8 挨拶と哀切
町で遭遇して以来、教室で第二王子と団長子息からの視線をものすごく感じるようになった。ちなみに、制服も古着のワンピもエコバッグに入れてちゃんと持ち帰ってきたので不足はない。
もうすぐテストだ。さすがに中間期末という名前ではないけど。これが終わると魔法が座学から実技になるので、クラスでの存在感を更に消していかねば危険が高まる。――もはや警戒する必要があるのか無いのか分からないが。
昼休憩の会話は専らテストについて。本当は教科書を広げて質問したいけど、それは危険だ。試しに大陸共通語で歴史について質問してみると、流暢な返答が返ってきた。これはいい。今後は共通語で会話しよう。
転生の常で、算術は問題ない。刺繍は内職でプロ級だし、前世仕込みのピアノ演奏で音楽はクリア。今後の為に力を入れたい教科以外は、そこそこでいいだろう。問題の魔法は、座学は全力、実技は手抜きの予定。こちらも無表情先輩に質問をするが、なんでも答えてくれる……
成績優秀。背は高いがひょろい。顔は無表情(やや険しめ)で固定。ぼっちだけど、酷くイジメられている訳ではなさそう。侍女護衛なし。裕福ではなさそう。庶子。趣味園芸。髪はグレーで目は緑。キャラは立ってないしオーラも無い。うん……大丈夫そう?
今日も食券と本を交換し、次のリクエストを聞く。蔵書一覧とか検索システムがあればいいけど、無いので書名がわからない時は、私がそれっぽいのを借りてくるしかない。今回はハズレだったようだ。というか、いつも私が探す棚とは別系統の場所にある本らしく、放課後に場所を教えてもらうことになった。
滞在時間を最短にするため、時刻を合わせて現地集合する。図書館に着くともう先輩はいた。無言で移動するのに距離を置いてついて行くと大分奥の暗い雰囲気の棚に着いた。
私達一年が座学で学ぶ魔法は実技の前段階、概念とか発動方法についてのお勉強。発動方法は、ただ念じるだけだけどね。前世で言えば超能力みたいに、スプーンを持って手をかざして「曲がれ~」みたいな。正し、火が付いたり水が出たりする点は大違いだけど。念写とか千里眼とかサイコメトリーとかできないのかな。あれば便利そう。
で、先輩が探してたこの棚は魔術について。詠唱したり魔方陣を書いたりして、魔法みたいにふわっとしてない、確実限定的な効果が発揮できるらしい。多分。さすがに大陸共通語での専門的な説明は聞き取りが難しい。もちろん私達は二人とも棚を向いてボソボソしゃべっているので尚更だ。
でも解らなくても大丈夫。魔術は大学や王宮の魔術師が研究するものなので、学園の三年間では学ばない。先輩は魔術師志望か。突っ込んでは聞かないけど、裕福じゃなさそうだし庶子ってことで苦労してるっぽいから、手に職を付けて身を立てたいのかも。大学に行くにしても、私とは学年が違うから奨学金争いしなくていいし、「お互い協力して頑張りましょう!」って言ったら「ふっ」って笑われる。横を見ると、ちょっと口角が上がってた。でもそれもすぐに強張った顔に戻ってしまう。
「貴方が魔術の勉強ですか?一体何になるお積りなのでしょう。」
出たな、イヤミ眼鏡!テンプレ宰相子息め!大陸共通語の会話も聞かれてた場合を想定して、出方を伺う。一緒に近寄ってきた王太子が私の方に向いた。
「貴女は同じクラスの生徒だね。確かに名前は……」
「――オデットと申します。」
「魔術について勉強しているのかい?熱心だね。質問があれば同じクラスの私にすればいい。図書館の案内もしてあげるよ。」
「恐れ多いことでございます。」
「はは。その人には聞けて、私には恐れ多いと言うんだね。成る程確かに。ではこのシュタールに聞けばいい。彼も同じクラスだよ。」
「――はい。その際はよろしくお願い致します。」
「では僕はこれで。」
無表情先輩は本を持って去って行った。置いてかないで~!!やっぱ図書館危険だった……。私もそそくさと撤退した。引き留められなくてセーフ!
なんとか部屋までたどり着いてほっとする。接触しちゃったな、王太子とも。フラグか、フラグなのか。確か無表情先輩は隣国の言葉も話せたはずだから、念のため今度からそっちで会話した方がいいかもしれない。
困ったことに、いよいよ教室で王子グループに話しかけられるようになってしまった。魔術に興味があるのか、大陸共通語が上手だけどどこの出身か、いつ図書館を案内しようか、乗馬を教えようとか……。俯いて、言葉少なくボソボソお断りし、ごまかしを繰り出してるのに、一日一声みたいな感じに話しかけてくる。なんなんだ~!やっぱり私がヒロインなのか……。
そうなってくると、当然女子の風当たりが強くなる。聞こえるように悪口を言われ、足を掛けられるくらいはまだいい。教科書をダメにされるともう買えないので、机には一切入れずに教室移動はカバンごとする。団長子息よ、持ってくれなくていいから察してくれ。馬車では分かってくれた風だったのに……。
昼休みの平穏だけは死守したいので、授業が終わり次第ダッシュする。まだ、ランチを温室でとってることはバレてないはず。しかし、カバンを持って、ランチボックス二つ持って、お茶セット持っては辛いな。温室までの道のりにカートは使えない。取り合えず先輩のランチボックスとお茶セット、カップ一客だけ貰いに行く。先輩が食べ始めたら、カバンを置いたまま自分の分を取りに行く。
せっかく隣国語の会話を練習し始めたのに、一緒にいる時間が無い。カップはさっと洗って先輩が使ったのをそのまま使用してる。折角洗い場があるとは言え、毒味を気にする先輩に入れるティーポットを、温室に置きっぱなしにできないしな。いい方法はないか……。
ちなみにお茶の毒味はあの初回しかしてない。私のことは信用してもらえたみたいだ。それから先輩に熱湯は出せるか聞いてみたところ、水を出して沸かすことしかできないらしい。それだと沸かす機器が必要になるから却下だ。日本語のお湯と英語のホットウォーターみたいな概念の違いかもね。早く実技で試したい。
カバンを持ち運んでるのを見て察したのか、先輩が自分のランチを取りに行くと言ってくれたが、それだとまた分けっこするはめになると思う。ちなみに男子は教科書にいたずらしたりしないらしい。
とすると私のカバンを持って行ってもらうか、お茶セットを持って行ってもらうかだ。試しにお茶の方を頼んだら、数日後、茶葉に痺れる何かが混入していた。先輩がすぐ気付いて飲まなかったからよかったけど、私が先だったら気付かずヤバかった。
結局、授業終わりに先輩のクラスに行き、カバンを渡して温室まで持って行ってもらうことにしたのだが、カップルっぽく見られたらどうしようとか、からかわれたらどうしようみたいな心配は霧消した。誰も先輩を見ないのだ。
意地悪で無視しているのであれば、私達が見てない隙にこちらを観察しそうなものだけど、その気配もない。たまたま目も向けるという人もなく、まるで魔法で禁止されてるかのようにこちらに一切顔を向けないのだ。それでも念のため侍女らしく振る舞い、そそくさと購買へ向かった。
そんなこんなで、そこそこ平穏な日々を送れていたのは、テストの結果が発表されるまでだった。まさかの私一位。貴族の皆様は家庭教師がついて勉強してたんじゃないの?平民で入学できた皆さんは優秀だったからじゃないの??殆どの生徒は私の名前は覚えてなかったみたいだけど、図書館で王太子に名乗っちゃっちゃから、彼らにはバレバレだった。