳を持つ。
自分と祭司長は、先祖返りと呼ばれていて、
祭司長は、とても美形の女性だ。
ただ、祭司長は肉付きの良いナイスバディで、
スレンダーではない。
しかも、髪の色は美人とされる茶髪で、
里のものから見ても、とても美人らしい。
色香を漂わす美女でありながら、
言葉遣いは老婆のようで、ギャップが激しい。
先祖返りは、とても長い寿命をもつが、
正確な事は分からない。
里に残る言い伝えでは、
少なくとも、1000年以上の寿命があり、
老化が始まった先祖返りは、
過去確認されていない。
病気や事故で亡くなった例はあるが、
老衰で死んだ先祖返りはいない。
「祭司長様は、今、何歳なんです?」
ある時、聞いてみた。
「そうじゃのぅ。
400歳ぐらいまでは、数えておったのじゃが、
ちと、覚えておらんな」
祭司長が今何歳なのかは、里の誰も知らない。
先祖返りは子供を作らない。
言い伝えでは、
先祖返りはそもそも子供ができにくく、
できたとしても、一般的なアルク族になり、
寿命の関係で、子供の方がはるかに早く亡くなる。
そのため、
自然と先祖返りは、崇拝の対象にはなっても、
恋愛の対象には、ならなくなったそうだ。
「では、将来、大人になった私と祭司長様が、
結婚して子供を作ったら、
どうなるのですか?」
私はできるだけ子供らしさを装いながら、
疑問をぶつけてみた。
「何じゃ。
祭司は、わしと結婚がしたいのか?
うれしい事を言ってくれるが、
先祖返りが同時に二人いた時代は、
かなり珍しい。
よって、どうなるかは、わしにも分からん」
(将来、さびしさに耐えられなくなったら、
祭司長様にプロポーズしましょう)
心の中でそっと、勝手に将来のお嫁さんを決める。
この里には暦がないため、
正確な誕生日は誰一人知らない。
誕生した季節が来たら、一つ年を取るといった、
おおまかなものだ。
いつかは、夏至や冬至の日にち等を観測し、
暦を作ってみたいが、
それには、長い年月をかけた観測が必要なため、
今後の課題にしている。
(寿命だけは長いんです。いつかは作りましょう)
密かに決意する。
自分の両親は、この里にいるらしいのだが、
誰かは教えてもらっていない。
おそらくは、
自分よりはるかに短命な家族との別れを、
なるべく悲しませないための風習であろうと、
推測している。
めったに生まれない先祖返りが誕生すると、
里を挙げての祝福の祭りが行われ、
里全体の子供として、
とても大切に育てられる。
私には個人の名前というものがない。
単に祭司様と呼ばれている。
「祭司も成人したら、
自分で自由に名を付けて良いぞ」
祭司長は教えてくれる。
ただ、祭司長も特に名前を名乗らず、
祭司長様と呼ばれている。
「祭司長様には、
自分で付けた名前があるのですか?」
どんな隠された名前があるのか、興味がわく。
「わしにも若い頃には、
自分で付けた名があったのじゃが、
誰にも名前で呼ばれなくてのぅ。
ずっと、祭司長様と呼ばれ続けたからの。
よって、自分で名を付けても、
あまり意味はないと思うがの」
教えてはもらえなかった。
先祖返りは皆から尊敬をあつめ、
自分も様をつけて呼ばれるが、
私が欲しいのは、対等な友人であるため、
とてもさみしい。
(幼馴染のかわいい女の子とか、
いたら良いのですが)
と、妄想する事もあるが、
同年代の里の子供達に、
敬語を止めるように何度頼んでも、
誰一人、敬う態度を止めてはくれなかった。
里では10歳で、
森の神様に成長のお礼の儀式を行い、以後、
魔法や狩りの技術等を学びだす。
前世の記憶では、
小学校入学のイメージが一番近く、
先生は里の大人全員。
もうお気付きだろうが、
この世界には魔法がある。
ただし、選ばれしもののみが使える、
特別な力と言う訳でもなく、
里のものであれば、
誰でも使える一般的なものだ。
この儀式後は、
ただ世話をされるだけの幼児を卒業し、
里を構成する子供として扱われ、
年齢や体力に応じた、
労働が義務付けられる。
自分は、祭司様と呼ばれている事から分かる通り、
里での冠婚葬祭の儀式を行う事が、
仕事になるため、
いずれは儀式の祝詞等を勉強するが、
一般教養として、狩りの仕方も習うようだ。
祭司には、里の薬師としての役割もあるが、
私はまだ7歳のため、
お手伝いもさせてもらえない。
里周辺で取れる薬草には、
解熱剤や鎮痛剤、化膿止めの薬等がある。
簡単な生薬のようにして、煎じて飲んだり、
乾燥させて、
細かく砕いたものをふりかけたりする。
(まさか、鎮痛剤はコカの葉のような、
麻薬じゃないでしょうね?)
