9 君の瞳に魅入られる
テスト後、王子グループに話し掛けられるのが増えた結果、嫌がらせがあからさまになってきた。放課後に第二王子の婚約者候補、ドラジェ様と取り巻きに囲まれて、俯いてただ聞いていると王子グループに遭遇してしまった。当然、テンプレ展開。「何をしている!?」から始まって「注意していただけですの」からの「賎しい身で色目を使わないで!」まで。
ちなみに王子達には婚約者候補がいるけど、子息ズにはいない。「大丈夫か」と王太子に肩を抱かれそうになったので、「大丈夫です。お騒がせ致しました!」と言ってダッシュで逃げてきた。子爵令嬢はダッシュNGだけどね。一応貴族ってバレてないしOK。
授業では魔法の実技が開始。満を持して魔法講師ドロッセルマイヤー先生の登場だ。この人は王家の親類であり平民でも知ってる位の魔術師で、王子達の入学に合わせて講師となった。忙しいので実技だけ担当するらしい。やはりキラキラの一味。推定攻略対象者だ。最初の挨拶の時から、メッチャこっち見てくるけど、実技だから教科書に逃げられない。
まず各自、何ができるのか何が出せるのかを一人ずつ先生の前でやってみる。終わったら帰れるので、まあ偉い順だ。――待てよ……。先生は生徒の素性を知っている。とすると男爵家より早く呼ばれた時点で、貴族ってバレるじゃん。どうしよ~。家名呼び禁止にしても、ランク順バレバレじゃん!意味ない!!
ちーん……。男爵令嬢にメッチャ睨まれながら私の番です。王子他高位貴族は退出してるけど、絶対後でバラされるよな……って先生何ニヤニヤしてんの!?初めましてだよね?侍女の振りとか清貧生活バレてないよね??
取り合えず初日なので指一本かららしい。指先から水をぽたぽた、火をぽっ、風をすー、砂をぱらぱら、蛍みたいな光がぱっ、小指の爪ほどの小さい蕾をちょんと咲かせ、先生が針で傷付けた指先をしゅっと治す。言われるままに流れ作業であっという間に終了。先にやった人の手元は見えなかったけど、所要時間は同じくらいだ。ニヤニヤしながら「はい終わり~戻っていいよ」と言われた。嫌な感じ。
後日そのことを無表情先輩に話したら、ガタッと椅子から立ち上がった。
「――目立ちたくないという君には、話しておけばよかったな……。」
「?!――何かマズいことやらかしちゃいましたか、私?」
「僕は治癒はできない。光も燈せない。それでもとても疎まれている……。普通は一つか二つしかできないんだ。」
「う……ぽたぽたぱらぱらでも??」
「どれだけできるかよりも何ができるかが重要だ。それは基本的に生まれつきのものだから。どれだけできるかは訓練でなんとかなるが、何が、は余程のことがない限り努力ではどうにもならない。」
「――ちなみに余程のこととは例えば?」
「死の淵から舞い戻った者は稀に属性が増えることがある。――僕は毒殺されかかって、生還した後、緑の属性が増えて瞳が緑になった。」
「――そういえば皆さん濃淡はあっても茶系統の瞳ですよね。先輩の目は珍しいのですか?」
「――珍しいよ……。憎まれる程に。君の瞳は……。」
先輩が近付いてきて、腰を屈めて無表情のまま、私の瞳を覗き込んだ。
「金だ。」
「え?!――てっきり薄茶かと。」
「暗い室内や前髪の影ではそう見えるかもしれない。できるだけ他人に知られないようにした方がいい。瞳の色が違うものは、死神に魅入られた者と言われるんだ。いつまた迎えが来るか分からない。近くにいると巻き添えにあうといって忌避される、誘死の瞳と呼ばれている。」
「そん、な……。――じゃあ!私達はその点でも仲間ですね。身分の高い人達を回避し、死神に抵抗する仲間です。――それに……私、達はきっと、死に損なったんじゃなくて、生まれ変わったんですよ。第二の人生です。前向きにいきましょう!」
「――ああ。そう……だな。」
そう言って先輩はにっこり笑ってくれた。指摘すると無表情に戻りそうだったので、私もただ微笑んだ。これで先輩ぼっちの謎は解けたけど、私は盛大にフラグを立ててしまったようだ。金の瞳。絶対私が死んで生まれ変わったせいだ。オデットの周りに瞳の色が違う人間がいなかった為か、記憶の中にもこの情報はなかった。親は気付かなかったのか……。オデットには秘密にしてた??金の前は何色だったんだろう……
すっと先輩が表情を戻し、席に着いた。振り返ると外に魔法講師が立っていた。あのニヤニヤ笑い、攻略対象者にしては嫌らしいかんじ。中には入ってこず、そのまま行ってしまった。伺うように先輩を見たが、黙って首を振ったので、私も定位置に戻った。
