2:錬金術師に転生!
家にある転移システムを使い、私は転生するため始まりの塔へとやってきた。
始まりの塔の大きな役割は二つ。
一つ目は、ゲームのスタート地点に設定されているということ。なので、今も新規のプレイヤーたちで賑わいを見せている。周囲にいるモンスターも雑魚のみだ。
二つ目は、私みたい一定以上やり込んだプレイヤーに対する複数ジョブの取得だ。レベルがカンストすると、同じキャラのまま違う職業に転生することができる。
すると、ジョブチェンジというスキルを使えるようになり、職業を切り替えながら戦闘することができるようになるのだ。
最初はクエストやらなんやらがあるけど、私は全部済ませてあるので問題ない。面倒な話なので、ここでは割愛だ。
始まりの塔は、地上からではその高さがどれくらいあるのかわからない。理由は、雲よりももっと高いところまで塔が伸びているからだ。
気になるプレイヤーは多く、かくいう私も仲間と一緒にグリフォンに乗って塔の頂上を目指したけれど……辿り着けなかった。
「って、それよりも早く転生しよっと」
転生するにはクエストを受ける以外にも、ちょっとした条件がある。
それは、お金を除くすべてのアイテムを持ってはいけない……ということ。つまり今の私は、ここで賑わいを見せている新規プレイヤーと同じ初期装備姿。
アイテムは冒険者ギルドに預ける方法と、自分の家の倉庫に入れておくことができる。ギルドは各町にあるので出し入れしやすい利点があるけれど、課金アイテムを預けられないデメリットがある。
なので、日常品をギルドに預け、レア装備や課金アイテムを自宅倉庫に保管という人は多くて、私もそのスタイルだ。
まあ、そんな説明はおいといて転生だ!
始まりの塔の内部には、塔の職員と呼ばれるNPCがいる。
世界観を視覚説明しているのか、人間、エルフ、獣人、魔族、天使とすべての種族が揃っている。正直目の保養だ。
ちなみに私は種族を天使にしたんだけど、輪っかと翼のエフェクトが派手で恥ずかしくなってしまったのでエフェクトをオフにしている。見た目は普通の人間だ。
塔の中に入ると、チュートリアル担当の職員から新人さんがクエストを受けたりしている。塔の周辺にいるモンスターを倒してるんだろうなと、懐かしくなる。
「いらっしゃいませ、ユイ様。ご用件をお伺いいたします」
私がのんびり観察していると、職員の一人が話しかけてきてくれた。翼と輪っかがあるので、天使族のNPCだ。
「錬金術師に転生しにきました」
「おめでとうございます! 錬金術師の転生受付は、一四階になります。そちらの階段をお進みください」
「……はい」
出た、転生の最難関とプレイヤーの間で言われている階段。まあ、なんてことはないただの階段なんだけど……エレベーターになれている私たちには若干の苦痛だ。
しかも錬金術師への転生は一番上にある。錬金術師なんて体力職じゃないんだから、下の方にしておいてもいいのにな……と、思わなくもない。
「まあ、頑張って上りますか……」
「いってらっしゃいませ」
あきらめて歩き出すと、職員のNPCが手を振ってくれた。こういうちょっとした温かい演出もお気に入りの一つ。
転生する人自体はそこそこいるので、階段を上っていると同じ初期装備の人とすれ違うことが多い。
ちなみにこのゲームのカンストレベルは300なので、可愛い顔した初期装備マンも中身はやべえ強いから油断してはならない。もちろん私のレベルも300だ。
でも、錬金術師に転生したらレベル1になってしまうけど。
錬金術師のベースレベルが300になって、ジョブレベルもカンストしたら……私はすべての職業を網羅したことになる。上位プレイヤーの中でもまだ数人しかいないので、注目の的になりそう。
今はまだ実装されてないけど、今後新しい職業が追加されたらまた転生するんだろうな~と思うと、先は果てしない。
「……ふー」
ノンストップで一〇階まで上がったところで、私は足を止めて息をつく。別に体は疲れてないんだけど、なんとなく休憩。
らせん階段には等間隔で窓がついているので、そこから地上を見下ろしてみる。
「おー高い!」
ひんやりした風が私の頬を撫で、前髪を揺らす。体温が上がっているので、それがちょっと心地いい。
始めたばかりのプレイヤーが塔の周辺にいる猫モンスターのキャトルルを倒してるのを見て、私も転生が終わったらキャトルルと戯れてみるのもいいなぁ。
私は冒険者ギルドの倉庫に装備を預けてあるので、それを使って適正レベルより上のマップでレベルを上げる予定だ。
私の所属しているギルドメンバーがレベル上げの手伝うと言ってくれてたから、もしタイミングが合えば一人で行くと即死のダンジョンでレベル上げかもしれない。
「とりあえず、レベル1を楽しもうかな~」
なんて言いつつ、レベルはすぐ上がるだろうけど。
「休憩終わり! っと」
再び階段を上り、錬金術師へ転生するための『錬金術師ギルド』へやってきた。ここが本拠地で、各町に支部がある。
私以外錬金術師に転生しようとしてる人がいないのか、NPCしか見当たらない。
……うん、錬金術師って不人気職だもんね。
ポーションなどの回復アイテム作るの大好きー! というのならばいいけれど、そうでなければおすすめはできない。
なぜかって?
めちゃくちゃお金がかかる職業だからだよ!
