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20 独白



「お父様、子爵領に何か問題が?」


「持参金代わりに王家に返納する。実はね……」



 我が子爵領は国の外れの森の中で、隣国との境界。先祖が隣国との戦で武勲をあげて賜ったものの、隣国に近い以外の価値がない鬱蒼としたただの森。領民も殆どいない。貴族税を払うと赤字になるような領地だった。私が小さい時から、お父様が留守がちだったのは自らそこに行ってたせい。継母の実家の人員が、というのは私に向けた嘘だったようだ。


 お荷物領地だけど、賜ったものを理由なく返納できない。だから今回はいい機会だったらしい。ちなみに隣国は、あの王子の国だ。継母の実家は貴族とのつながりを商売に活かしたいだけだから、爵位があれば領地がなくなっても問題ないらしい。



「領地経営のお仕事がなくなったら、お父様は商売をなさるのですか?」


「騎士に戻るよ。近衛は無理だけど、商売はもっと向いてないし。」


「――貴女の父君は素晴らしい騎士だったのですよ。私もご指導いただきました。」



 ん?誰?――振り返ると、キラキライケメン騎士様がご降臨されていた。「まあ!その節はどうも!」と、やや高い声が出たのは否めない。なんでも、イケメン騎士は見習い時代にお父様の下にいたようだ。お父様は、ゴマすりが下手で上司には嫌われてたけど、気さくで部下には人気だったらしい。指導は感覚的で伝わりにくいけど、まあ、見て学べタイプ?今回、お父様が新人指導役として復帰するにあたり、手続きに来てくれたそうだ。でも伝わりにくい指導役ってどうなの?技術じゃなくて生活指導??あの頃ちびオデットには、本当に手と足をとって護身術を教えてくれたけどね。



「貴女がまさかフリッツ殿のご息女だったとは。世間は狭いものです。」


「「オデット、どういうことだ?」」


「え?お父様、ジーク様どうなさったのですか??」


「以前、町で困っているところを助けたことがあったのです。第二王子の護衛中だったのですが……」


「ちょ、あ、その話は!」


「第二王子を疎ましそうにしてらしたのは、ジークフリート様に義理立てしてのことだったのですね。あの時、私と馬に同乗するのは楽しんで頂けたようでしたが。」


「――ふふふ。困っているところを助けてくださった騎士様()は、それはそれは素敵でしたわ。それに私、馬に乗るのは初めてでしたの。そうだ、せっかく外に出られるようになったのですもの、乗馬を教えてください、お父様!護身術の稽古ももう随分ご無沙汰ですわ。」



 こやつ!腹黒だな!!しゃべってる最中、ジトーっとご尊顔を見つめても表情も変わらない。襲われかけた話と第二王子に抱きしめられた話をここでされなかっただけマシだけど。お父様とジーク様も、納得したような嬉しいような騙されたような複雑な顔をしている。結局、乗馬はジーク様と、護身術はジーク様も一緒の時にお父様に習うことになった。いつか元子爵領の森まで、皆で馬で行ってみたいな。





 帰りの馬車で、忍者を遠ざけ聞いてみた。寮に入る前は王宮に住んでいたのか。王様と関係は良さそうなのに何故経済的に困っているのか。学園での無口で無表情で影を背負った文学青年はどこに行ってしまったのか。


 それに答えるジーク様の横顔は、見慣れた影が射していた。忍者のことではなく、哀愁的なやつ。



 全ては先に王子を産めなかったことを焦った王妃の所業だった。罪に問われるようなことをしているわけではないが、誰もが顔色を伺いながら権謀術数渦巻く宮中のこと。王妃が側妃や第一王子を疎めば右へならえとなる。食事を抜かれ、毒をもられ、侍女や護衛は減らされる。


 長子相続でない以上、王位継承争いは適性を見るために必要なのだろう。王に縋って助けてもらうことはできないらしい。早々に脱落できない理由は、身内にもあった。権力を欲する側妃の父による圧力だ。そうしてわずかな味方とともに綱渡りの生活をする中、それは起こった。


 側妃と第一王子に致死量の毒が盛られたのだ。幼児期より毒を盛られ続けた王子は生き残り、側妃は命を落とした。目を醒ました王子を待っていたのは、母の死と味方の裏切りと緑色に変化した瞳だった。


