6 同席とトルネード
それからの私は、ガリ勉眼鏡と呼ばれたいかの如くに勉強以外には目もくれなかった。出遅れている自覚はあるので、とにかく真面目に授業を受け、しかし質問はせずに放課後図書館へ。一応念の為イベント回避のために滞在時間は最小限にして部屋にて疑問点を読書で解消。朝食は侍女タイムの早朝に。夕食はできるだけ部屋に持ち込み、令嬢方との絡みを減らす。就職先のコネ探しは後回し。取り合えずは勉強だ。
唯一のリラックスタイムはお昼休み。あれから毎日無表情先輩とご一緒している。いや、一緒には食べないけれども。前半に給仕をして控え、後半は園芸作業中の先輩を眺めながら私が食べるスタイルに変更した。この控えている時間が一日の中で何もしないでぼーっとするタイムになっている。
本来は主人の様子を伺い、不足がないか気を張るべきなんだろうけど、控えていろと言われた訳じゃないのに、じっと見られるのも先輩は気詰まりかなと思って、草花の方を向くようにしている。一度、前みたいに座っていていいと言われたことがあるけど、筋トレですといって断ったという経緯もある。ランチを中断して移動するするのも面倒だしね。
だけど全てが順調という訳にもいかなかった。ある日先輩が持ってきたランチボックスを、私がセットしようと開けたところ、中に残飯が詰まってたのだ。臭いがするようなものじゃないから開けるまで気が付かず、先輩に見られてしまった。離れたところで花を見ていた先輩が近づいてきて言う。
「よくあることだ。」
「――畏れながら、本日の昼食は同席させていただいてもよろしいでしょうか?」
返事も聞かずに私のランチボックスと入れ替え、お茶を二人分入れ、木箱を引っ張ってきてさっさと座った。そしてきっちり二等分してから宣言する。
「これ以上は譲りませんよ。」
「ふっ……。わかった。有り難くご相伴に与ろう。」
無表情先輩を笑わせることに成功しました。不憫な先輩。育ち盛りが「よく」昼食を食いっぱぐれるとしたら辛かろう。明日からは私が二人分貰って来よう。平民もいるから、昼食は掛け売りじゃなくて食券式だ。予め一定期間分先に配給されていて、食堂もしくは購買的な所で交換する。明日からは次の日の分を前日に預かるようにして、明日の分はどうもらおうか。
「――そのようなことは頼めない。」
「いえ、これは願ってもない機会なのです。実は私、仕える主人もいないのに侍女の振りをしておりまして、そろそろ振りも限界になってきたところなのです。性別が違えば寮で自由にしていても怪しまれませんし。」
「――給金が払えない。」
「頂きません。振りですから。そうでなければこのように同席などいたしませんよ。そのかわりこの訓練は今後も続けさせてください。ここ以外行く場所がないのです。」
「なぜ?」
「訳あって、できるだけクラスメートと関わりたくないのです。特に身分の高い方々とは。」
「――僕も同じだ。」
「他にお手伝いできることはありますか?ちなみに私は図書館では本を読まず、必ず部屋で読みます。話し掛けられたくないので。」
「一緒だ。」
「同志ですわね。では予め借りる本が決まっていれば代わりに私が行きましょう。――その代わり去年の授業ノートをまだお持ちなら、私に貸していただけませんか?そうすれば自分の分の本は必要なくなります。」
今日の放課後、またここで落ち合うことにして、その日の昼休みは終わった。
放課後、指定の本を借りて温室へ行くと先輩はまだいない。せっかくなので温室を探索する。草花についてはわからないので置いておいて、木箱の他にも使えるものがないか調べる。隅の物置の中に掃除道具。屋外用のシンク、水は出る。勝手口発見、ドアは開く。軽く掃除をして手を洗った頃、無表情輩がノートを沢山持って現れた。
軽く内容を説明してくれたが、素晴らしい。もう私、図書館の本を当面読まずに済みそうだ。先輩っぽい几帳面な字でわかりやすく、授業以上に深い内容の書き込みがある。絶賛すると、若干表情が変わったような気がする。代わりに本を渡そうとしたところ、先輩に腕を引かれた。驚いて顔を見上げようとした時、バーンと温室の入口が開いた。
「妾の子がこんな所で何をなさってるの?」
「止めないかドラジェ。」
えーと、私は一応正妻の子だから、これは先輩のことかな?っていうか悪役令嬢降臨~!!え、もしかして先輩がヒロイン??先輩の背中からこっそり覗くと、第二王子もご降臨の模様。
「貴方が女性といるのは珍しいですね。」
先輩が私の腕を引いて背中に隠してくれた時に崩れた姿勢を正し、侍女らしく見えるように斜め一歩後ろに下がり礼をする。
「まあ!貴方如きが侍女を連れているなんて過分ではなくって?」
「まだ修行中の身でございます。」
「修行なら俺達の侍女の下についたら?その方が勉強になるんじゃないか?」
「――彼女は人見知りだ。あなた方の周りには沢山人が集まる。彼女には負担だ……。僕の周りに人は来ない。好都合だろ。」
「まあ!王妃様のお産みになった第二王子殿下に口答えなさるのね。身の程知らずが!」
「本当に珍しいこともありますね。――あんたも気が変わったらいつでも声を掛けてくれ。もう行こう、ドラジェ。」
「私達を選ばなかったこと、後悔させてやりますわ。」
黄色の縦ロールをブンと振って、ぷりぷり出て行く婚約者候補を、慌てて第二王子が追いかけた。何だったんだ。っていうかイベント?私の?――先輩の?えっ、BがLしちゃう系の創作世界ですか??予想外!ちょっと大混乱!
「――巻き込んで済まない。」
「いいえ、庇ってくださりありがとうございました。それに、面白いものが見られました。この国の王子は、婚約者候補の尻に敷かれてるんですね。」
「ふっ、そうだな。――放課後の温室で会うのはもうよそう。」
「それが賢明ですね……」
そうして渡すべきものをやりとりして、時間差で温室を出た。