加えて、ポーションなどを作るアイテムの材料を集めるのも大変で。だから、私も最後まで錬金術師をやらずに残していたといいますか……。
うん、お金をかければ強い職だってことはわかってるんだけどね。湯水のごとく金を使える資金と勇気が必要な職です。
「こんにちは! ご用件をお伺いいたします」
錬金術師のNPCが私に話しかけにきてくれる。ストレートのロングヘアが可愛い、天然お姉さんタイプだ。誰もいないからか、とても嬉しそうに表情がキラキラしている。
……暇だったのかな。
「テイマーのユイです。レベルが300になったので、錬金術師転生をお願いします!」
「て、転生ですか!? あ、あ、ありがとうございますー!!」
ばんざーい! と、手放しでめちゃくちゃ喜んでくれた。逆にこっちが不安になってしまうレベルで……。
「はぁ~嬉しい、錬金術師への転生! じゃあ、手続しますね~!」
こちらへどうぞと、天然お姉さんに手を引かれて奥の部屋へと連れていかれる。可愛い顔に似合わずすごく力強く握られていて…………絶対逃がさないぞという気迫を感じる。
「みなさん錬金術師は嫌って言いますけど、めちゃくちゃ強いんですよ? 自分でポーション類のアイテムを作れるから回復だってできますし、攻撃ポーションを使ったら一撃必殺! 大ダメージ!! なのに、なのに~! ……まあ、ちょっと、ちょーっとお金はかかっちゃうんですけどぉ……」
最後の方が小声だったあたり、お金がかかりすぎて錬金術師になる人がすくないというのはわかっているらしい。
でも、天然お姉さんが言った通り……お金のことを考えなければ錬金術師は強い。
「……ユイ様、お金あります? 金欠になったからやっぱりやめますとか、なしですよ?」
ぎゅうううぅと、私とつなぐ手の力が強くなる。
「これでも所持金は多いので、大丈夫だと思いますよ」
「本当ですか? よかったぁ!」
天然お姉さんがやさぐれた顔から一変して、花がほころんだような可愛らしい笑顔になった。
だてにトッププレイヤーをしているわけではないので、お金は十分持っている。錬金術師用の素材なども集めておいたので、ポーションもスキルを獲得すればすぐに得られるようになるはずだ。
「それじゃあ、転生しちゃいましょう!」
豪華な扉を開けると、その先にあるのは転生するための祈りの間だ。ここで祈ることにより、私はレベル1の錬金術師になることができる。
中央には錬金術師ギルドのギルドマスターがいて、見届け人になってくれる。
「いらっしゃい、未来の錬金術師よ」
「こんにちは」
「私たち錬金術師ギルドは、あなたを歓迎しよう。……さあ、このオーブに触れて祈りなさい。さすれば、錬金術師に転生することができるだろう」
ギルドマスターがそう言うと、部屋の中央に光のオーブが現れた。
転生に慣れっ子な私は、なんのためらいもなくオーブへ触れる。すると、ピコン! と、眼前にウィンドウが立ちあがる。
錬金術師へ転生しますか?
イエス
ノー
もちろん答えは決まっている。
「錬金術師に転生します!」
ウィンドウの『イエス』を押すと、私の体が光に包まれる。それは祝福となって降り注ぎ、転生特典として基礎ステータスが上がるのだ。
初期装備のため見た目の変化はないが、ステータスを見るとちゃんとわかる。
ユイ
レベル1
ジョブ:錬金術師 レベル1
HP:130/130
MP:30/30
「うわ、HP低い~早くギルド倉庫から装備を取ってこないと……」
冒険者ギルドは、すべての職業ギルドをひとまとめにしている大元のギルドになる。町だけではなく小さな村や集落にもあって便利で、各種アイテムが売っている。
錬金術師ギルドなどの職業ギルドは、大きな町にしかない。倉庫は冒険者ギルドと共有しているのだけれど、残念ながら錬金術師のジョブレベルをあげないと使うことができない。錬金術師が使う各種アイテムが売っている。
ちなみに、職業ギルドの使用はベースレベルが10になってから。転生したての私はレベル1なので、使えないわけです。
「錬金術師への転職、おめでとうございます!」
「わっ、ありがとうございます!」
天然お姉さんが感極まったらしく、私のことをぎゅっと抱きしめてきた。
「何かあれば、いつでも力になりますよ!」
「それは心強いですね!」
「各種アイテムの販売もしていますから、ご利用くださいねっ」
「はい」
もちろん利用させていただきますよと、頷く。
「そのために、レベル上げをしてきますね」
「そうでしたね。レベル10になるのをお待ちしております! ……っと、そうでした、転生のお祝いです!」
私は天然お姉さんからラッピングされた袋を受け取り、お礼を言う。これは職業の初期装備が入っているので、ゲームを始めたばかりのプレイヤーが初期装備の次に使う装備になる。
ひとまずインベントリにしまっておこう。
鞄がインベントリになっているので、入れると勝手に収納してくれる仕組みになっているのです。
「それじゃあ、行ってきます!」
「いってらっしゃい~!」
天然お姉さんの見送りを受けて、私は軽やかな足取りで一気に塔の一階へ。転生したことでテンションが上がったのもそうだけど、下り階段は気持ちが楽だよね。
よ~し、可愛いキャトルルを狩っちゃうぞ~!
そう思ってはじまりの塔の外へ出た瞬間――強い一陣の風が吹いて私の意識が途切れた。