と、心配になったが、良く考えたら、
(そういえば、前世でも、
純粋な化学物質としての、
コカインが抽出されるまでは、
民間療法として、使われていましたね)
そう思い出した。
中毒患者等は、見た事がないため、
よほど大量に、毎日摂取でもしない限りは、
安全なのだろう。
ちなみに、この世界の神様には名前がない。
単に森の神様、水の神様等と呼ばれている。
「祭司長様、神様には名前がないのですか?」
素直に疑問を投げかける。
「神様というのは、全てを超越した存在じゃ。
わしら、たかが地上を生きるものが、
勝手に名を付ける等、恐れ多い事じゃ」
祭司長は、私の疑問に、
何でも丁寧に答えてくれる。
この里での成人は30歳で、
成人の儀式が行われた後は、
大人として扱われる。
大人になれば結婚が許可され、
飲酒も解禁されるが、
この里では、酒はお祝いの時の、
儀式の一環のようなものの扱いで、
皆たしなむ程度しか飲まない。
魔法の言語を表すための、
魔法文字は伝わっているが、
それ以外の文字は、里では発明されていないか、
失伝しているらしい。
この里では、本はおろか紙もインクでさえも、
見た事がない。
アルク族には風、水、土の魔法が伝わっているが、
それ以外は、誰も魔法式を知らないため、
種族特性として使えないのかどうかは、
不明である。
ちなみに、風を使うから風魔法等と、
種類を区別しているだけで、
属性魔法のような、厳密な区分はないらしい。
里の生活では、水魔法で作り出した水を、
生活用水に使っている。
その様子を観察した限りでは、
大気から水分を取り出しているだけでは、
説明が付かず、
おそらくは、魔力を水に変換しているのだろう。
「祭司長様、魔法で鉄は作り出せないのですか?」
私はいつものように、祭司長に疑問を投げかける。
「そのような便利な魔法が、あれば良いのじゃが、
残念ながら、そのような魔法式は、誰も知らぬ」
この里には、風呂の習慣がない。
水魔法を使った、丸洗いですませてしまう。
シャンプーやリンスとまでは、いかなくても、
せめて、植物油からできた石鹸が欲しいと思う。
いつかは自作したい、目標になっている。
(でも、苛性ソーダって、
この世界にあるのでしょうか?)
