10 裏ボスとの面談
その後はドロッセルマイヤー先生には呼び出されることもなく、ただ王子達に絡まれ、令嬢達に囲まれ、王子達に見つかり、修羅場になって私が脱走、という日々を過ごしている。不思議と寮では絡まれも囲まれもしない。
進級前のテストが近付いてくると、王子グループの休暇中の誘いがどんどんウザくなってくる。私は休暇中も寮から出るつもりはない。自由に図書館に行ったり、食堂で食べたりしたいのだ。だから寮に残ることも黙秘している。それに皆にバレないように、ドロッセルマイヤー先生が光と治癒の魔法の特訓をしてくれるのだ。絶対邪魔されたくない。
そんなうんざり顔が隠し切れずに出てしまっていたのだろう。ついに王太子の婚約者候補、リラ様に呼び出されてしまった。放課後寮の部屋に行くと、取り巻きはいなかった。(学生じゃない)侍女さんがお茶を入れて退出すると、リラ様が話し出した。
「貴女は王子殿下達を疎んでいらっしゃるの?」
「その通りでございます。身分の高い方とは関わりたくないのです。」
「――貴女も子爵令嬢よね?」
不思議そうに問われたので、ドロッセルマイヤー先生にした説明を少しマイルドにかい摘まんで話し、だから気持ちは平民なので、使用人として生活費を稼ぐ予定であることを告げる。
「――成る、程……。では昼休みを共に過ごされている方についてはどうお考えですの?」
「?!――あの方はお金もなく一人ぼっちで、時折嫌がらせを受けている可哀相な方なのです。私にとってあの方は、意地悪な高位貴族を避け、勉強に没頭することを目指す同志なのです。」
「そう、なのですね……。ちなみにあの方がどなたかご存知?」
「実は最近までお名前も存じ上げなかったのですが、ジーク様とおっしゃるそうです。」
「それだけ?」
「えっ、と。―― 一学年上で……綺麗な緑の瞳をしていらっしゃいます……。」
「そう。そうね。そうなのね。――貴女お茶会に出たことはあって?」
「いいえ。十二歳まではずっと家にいて、その後一年は継母の実家の商家で侍女奉公をしておりました。その際も外に出ることは殆どありませんでした。」
「そう……それでは世情に疎くても仕方ありませんね。――結婚については希望があるの?」
「実は一度継母に、商家絡みの中年男性の後妻を勧められまして……。結婚せずとも侍女として生活できればそれでいいのですが、しなければならないならせめてもうちょっとマシな方に……。でも高位貴族とか中位でも嫡男とかは避けたいと思っています。不相応なので。」
「そう。――では高位貴族でもなく、中位貴族の嫡男でもなく、中年や老人の妻になるのでもなければ結婚の意思はあるのね?」
「そう……ですね。貰ってくださる方がいれば。――変態的な趣味がある方は御免被りたいですが……。」
「ふふふ。面白い方ね。どうぞ、お菓子も食べて。私は貴女の味方よ。決して悪いようにはしないわ。皆で幸せになりましょうね。」
今世でこんなにおしゃべりしたのは初めてで、あんな美味しいお菓子を食べたのも初めてで、つい気を許し過ぎて余計なことまで沢山言っちゃった気がする。でも、今までリラ様は囲んで来る令嬢の中にはいなかったし、嫌がらせも悪口も言って来なかった。少なくとも外聞を慮る理性はお持ちってことだよね。
それに後回しになってた就職活動。それから悪役令嬢によるヒロインへのざまあ対策。ウザいキラキラ達の忌避剤として、仲良くしておいて損はないはず。こちらも世知辛い前世を社会人として少しは渡り歩いた経験がある。彼女の腹黒臭は感じていた。雇用主となるか、取引先となるか、はたまた敵対者となってしまうのか分からないが、寮で平穏に過ごせているのは、多分彼女のお陰だ。私は俯いた無表情に、無意識にうっすら笑みを浮かべて、お土産のお菓子を貰って部屋へ帰った。