 死神に魅入られた瞳を持つ者に、仕えるため残ったものは殆どいなかった。元より使用人は主と目を合わせない。孤独な少年の心が閉ざされるのに、時はかからなかった。


 王妃である母親に追従する弟王子達に、罵る言葉をぶつけられるのは、第一王子にとってはささやかな人との触れ合いの時間だった。罵り、蔑むけれども忌まれはしない。近付いて来て顔を見て言葉を放つ。それは、王宮中からいない者のように扱われる第一王子にとっては、悲しいけれど少しでも長く過ごしたい時だった。


 幼少時より彼らの婚約者候補である少女達も、第一王子を視界に入れる者であった。元々世間では、色の違う瞳は死を乗り越えた瞳、死神から逃げ切った魂、という程度の認識しか持たれていなかった。それを誘死の瞳にしてしまったのは、王妃の手腕と言える。旧家の令嬢である彼女達は、幼くともそのことを理解していた。


 一方、貴族の子息である近衛騎士達はその限りではなく、怖れて近寄らなかった。代わりに、外敵からの物理的な攻撃は、国王直属の隠密である影が人知れず排除していた。



 そうして、自らの力で毒殺から逃れ、孤独な生活に心を揺らさなくなったころ、第一王子は学園に入学した。王妃一派の息のかかった子弟たちが間接的な嫌がらせをしてくるが、弟達が翌年入学してくるまでは、面と向かって立ち向かって来るものはいない。


 一度夕飯を台なしにされた時には、育ち盛りの男子として殺意を覚え、ヒソヒソ笑う集団に一言いうべく近寄ってすかさず目を合わせた。生け贄となった子息は泡を吹いて失神。以来、嫌がらせは第一王子を激怒させない絶妙な程度に抑えられ、毒や残飯の混入は、食券の代わりに現金で再購入可能な昼食のみとなった。


 しかしこれは痛い仕打ちだった。寮の食事であれば新しいものを出してもらえるが、食券や現金と交換の昼食はそうはいかない。仕掛ける側も、よもや第一王子が金に困っているとは思わなかったのだ。横領か、書類の不備か。第一王子の手元には、適切な金品は届かない。調べて取り返そうという気概は、もはや彼にはなかった。


 それに、単なる嫌がらせで広められただけの誘死の瞳であったはずが、実際貴族子息を失神させた。第一王子は人と関わることを、自分の方からも避けるようになった。


 一年後、温室のドアを開けた時、うれしそうにサンドイッチを頬張る少女と目が合うまでは……。誘死の瞳のことも忘れ、声をかけられるまで見入ってしまったのだった。



 あの時から、君は僕の世界を変えた。僕の代わりに毒味をし、ランチを分け、どんな本が読みたいか聞いてきた。君は侍女の仕事をしていただけのつもりだろうけどね。そして一緒に弟達に絡まれては君を庇い、叔父上から君を助けるうちに、また世界と繋がったような気持ちになったんだ。

食も、趣味も、瞳のことも、僕の内面に踏み込む君。それに、困って助けを求め、僕を必要としてくれる君。こういうのを自己肯定というのだろうか。生きていていいと言われた気がしたよ。


 隣国の王子から君を助けた時は堪らなかったな。息ピッタリに眼鏡を取り返して僕の背中に隠れて。横から顔を出す様子なんか見たら僕のだ!ってみんなに宣言したく……」


「ちょちょ、ちょっと何を言ってるんですか?長々とドキュメンタリ調に三人称で語り始めたかと思えば!お話しがお上手で聴き入って、何ならもらい泣きの気分だったのに、何恥ずかしいこと言っちゃってるんですか!?」


「僕の過去語りの結びには君を登場させなくては。逃げずに立ち向かおうと思えたのは君のお陰なのだから。憂える貧しき文学青年が、恋して戦う第一王子に変わったんだ。――ふーっ。人生の中で、こんなに沢山話した日はないよ。」


「――ジーク様の過去、ありがたく頂戴いたしました。私達、会えてよかったですね。」


「オデット……」


「ぐふっ、苦しい……」


「ごめん。オデット以外を抱きしめたことないから、力加減が……」


「私は……何だか無駄に他人に抱きしめられた気がしますが……。ジーク様は私以外抱きしめないでくださいね。」


「オデットっ!」



 ドンドンドンドン!!あ、馬車着いてた。ていうか狙いすましたタイミング。話、聞いてたな。ジーク様も同じことを思ったようだ。普通の貴族は周りに人がいても気にしないんだろうけど、私達は無理みたい。




 送ってもらって、ジーク様とは寮の前で別れた。ちなみにちゃんと制服三つ編み眼鏡で帰ってきた。食事も入浴もいつも通りささっとすませ、ベッドに上がる。長い一日だった。






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