11 幸福の時とヒーロー&ヒロイン
テスト後の長期休暇は、夢のような時間だった。まず平民も含め、殆どの生徒は自宅に帰った。人数の減った食事は寮ではなく、三食食堂で取ることになっていた。ランチボックスもなしだ。ぼっち飯も嫌いではないが、やはり出来立てを頂くのは良い。特に汁ものはテイクアウト出来ないから。
ほぼ全食ジーク先輩と食べた。侍女として給仕するのではなく一緒に。現代人としての記憶は鮮明だし、ぶっちゃけキラキラや悪役令嬢達の目を気にしなくていいなら、お腹を減らしながら人が食べるのを見ているよりは同時に食べたい。それに私の金の瞳はバレていないが、ジーク先輩の緑の瞳は学年問わず周知のことらしく、誰もこっちを見ないから気楽この上ない。言葉は相変わらず隣国語にしている。大陸共通語よりはマイナーなので、内容もバレにくい。まあ聞かれてマズいことは話してないけれど。
午前中は図書館で本を読みまくり、午後イチはドロッセルマイヤー先生のところへ行く。治癒と光の魔法は希少らしく、極秘特訓だからと相変わらずドアを閉められてしまうが、毎日ジーク先輩が同席してくださるのでまあ不埒なことはされずにすんでいる。セクハラ発言は多々あるけど。
どうやらジーク先輩は私の過去語りにいたく同情してくださったようだ。食事の際にデザートをくれる。替わりに私がヒョロ長な先輩に肉を差し上げるので、それを狙って毎回くれるのかもしれないが。この一年まともな分量の食事を取っていたお陰で、すっかり標準体型に戻ったと思う。だけどこれ以上胸が大きくなると、サラシもキツいので太らないようにしているのだ。ヒロイン体型は災いを呼ぶ。
それから、ジーク先輩はドロッセルマイヤー先生がキラキラのイケメンではなく、実はニタリ顔のセクハラ野郎だということを前から知っていたみたい。通りでお説教の時、部屋に駆け付けて来てくれた訳だ。私でも後輩女子を一人で先生の部屋には行かせたりしない。
夕食後の空いた時間は、内職しまくり。以前のチンピラ話をどこからか(十中八九ドロッセルマイヤー先生から)聞いたジーク先輩が、町に売りに行くのについて来てくれた。私はしっかりサラシ装備。先輩は、目深に帽子装備。冴えない私達には誰も絡んでこない。
やはり周りに人の目が殆ど無いからか、無表情先輩はほんのり表情が動くようになった気がする。嫌がらせもされないで、好きなだけ図書館にいられる。温かいご飯が食べられる。それは先輩にとっても心を溶かす幸せだったようだ。しかし幸福の時間も終わりを告げる。チラホラ帰寮する生徒が出だしてからすぐに、私達は元の生活に戻った。
そうして迎えた二学年。やはり現れた隣国の王子。誰かのリークにより(十中八九ドロッセルマイヤー先生)隣国語が得意だとバレて私が学園内を案内することになってしまった。王子達が珍しく役に立とうと、自分達もしゃべれから代わると言ってくれたのに、当の隣国王子が断ってしまった。
なんというか、ドロッセルマイヤー先生とは違うタイプのチャラ男だ。先生はキレイ目、この王子はワイルド。同じ俺様系でも我が国の第二王子より、んー……品が無い感じ。いかにもキラキラノーブル系より庶民派の方が好ましいはずなのに、なんだろうこの嫌な感じは。
不敬な思考を隠しつつ、隣国語でちゃんと案内出来ていたと思う。それが、ひと気のない廊下に差し掛かった途端、隣国王子に後ろから抱きしめられ、眼鏡を取られた。不覚……。三つ編みも解かれ振り向かされる。ヤバい、このままじゃヒロインフェイスが晒されてしまう!瞳を見られないように、俯いて目をつぶる。ダメだ!これじゃ反撃できない!でも何より瞳を見せちゃダメだって言われたし。どうしよう~!!
ダダンダン!絶対絶命のピンチに現われましたるヒーローは、ダダン!その名もジーク先輩!
余りにもいいタイミングで来てくれるから、思わず内心で講談調になっちゃった!先輩は隣国王子の腕の中から私を取り返し、私はその隙に王子の手から眼鏡を取り返し、すかさず先輩の背中に隠れて眼鏡を装着する。この間無言!なんなら隣国王子も後ろから抱きしめてきた時から無言。それが逆に怖くて私も声が出なかった。
「何のつもりだ?俺は隣国の王子だぞ?」
なんとも傲慢なお言葉に、どう返そうかと思っていたら、ダダン!やって来ました令嬢ズ!そうです!真打ち登場、リラ様とドラジェ様!ジーク先輩と隣国王子の間にあって、堂々たる立ち姿、ダダンダン!「嫌がる女性に無体するのがお国柄ですの?」「愛し合う二人を邪魔しないでくださいませ!」「あらそうなの?」「わたくしはそう聞いています。」
私達は聞いていません、初耳です!と返したいけど流石に黙っておく。無表情先輩がどんな顔をしてるのかは私からは見えない。「無体?とんだ言い掛かりだ!失礼だぞ!俺は王子だ!」「それは申し訳ございません。「わた(く)し達はコウシャク令嬢です。」王子達の婚約者ですのよ。」「学園内で婦女子に無体を働いたのです。我が国の王子に報告しなくては。」「!!――いや待て、誤解だ!案内はもういい!俺はもう行く!」
なんというか、勧善懲悪?悪役令嬢とは思えないヒーロー、いやヒロインっぷり!素敵です!先輩の背中から顔を出してお礼を言うと「貴女達ももうお行きなさい。ジーク様はオデットをちゃんと落ち着かせてあげてくださいませ。」と言うと振り返らず去って行った。「カッコイイ……」思わず口から出てしまった。
ジーク先輩はチラッとこちらを見て、私の手を引いて歩き出した。実はここ裏庭の横だったので、温室まですぐだった。
「髪は自分で整えられるか?」
いつの間にか取り返してくれていたリリヤン紐を、こちらを見ないようにして渡してくれる。紳士だ。温室だから外から丸見えだけれども。クシがないのできっちりは無理だけど、緩めに手早く三つ編みにして、正面に回る。
「ジーク様、助けに来てくださって本当にありがとうございました。」
「彼女達の方が余程格好良かったけどな。」
照れているのか悔しがっているのか、先輩が苦笑いしている。レアなお顔頂きました!
「そんなことはありません。いつもピンチの時に助けてくださって……今日は特に物語りの英雄のように思いました。」
「――編んでいない君の髪を初めてみたが……まるでこのアスチルベのように思った。」
それは温室に咲く、ふわふわした薄ピンクの花だった。
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アスチルベ
名前の由来……輝きがない、地味なこと
花ことば……恋の訪れ、自由、繊細、控えめ
オデットはこのことは当然知りません。




