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家に帰ってからそのことを爺さん(ノムさん)に言うと、爺さんは
「この穀物袋はお前さんが保存しておきなさい」
と言った。保存と言われましても……僕が不思議そうな顔をしているのを見て、ノリーナさん(ノッチのお母さん)が教えてくれた。
「ズボンが破れてしまったから、そのぶんを払ってくれたのよ。布は高価でなかなか手に入らないから」
「布は手に入らない?」
「そうなの。だから、もし布が手に入るようだったら、その穀物袋が必要になるでしょ?」
それは、これで支払いをするってことだろうか。
「ああ。はい。えっと、あの、どのようにして、布を手に入れることができますか?」
「ハタ屋さんに頼むのよ。でも、なかなか時間がかかるわよ?」
「そうなんですか」
でも、頼まないわけにはいかない。ズボンが切れてしまったから、というわけではなくて、僕は明らかによそ者とわかる衣服を着ている。これを機会に新しい衣服があったほうが良いと思うんだ。
「明日、ハタ屋さんの場所を教えてあげるわ」
ノリーナさんありがとう。
本当にこの家族には、何から何までお世話になりっぱなしだ。この穀物袋は、この家族にそっくり渡してしまいたいところだけれど、そうすると布が買えなくなるらしいから、今はそっとしまっておくことにした。(ああ、自分の財産がないって、本当に心もとない!)
さて次の日、ノリーナさんとノッチに連れられて、僕はハタ屋さんに行った。僕たちが住んでいる畑のあるところから少し離れている、山のふもとだ。
わりと立派な建物に見えるけれど……
「ハタさん、いる?」
「はあーい!」
ノリーナさんが声をかけると、奥からおばさんの声が聞こえた。ハタさんというのは女の人らしい。
奥の方からガタガタと椅子だか机だかを動かすような音がしたと思うと、どうやらハタさんらしい人が出てきた。小太りで優しそうなおばさんだ。両手を広げて笑顔でこっちにやってきた。
「まあ、ノリーナ、待っていたわ。早速お願いしていいかしら」
と、ハタさんは僕たちを見ると奥へと引っ張っていこうとした。ノリーナさんは慌てて手を振っている。
「違うの、違うのよ、ハタさん。今日は手伝いじゃなくて、布を注文に来たの」
「え、あらぁ、注文?」
ハタさんは急にがっかりした顔をしてこっちを向いた。
「この子のズボンが破けちゃって」
この子、って。僕、大人なんだけどなあ。
変な紹介をされたけれど、ハタさんは僕のことを見ると、いきなり顔を近づけてきた。
「まあ! まあ!」
なな、何!? この村の人間じゃないから、布を作ってくれない!?
そんな心配をよそに、ハタさんは僕のポロシャツとジーパンにくぎ付けになった。
「すごいわヽ(*'0'*)ツ 。この布。どうやって織ったのかしら。材料も∴∥Ψ|:∥≫|ね。一体何かしら。すごいわあ、すごいわあ」
「えっと、木綿ですけど」
「コットン? コットンって植物からできているの? 誰が織ったもの?」
誰がって……
「機械が、織ったと、思います」
いや、言葉がわからないせいで片言になっちゃったわけじゃないんだけど(この村の∴∥Ψ|:∥≫|という材料はわからないけど)なんか、伝わらない気がした。ていうか、案の定伝わってないようだった。
「そうなの。こんなに素晴らしい布が。ええ、良いわよ。織ってあげるけれど、まず、時間がかかるわよ? それで、」
支払いがすごいんだろうか。僕には昨日もらった穀物袋しかないんだけど、それで足りなかったらどうしよう。
「1日ふた袋、作業着一着分だとだいたい10日くらいかかるわ。だけどその白い服でも構わないけど、どうかしら」
10日かかるってことは、穀物袋が20袋だ。それは無理だ。その間、爺さんの家に野菜を入れられなくなる。やっぱり自分の財産がなにかしらないというのは、困るよなあ。だけど、その白い服でも構わないって、どういう意味?
「白い服って、このポロシャツですか?」
「ええ。その服をくださるなら、ほかにはいらないわ」
本当に? そんないい話があるんだろうか。でも、僕にはこれしかないし、選択肢もそれしかないっぽい。僕が着ていた服を渡すのはなんだか申し訳ないけど・・・
「わかりました。じゃあ、これで支払います」
僕がそういうと、ハタさんは嬉しそうにうなずいた。