6:自分の家のこと
「いいってことよ! 無事でよかった。俺はラビ、冒険者だ」
「私はクロエ。まったく、いきなり飛び出していくんだから……」
「あーっと、ありがとうございます。ユイです」
ラビはとても明るいけれど、クロエは少しだけむすっとした表情をしている。もしかしたら、駆け出し冒険者を助けるのなんて面倒だったのかもしれないね。
私も一人で対処できたとはいえ、助けてもらったことだしお礼にご飯をご馳走しつつ……この世界の情報を聞こうかな。
二人をじっと見ると、名前などの基本情報が浮かんできた。
ラビディア・ウォレスキー 19歳
レベル18 ナイト
クロエ 17歳
レベル51 ウィザード
二人とも若いねぇ。
あ、でもクロエは私のキャラ年齢と一緒だ。仲良くできたら嬉しいけど、どうかな。
ラビは……フルネームじゃなくて通り名みたいな感じかな? 家名があるから、貴族か何かかもしれないね。
私を助けに飛び出してくれたのは、ラビ。
ブラウンアッシュの短髪に、青の瞳。気さくな性格のようで、明るく笑顔もチャーミング。細マッチョで顔も整っているから、女の子にもてそうだ。
腰に帯剣しているので、私が見た情報通りナイトとして冒険者をしているんだろう。
長尺の杖を手にしたウィザード、クロエ。
ロングストレートの黒髪は、毛先が少し明るい色になっていて可愛い。アンバーの瞳は少したれ目で、ぱっと見はおっとりした印象を受ける。
クロエはラビよりも少しレベルが高いけど、二人でパーティを組んでるんだろうか?
「俺はナイトで、クロエはウィザード。二人組だ。ユイは?」
「私は錬金術師ですよ」
私に職業を聞いてきたということは、プレイヤーのように対象の情報を見ることができないんだろう。となると、私も見れることは口外しない方がよさそうだ。
「へえ、錬金術師なのか。それだと、一人でレベル上げは大変だろ」
「そんなことないですよ~、初心に帰れて楽しいです」
「初心に……?」
私は「そうそう」と話を切り替えて、先ほどのお礼をしたいことを二人に伝える。
「よかったら、さっきのお礼に夕食をご馳走させてください。ただ、この町に来たばかりでいいお店を知らなくて……ラビたちのおすすめがあればそこで」
「はは、駆け出し冒険者にご馳走になんてなれないだろ」
「そこは情報料ってことにしますから、この町のことを教えてくださいよ」
年下に奢られるのは申し訳ないと思ってくれたのか、ラビが笑う。とはいえ、ここで知り合えたのは何かの縁なのでこっちも話を聞きたい。
美味しい飲食店はもちろんだけど、宿の情報とかも教えてほしいのですよ。
「大丈夫、お金なら余裕があるから!」
「……わかったよ。なら、ご馳走になるか」
「私のおすすめの高級料亭があるから、そこなら考えてあげる」
「こらこら」
そういえばこの世界で初のご飯だと思いながら、私はラビたちと一緒に町へ戻った。
***
やってきた飲食店は、もちろんクロエおすすめの高級料亭だ。そんなところがあるって聞いたら、どうしても行きたくなっちゃうじゃん。
ちなみに私の所持金は、軽くギガを越えている。
「わ~! どれも美味しそう、さすがクロエのおすすめだけあるね!」
基本がコース料理で、単品もいくつか種類がある。一番安いコースでも三万ディルなので、余裕でお店の者を食べつくせちゃう。
このゲーム……世界の通貨単位は、『ディル』だ。
基本的に食材など日常生活にあるものに関しては、日本円とそんなに価値が変わらない。
「まさか本当に来るとは思わなかった。……ええと、極上モー太と魚のコースをお願い」
「かしこまりました」
クロエがちゃっかり私も気になっていた一番高いコースを店員にお願いしている。グッジョブだ。
そんなクロエの横で、ラビが青くなっている。
「ちょっと待て、マジでこんなところで飯を食うのか!? ユイ、お前な、自分が受けてた依頼の内容と報酬ちゃんと知ってるのか!?」
