21 真骨頂の顕現
今日一日を振り返ってみよう。放課後まで授業を受ける。事情聴取を受ける。子息達が乱入してくる。魔法講師におちょくられる。裏庭でプロポーズされる。王宮へ馬車で行く。王様とお父様に会う。婚約者手続き。王族ドッキリにあう。三分少々シャットダウン。持参金捻出の秘密暴露。腹黒キラキラ騎士乱入。帰りの馬車でジークロードショー。
濃すぎじゃない?お腹一杯だよ。――でもよく考えよう。想定してた攻略対象者と隠しキャラ+想定外のジーク様が出揃った。そして忍者とか学園の制服とか、日本が醸し出されている世界観。丸きり創作世界ではなくても、転生者が来るなど、何らかの前世の影響を受けた世界であることは確定していいと思う。
王子は三人とも婚約。王弟、隣国の王子は婚約者もいない。ん?もしや私も悪役令嬢の枠なのか??ここにきて異世界転移の聖女が降臨するの??いつになったら平穏な日々が送れるんだろう。ピンクブロンドの悪役令嬢って聞いたことないけどな。
ざまあされないように対策を立てねば。
持ってるスキルは死神に魅入られた瞳(誘死の瞳、死を乗り越えた瞳)と、魔法属性過多。ヒロインフェイスにボディ。前世共通学問の知識。チート記憶力で覚えた語学。
現時点で私に危害を加える存在は継母。可能性があるのは王妃。二人が怖れてるのは、息子の地位を脅かすこと。次の可能性、リラ様、ドラジェ様。二人の目標は、婚約者奪われないこと、社交界での地位確保、王妃になること。得体が知れないドロッセルマイヤー魔法講師とキラキライケメン騎士は保留。王位継承権争いを勃発させなければ国王は味方。つまり私とジーク様の二人が、権力からも社交界からも離れればいいんじゃない?当然実家には近寄らないけど。
当初のプランは1大学に行く、2領地から出ないで領地経営、3侍女になる、4隣国に行く、5平民になる、だった。これをまとめると、大学を卒業してから隣国に近い元子爵領で、平民に近い侍女生活(ジーク様専属)を送ればオールクリアじゃん。それだけ時間を稼げば、きっとエンディングも済んでいるだろう。
そうしてやっと安心して眠りについた。
次の日から、生活は一変した。ジーク様がステルスをやめたのだ。朝は寮から私の教室までエスコート。昼は食堂、放課後は一緒に図書館で勉強。帰りは寮まで送ってくれる。さすがに聞いてみた。「性格変わりすぎじゃないですか?」と。彼は言う。「逃げるのはやめたのだ」と。
これだけ堂々と活動していても、弟王子達以外、誰も近寄って来ない。目が合わないほど遠巻きに見ている。私と違って学園中の皆は、ジーク様が第一王子だと知っているのにだ。王妃の呪いは根深かった。
「ジーク様、私も隠れるのをやめます。」
次の日、私は前髪を上げ、オデコを出した。眼鏡はそのまま。そして瞳を気にしない人たちに話し掛けに行った。
「王太子殿下、オススメの魔術書を教えてください。」
「第二王子殿下、町にはよく行かれるのですか?」
「カラボス様、父の騎士団での様子はいかがでしょう?」
「シュタール様、この国の大学の仕組みについて教えてください。」
「王子殿下、私は知らなかったのですが、我が家の領地は隣国に接していたのです。」
ちょっと媚びヒロインぽい自覚はあるのでここまでは真顔で。ジーク様の私への求婚は結構有名だけど、婚約まではまだ広まっていない。軽い女だと思われるのは心外だけど、目立つ必要はある。
「リラ様、またお茶をご一緒してもよろしいですか?作法を教えていただけたらと思います。」
「ドラジェ様ったらどうしてジーク様のこと、教えて下さらなかったのですか?」
悪役令嬢ズには満面の笑みと拗ね顔で。あざとヒロインですが何か?皆、初めて自分から話し掛けてきた私に驚いていたが、それなりに会話してくれた。婚約した途端、活動的になり始めたと警戒されるかもしれないが、背は腹に替えられない。
それに、事情聴取ペアに対してはちょっと無神経かもしれないけど、水に流す意味も込めて。隣国王子も抱きしめ事件は気にしてませんの意味も込めて。それにあの子爵領はジーク様の領地のひとつになる予定だから、仲良くしておいた方がいい。
次の日私は眼鏡をはずし、前髪を下ろした。そして昨日と同じ行動を取った。瞳のことは周囲にはバレていないし、会話相手はそもそも知ってるか気にしていない。
令嬢ズには色の変化に気がつかれ、リラ様と二人、じっくり眺められた。もしかして私の作戦の意図に気付いて、乗ってくれているのかもしれない。背が高いドラジェ様に顎クイされたものだから、一部のツンデレ愛好家の令嬢から黄色い悲鳴が上がった。
次の日、リラ様のセッティングで、三王子と婚約者のランチ会が中庭で開催された。今日の私は前髪なし、眼鏡なしの三つ編みだ。午前の教室で気付いた生徒には飛びのかれた。