その後の魔法の授業では特に何も指摘されず、属性ごとに集まって練習をした。私は水のグループに入り、沢山の水やお湯、冷たい水を出せるように練習した。余りしゃべりたくないけど、先生にこの水は飲めるのか聞いてみた。「透明だから飲めるよ」と言って私がコップに出した冷たい水を一気飲みして、驚いた顔をこちらに向ける。「後で僕の部屋に来てね、お説教~」と言われてしまった。
同じグループだったドラジェ様には「信じられない、ドロッセルマイヤー様に怪しげな水を飲ませるなんて」と言われ、第二王子には「一緒に行ってあげようか」と言われ、それを聞いて激怒したドラジェ様に「先生や王子の貴重な時間を貴女如きに使わせるなんてとんでもない」と怒鳴られた。
俯いてやり過ごしながら、純水とか精製水といった概念はないのだと悟った。概念がなければ水は水なのだろう。私のイメージだと魔法で出す水は精製水なので、意識して飲料水を出すようにしよう。確かに先生には怪しげな水を飲ませてしまったかもしれないので、「申し訳ございません」と言うと手を振って笑ってくれた。ニヤニヤしない優しい笑顔だった。そしてそれを見たドラジェ様に図々しいとまた怒られるのでした。
昼休みに先輩にそのことを話すと、放課後折をみてドロッセルマイヤー先生の部屋に顔を出してくれるそうだ。恐らく、お湯を出せないのと同じで冷たい水も出せないはずなので、そのことについて聞かれるのではということだった。
憂鬱になりながら、放課後先生の部屋を訪ねる。え、ドア閉めちゃうの??貴族ルール的にアウトじゃない?前世の教授の部屋でさえ、ドアは開けておいてくれたよ?閉められたドアの傍から動かずにいると、デスクの前にある木の椅子を指して座るように言われたので、渋々感を全開にしつつ座った。
「僕の部屋に来ると大抵の女の子は笑顔で近寄ってくるんだけどな。」
「――ご用件をお願いします。」
「君は何故彼に近付くの?」
「??――彼とは一体誰のことですか?」
「ジークのことだよ。」
「ジーク……様、ですか?一体、誰の……」
ガチャっとドアが開き、無表情先輩が入って来て言った。「僕のことだよ」と。そういえば私達は名前を名乗りあってなかった。慌てて自分も名乗ると、先生が呆れた顔をした。
「君達今まで何やってたの?もうすぐ一年だよ。まだ自己紹介もしてなかったのかい?で、オデットちゃんは質問に答えてくれるのかな?」
それにも先輩が代わりに答えてくれた。私達の馴れ初めを。
「君に聞いてないんだけどな~。じゃあ本題ね。君、死んだことある?」
デスクから身を乗り出して質問してきた先生から守るように、座る私の前に先輩が腕を広げ「言わなくてもいい」と言ってくれる。庇ってくれるのはとてもうれしい……。でもこの先生は、答えるまで諦めないだろう。先輩の手をそっと掴んで戻させてから答える。
「ジーク様、ありがとうございます。でもいいんです。――とは言ってもはっきりとは答えられませんが……」
ものごころ付くころに病弱だった母が亡くなったこと。薄暗い赤貧の子爵家で、留守がちな父と娘と少しの使用人で暮らしていたこと。数年後に再婚した継母には育児放棄されていたこと。父が不在中は殆ど部屋から出ない生活をしていたこと。継母に暴力を振われたこともあること。令嬢として世話をされたことが無いので、自分の顔(瞳)を上質の鏡でちゃんと見たことが無いことを説明した。だから途中で死にかけたり、死んで息を吹き返したりしていてもおかしくはないが、自分はそれを覚えていないと答えた。もちろん動揺がバレないように俯きつつ。嘘はついていない。オデットの記憶に基づいた答弁だ。
無表情先輩もとい、ジーク先輩は悲痛な顔で私を見た。ドロッセルマイヤー先生はニヤニヤしてない無表情でこちらを見て頷いた。あれ、お涙頂戴になっちゃったかな。世の中には良くある話だと思うんだけど、まあ子爵令嬢的には悲惨かもね。
冷たい水についても聞かれた。ジーク先輩に出すお茶セットを運ぶのに、湯沸かしの魔道具が重いから、熱湯が出せればいいのにと、実技をやる前から思っていたこと。温度変化の概念があったから、隣で火をぼーぼー出されて暑かったあの部屋で、飲みたいと思って出した水だから冷たくなったのではないかということ。飲めるかどうか聞いたのは、魔法で出した水が安全かどうか確かめないと、ジーク先輩に出せないからだと答えた。
先生は今度はニヤニヤした顔でジーク先輩を見て、「愛の力で出した奇跡の水だね」と言って、尋問を終わりにしてくれた。愛については反論したいところだったが、薮蛇になりそうなので止めておいた。主従愛というものもあることだし。