「キャトルル10匹討伐、3000ディル。スライム15匹討伐3000ディル」
「把握しててよくこの店に入ってこれたな……」
「お金はあるから」
私がそう言って笑うと、クロエが小さくため息をついた。
「私、面倒だったから高い店をふっかけたのに」
「そうだったんだ……」
さすがにそれは奢れないから、やっぱり止めますと私が言うのを期待してたっていうことか。
「でもネタばらししなくてもいいじゃん、傷ついたよ~」
「面倒だったから仕方ない」
「そうか……。じゃあ仕方ないね」
わかるよ、会社の面倒な上司には適当に返事をしたいもんね。自分の経験を考えると、クロエに怒りが湧いてこない不思議だ。
私とクロエの話を聞いていたラビが、「女子って怖いな……」と遠い目をしている。
「それにしても、ユイはいったい何レベルなんだ? ゴブリンはそこそこ強いだろ」
「ええと……10レベルです」
「「ぶふぅっ」」
私の答えに、二人が同時に噴き出した。間違いなく、私のレベルでゴブリンは無謀だと思ったのだろう。
「ゴブリンっていったら、パーティで平均レベル30はないと辛いだろ? 囲まれたら、レベルが30あってもやられるぞ」
「信じられない……」
「あはは……」
笑って誤魔化してみたけど……あれ? レベル30あればソロで楽勝なんだけど……この世界はパーティ狩りが主流だったりするのかな?
なんだか私のゲーム知識とだいぶ違う気がする。
「私もまだ駆け出しですから……ええと、周辺のモンスターはどんな感じです?」
「ん? ああ、知っておかないと危険だからな」
ラビがざっくりした地図を取り出し、見せてくれた。ゲームでよく目にした、モンスターの生息地マップだ。
ゲームとは変わっていないようで、その点にはほっとする。これなら、地図を見なくてもモンスターの生息地やマップも全部覚えてる。
「書かれてるモンスターが、そのエリアにいるってことだよね?」
「ああ。さっきユイと会ったのは、塔がある草原のすぐ近くの森だ。草原はキャトルルとスライムしかいないけど、森はゴブリンが出てきて危険なんだ。ユイもちゃんと覚えておけば、さっきみたいに危ないことにはならないぞ」
「…………うん」
本当は自分からゴブリンに挑みに行ったんだけど、ひとまず黙っておこう。
「ん? ねえ、ここは?」
私は地図の一番上に位置している部分――自分の家がある場所を指さした。
モンスターの情報が一切書かれていなくて、黒く塗りつぶされてしまっている。強いモンスターはいるけど、ゲームでは情報が隠されているということもなかった。
「ここは『暗黒の森の魔王城』だな」
「……なあに、それ?」
ゲームではそんな名称はなかった。
もしかして、この世界独特のダンジョンか何かがあるのかもしれない。私が現実世界に帰る手がかりという可能性だってある。
私が目を輝かせながら聞いたからか、ラビとクロエが若干引き気味だ。
「俺も行ったことはないけど……っていうか、ここを知らないのか」
「危険っていうことで有名。間違っても、行こうとしたら駄目な場所」
「そ、そんなに……?」
自宅があるエリアだというのに、いったいどうなってしまってるんだ……。私の家、なくなってたりしないよね?
「ここは、めちゃくちゃ強いモンスターが大量にいるんだ。その中心にある赤い屋根の屋敷は何年経っても綺麗なままで、魔王の居住だって言われてる」
「…………ん?」
「モンスターは、フェンリルやペガサスなどの希少種に、なぜかめちゃくちゃ強いシバ太郎やキャトルルなんかもいるっていう話だ。SSランクの冒険者でも、様子を見て逃げ帰るのがやっとだったらしい」
「………………」
ラビの説明を聞いて、嫌な汗が止まらない。
だってそれ、どう考えてもゲーム内の私の拠点じゃないですか――!!
シバ太郎はモンスター名です!