23 エンディングを迎えて
今日は学園の卒業式。ジーク様が卒業しちゃう。と同時にざまあを警戒するべき日でもある。取り合えず異世界転移聖女は来なかった。悪役令嬢ズの腹違いの妹も出て来なかった。ジーク様が卒業すれば、その婚約者である私は安泰ではないだろうか。
私とジーク様の産みの母はどちらも伯爵令嬢だった。どちらももう母の実家の後ろ盾はない。でも父親は国王と近衛騎士。ジーク様が王妃に疎まれている、臣下に降りるというマイナスポイントがあっても、やっぱり私達は格差婚だよな。降籍しても公爵だし。領地予定地は辺境だけど……。
王太子に子供ができるまでうちは子供は……ということは、身分の高い側室を迎えてまで高貴な後継ぎをジーク様が望むことないだろう。
逆に、ジーク様の子供を世継ぎに押し上げて実権を握るために側室を送り込んで来る、ということはあるかもしれない。神輿に担がれ逆賊にされるのを注意しないといけないか。後は私自身が冤罪をかけられて離婚に追い込まれるかもしれない。これらに学園卒業などの期限はなく、ずっと危惧し続けなくてはいけないことだ。
このまま物語みたいにハッピーエンドになれるのだろうか?おしまいの後の人生でしっぺ返しを喰らわないのか?その疑り深さが、ただ幸せを信じ耐えて待つ十二歳までのオデットと、契約書の行間までを読み込む前世の私との違いだった。
死ぬ心配を全て捨てたいなら結婚しない方がいい。でもジーク様と一緒にいたい。であれば、嫉妬・謀略を心配しないで済むように、ジーク様が誰からも顧みられない存在のままである方が都合がいい。でも私はあの日教室で、誰にも目を向けられない無表情の先輩を見てしまったから。自分の為に、あれをまた望むことは絶対にできない。
――でもそうか。夫の心変わりを怖れるのはどんな世界でも共通の妻の心配だ。陰謀以外は夫の愛を信じて乗り越えるしかない。その結果に死があるのは前世では考えられないことだけど、そもそもの死亡率の高さでいえばこの世界では仕方のないことの一部とも言える。
逃げたくない。隠れないと決めた。でも油断はしない。味方を作る努力はする。色々想定するのはシミュレーションとイメージトレーニングの一貫だ。前世と同じ。ただし机上の空論とならないように、実力も付けなくてはならない。今度こそは。人事を尽くしてから天命を待とう。困難を共に乗り越えたいと思えるだけの相手を見つけてしまったのだから。
卒業式が終わり、夜には卒業を祝うパーティーだ。ジーク様に用意して貰ったドレスを着て、髪をセットし、化粧もする。王宮で身支度を整えてくれた侍女さんが、ドレス一式と共に来てくれた。ちなみに、ジーク様は逃げない宣言の後、不正に予算をネコババしていた者を突き止め糾弾した。だから無駄遣いはしないけど、体面を保つ程度の予算はあるそうで、今回は婚約者のドレスも用意してくれた。
私はジーク様の瞳の色、緑のドレス。この国では瞳はほぼ茶色なので、貴族は婚約者の髪の色のドレスを着る。ジーク様の夜会服はグレーに金色の刺し色。これは瞳を隠さないという、私達の決意表明だ。私も前髪を上げて眼鏡はなし。
面白いものを見るようにしているリラ様とドラジェ様の前に、私達は入場する。腕に添えた震える私の手を、反対の手で押さえ、ジーク様が言う。「さあ行こう。」
入場した私達を待っていたのは沈黙。しかし視線は痛いほど感じている。歩くごとに顔を向けられ、溜息とヒソヒソとした囁き声がついて来る。次のドラジェ様達の入場まで、視線が反れることはなかった。
「さすが物語の主人公は注目度が違いますわね。」
いつものツン振りを発揮するドラジェ様と、微笑みを絶やさないリラ様に、私は深々と礼をして言う。
「お二人のお心使いには本当に感謝しています。今後とも衷心よりお慕い申し上げます。大好きです。」
「馴れ馴れしくってよ。」
「まあ協力してまいりましょう。」
ヒロインも悪役令嬢もいない中、パーティーは恙無く終了した。王太子とも第二王子とも踊ったけど、二人とも不器用に「あの人」のことをよろしくと頼んできた。隣国の王子はただ両国の掛橋を望み、宰相子息と騎士団長子息とは無言で踊った。魔法講師がニヤニヤ笑いを引っ込めて真面目に踊ったのは驚きだったけど、最後に「ジークを頼む」といった時は甥っ子思いの王弟に見えた。驚いたのはあのキラキラ近衛騎士だ。なんとリラ様のお兄様だった。成る程納得の腹黒兄妹だった。
終了間際に学園の講堂から抜け出した私達は、歩きながらジーク様のお説教中だった。
「僕と踊った時はずっと黙っていたのに、他の人間とは楽しそうにしていたな。」
「――皆様、あの人をよろしく、ジークを頼んだと、私については何もお話しになりませんでしたよ。」
「えっ?それは……」
「ご家族に愛されていますね。」
「――ああ。」
そうしている内に、温室へと辿り着いた。ここが私達の始まりの場所で、思い出の場所で、これから私がジーク様を思い出す場所だ。仄かな明かりを燈した後、椅子に座って私は言う。
「失礼致しました。こちらは貴方様の席でしたか。」
「ああ。――では一緒に座ろう。」
そう言って、立ち上がった私を横向きに膝に乗せる。ジーク様は私の頬を撫で、手を添えたまま言う。
「あの日君がここに座っているのを見た瞬間から、僕には世界が鮮やかに彩られて見えた。忘れていた感情を思い出し、避けていた人との関わりを持ちたくなったんだ。――オデット、もう君を手放せない。死神が来ようが、隣国の王弟が来ようが、君は僕だけのものだ。」
「ジークフリート様。不相応な願いですが、どうか私だけを妻としてください。安穏な生よりもジーク様と共にあることを願いたい。命ある限り、お側にいさせてください。」
* * *
薄暗い温室の中は、外からも伺い見ることはできない。仄かな明かりが、重なる二人を薄ら浮かび上がらせる。ただ傍らに咲く、控えめで儚いピンクの花だけが、恋人達の甘い囁きを聞いているのだった。
次で完結です。
完結済み小説『森の妖精と五色の守護獣』もよろしくお願い致します。
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