今日はリラ様の侍女さんたちがテーブルセッティングしてくれていたが、ジーク様の準備は私がした。
「貴女はまだ侍女気分ですの?妾の息子は侍女が妻なんてお似合いですわ。」
ちょっと居心地の悪そうだった男性陣も、さすがにドラジェ様のツン過ぎる発言に「やめないか」と慌てる。ドラジェ様はどんな時もブレないよな。でも、ジークロードショーの後では聞くだけでほんわかしちゃう。
「お見苦しかったですか?失礼いたしました。平民の夫婦は、妻が夫の世話を焼くものなのですよ。」
ジーク様がむせて顔を赤くしたので、ハンカチで口元を拭いてあげた。
「貴女は平民じゃなくて子爵令嬢でしょ?貧乏だと貴族でも平民みたいな暮らしをするのかしら?」
「どうでしょう。私は実家では部屋に閉じ込められていたので他の同居人が何をしていたかはあまり……。入学前の一年間、商家で侍女修業をしていたので、その時話を聞いたのです。」
「貴女はどうして死にかけたのかしら?」
「ジーク様は毒だそうですが、私は一度目は継母の虐待ですね。」
ドラジェ様のぶっこみ質問に、第二王子が立ち上がったが、私がサラっと答えたので固まってしまった。ジーク様母子に毒を盛ったのは、彼らの母である王妃の仕業というのが暗黙の真実だったから空気が凍った。誰に盛られた、までは口にしてないからいいでしょう。ドラジェ様は気にせず聞きたいことを聞く。
「最初と色が変わったのはどうしてなの?今は二色が混ざっているわよね。」
「実は金茶の時は、自分でも瞳の色が普通と違うことに気付いてなかったんですが、グレーが混ざったのは確かジーク様に求婚していただくちょっと前ですね。」
「ああ、カラボスとシュタールが貴女を取り合って決闘した時ね。貴女死にかけたの?」
「身体は無傷でも、精神的に、ということはあるかもしれません。何が原因かは証明できませんから。そもそも、死にかけると瞳の色が変わるというのは根拠があるのですか?どういう仕組みで?研究したら面白いかも知れませんね。」
私達の連携プレーにより、双子の王子、そして護衛として来ていたカラボスとシュタールもただの屍になった。校舎の窓から覗いていた生徒たちも、固唾をのんでいる。
私としては、いきなり瞳を晒すとテロ行為みたいに感じる人もいるだろうという考えで、徐々にオープンにしていき、しかもこうして気にせず接してくれる人もいますよ~アピールしたかっただけなのに。
この微妙な空気をぶった切ってくれたのは、微笑みながら聞いていたリラ様だった。「早く食べないと昼休みが終わってしまいますよ」と。私はジーク様と、もし大学に行けたら何を研究するかについて話しながら昼を過ごした。令嬢ズは私の令嬢教育について話していた。王子達はただ食べていた。
放課後、先に授業が終わった私はジーク様の教室まで迎えに行った。誰にもジーク様が見えてないかのようなクラスのあの空気は、好奇心が抑えられないけど聞けないから噂しながらチラ見する、に変わっていた。私はあえて席まで近寄っていって「行きましょう!」と笑いかける。うん、媚びヒロインっぽい。ジーク様はナチュラルに笑ってくれる。いつも無表情だった私達が笑い合った瞬間、クラスがざわっとしたのでまた笑う。
廊下に出たらドロッセルマイヤー先生が話しかけてきた。
「瞳の研究をしたいんだって?僕も興味あるな~」
「お耳が早いですね、先生。私達って大学に行けると思います?」
「結婚式が伸びちゃうけどいいの?希望すれば行けるとは思うけど。僕も付いていこうかな~」
といって私に顎クイして瞳を覗き込む先生の手を、ジーク様が叩き落とし、私を引き寄せガッチリ確保した。周りがざわっとした。見てる見てる!ジーク様を皆が見てる!作戦通りだな。
「学生結婚しよう。」
「!?」
「結婚したらオデットちゃんにも公務が始まるよ?」
「僕は公務を振られていない。王族の一員として数えられていないと思っていたが、結婚したら変わるのか?」
ジーク先輩もぶっこんできた!学生結婚発言できゃ~と令嬢達が声を上げたが、ジーク様の発言で静まり返った。男子学生も息をのんでいる。
「そういえば僕も振られてないな~王太子以外は要らないのかもね。今僕公爵だし、君も臣籍に下ればいいんじゃない?領地もあるし。」
「それはいい。社交も必要ないから研究に専念できる。できるだけ早く結婚しよう。世話を焼いてくれるのだろう?」
ジーク様……。ステルス中に溜めていた何かを色々と、放出シテイマスヨ。私は赤くなって「もう行きましょう」と手を引っ張って行く。周りがまたざわざわしている。奇しくもここで社交界興味ありません宣言もできてよかった。今日のジーク様は、存在するものとしてクラスの人達から強烈に意識されていたと思う。