私は石鹸のレシピを思い出しながら、
そっと心の中でつぶやく。
里にはヒム族の行商人が、
小型の荷車を人力で引いて、
塩や鉄製品、布等を売りに来る。
取引は、物々交換で行われる。
このヒム族は、里の外では一般的な種族で、
前世の知識では、どこからどう見ても人間である。
「アレンさん。
里の外でも、その荷車を引いているのですか?」
行商人に聞いてみる。
「馬鹿を言うな。
外では、馬という生き物に、
もっと大きな荷車のようなものを、
引かせている」
どうやら、馬車のようなものはあるらしい。
「ただな、森の獣道を渡るためには、
大きな荷車は、通れないんだよ。
だから、自分で小さいのを、
引いて来ているだけだ」
(アレンさんも、大変ですね)
心の中でつぶやく。
行商人の商品の中では、
矢じり等の鉄製品が、一番高価だ。
斧にいたっては、里の共有財産になるほどの、
レアアイテムだ。
「アレンさん。
どうして、鉄はこんなにお高いのですか?」
近頃では、
疑問に思ったら質問する癖がついてしまった。
祭司長が、何でも答えてくれるため、
ついつい、行商人のアレンさんにも、
質問してしまう。
「それはな、坊主。
この里では、鉄製品が作れない上に、
重くて一度にたくさんは運べないから、
どうしても、お高くなってしまうのさ」
気前良く、行商人のアレンさんは答えてくれる。
里の付近の森は比較的安全で、
一般の動物と、弱い魔物しか住んでいない。
魔物は、一般の動物と比べて体が大きく、
攻撃的になるが、肉はうまくなる。
魔物と動物との違いは、
魔石と呼ばれるものが、
体内にあるかどうかで決まる。
動物が魔力を浴び続けると、
魔物に変化すると言う、言い伝えがあるが、
本当の所は、誰も確認していない。
「祭司長様、動物に魔力をぶつけ続けたら、
本当に魔物になるか、確認できるのでは、
ないのですか?」
いつもの質問をする。
祭司長は、ものすごく嫌そうな顔で語る。
「祭司よ。
それは、最大の禁忌とも言える所業じゃ。
二度と、そのような考えは、
口にするでないぞ?」
優しい口調で、念を押された。
魔物を長期に渡って放置しておくと、
魔物の密度が一定を超えた時点で、
共食いが始まり、
だんだんと強力な個体に、成長してしまう。
この里の周辺は、常に狩りが行われていて、
手入れが行き届いているのも、
周辺に弱い魔物しかいない理由だそうだ。
ちなみに、この里で取れる魔石には、
それほどの価値はないようだ。
ただ、魔石に魔力を注ぎ込むと、
価値が跳ね上がるので、
里のものは、暇つぶしに魔石に魔力を注いでいる。
「祭司長様、魔力の詰まった魔石を、
たくさん作れば、
もっと楽に暮らして行けるのでは、
ないのですか?」
祭司長は微笑みながら、
いつものように答えてくれる。
「わしらは、これ以上の生活は望んでおらぬ。
今のままで十分、満ち足りておるからの」
私は行商人から、
外の世界の話を聞くのが大好きな、
変わり者の先祖返りと言われている。
「アレンさん。一度で良いので、
近くの村まで連れて行っては、
もらえませんか?」
ある時、私はわがままを言ってみた。
「祭司様!
そのような事は、おっしゃらないでください!
祭司様は、この里の皆の大切な子供です!
我々を、置いて行かないでください!」
周りを見渡すと、里の皆が泣きながら、
行かないでと懇願している。
「ごめんなさい。
ちょっと、言ってみただけです。
少なくとも、成人するまでは里から出ません。
約束します。どうか、安心してください」
私はあわてて、約束してしまった。
「アレンさん。
何で遠路はるばる、こんな森の中まで、
わざわざ、魔石を買い付けに来るのですか?」
「それはな。坊主。
ヒム族では、魔法が使えるものが、
あまりいないんだよ。
だから、魔力の詰まった魔石は、
外では高く売れるんだよ」
アレンさんも、近頃は私の質問攻めに、
慣れてしまっているようで、
気前良く答えてくれる。
「ここに、こういう里がある事はな、
ヒム族の国では、良く知られているんだが、
正確な場所は、
俺らの一族にしか伝わっていない、
秘伝なんだよ。
だから俺も、先祖代々続く、
由緒正しい行商人を、やっているってワケさ」
「じゃあ、その魔石は、何に使われるんです?」
「魔道具っていう、便利な道具に使われるんだよ。
ああ、分かってる、聞くな。
俺はその作り方を知らないし、
魔道具はとても高価でな。
行商人程度では、
持っているヤツも少ないだろうな。
ちなみに、この辺りの村では、
ひとつも見た事がないぞ?」
この世界の知識を、貪欲に吸収しながら、
私は、日々、成長を続ける。




