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 お城から見ると、村のほうがざわめいている。ポワルドゥルキャロットのカールバーンが来た時と同じように、彼らがここを去る今日も村人たちは仕事を置いて走り回っていた。

 長の家族も、お城から去るところだ。

 デュデュを前にして、お城の人たちが全員見送りに出る。

 ポワルドゥルキャロットのカールバーンの長とその家族は来た時と同じように、ラクダにたくさんの荷物を載せて出発するところだった。

「世話になった。世界を周り、また一年後ここに来るよ」

「ああ、気を付けて。待っているよ」

 族長同士の挨拶をかわす横で、お城の人たちは長の子どもたちやお付きの人に声をかけていた。僕もメッロの姿を見つけると手を振った。

「ミツヒコ」

 それに気づいて、メッロがこちらへ来てくれた。いや、良いんだよ。手を振るだけで、うん。

「メッロ、あの、いろいろありがとう」

 彼女にはたくさん優しさをもらった。僕のために彼女は結婚まで(フリだけど)しようとしてくれたんだ。僕は彼女を好きだけれど、彼女の優しさに付け込んで結婚するもんじゃないよね。だから僕の気持ちはしまっておこうと思う。

「こちらこそ、ありがとう。あなたのおかげで、井戸丸の子孫が救われたわ」

「僕は、そんな」

「いいえ。あなたは立派よ」彼女は僕に笑いかけてくれた。ああ、なんて眩しい笑顔だ。「また来年、お会いできるのを楽しみにしていますわ」

「うん」

 僕は懐にある、彼女への贈り物を・・・取り出すことができなかった。

 意気地がなかったんだ。

 彼女の笑顔があまりにも綺麗で、恥ずかしくて。そんな彼女に「あなたは立派」だなんて言われて、さらに恥ずかしくなってしまった。

 なんだ僕は。高校生か!

 そうしているとポワルドゥルキャロットのカールバーンのラクダが動き出した。彼女も慌てて走っていく。

 その後ろから、僕たちはダチョウに乗ってついて行った。村のはずれまで送り出すんだ。

 途中、村でノッチとフィヨを見つけた。彼女たちはどうやら仲良くなったらしい。ノッチは捕まった時のことを覚えていて、フィヨのお兄さんのことはとても怖がっていたけれど、フィヨは優しかったと言っていた。だから、フィヨが村に来ても怖がったり嫌がったりしなかった。それどころか、フィヨの一番の理解者になってくれたんだ。小さなノッチがきっかけで、村人たちもフィヨを村の娘として一緒に育むことを受け入れてくれた。

 フィヨも心を入れ替えて、毎日畑に出て働いている。一日の報酬を受け取り落ち着いた日々を送っていて僕はとても安心した。


 ノッチとフィヨを追い越して、村のはずれへ出ると、カールバーンの列はとっくに準備ができていた。彼らはそこから口々に「さようなら」「ありがとう」とあいさつをして動き出した。

 行列の一番前には長とその子どもたち。そしてお付きの人が立っている。

 ああ、メッロはもうあんなところだ。

 まぶしく目を細めて見ていると、フィヨがそっと僕に寄って声をかけた。誰にも聞こえない小さな声だ。

「荒れ地は広く、砂漠は厳しい。彼女をこのまま行かせるのか」

「え」

「誰に盗られても知らぬぞ」

 盗られるって、そんなこと。

 だけど、フィヨはそういう意味で言ってるんじゃないということはなんとなくわかった。フィヨはいきなり何もかもを失った。今まで生きてきた人生すべて、価値観もなにもかもを失ったんだ。だから彼女の言葉には説得力があった。自分だったら後悔しないために行動するというんだろう。

 僕もそうだ。僕は子どものころに両親を亡くした。その喪失感を知っている。それから、就職しようとした矢先に、それこそ人生根こそぎ失ったんだ。もう二度と、残してきた友だちにも恩師にも会うことはできない。そんなことがあることを僕は痛いほど知っている。

 そう思った時、僕はダチョウを走らせていた。

 ゆっくりと進む列の一番前まで、かなりの行列だ。

「メッロ!」

 彼女の姿を見つけると僕は呼んだ。一目見るだけでも良いんだ。顔を見かわすだけで構わない。

 だけど、彼女はラクダから下りて走ってきた。

「ミツヒコ、どうしたの。忘れ物?」

 僕もダチョウから下りて、彼女の前に立つ。向かい合うと気持ちが膨れ上がってきた。

「アルジャメッロ、これを」

 懐から、今は貴重になったノートの切れ端で作った、折り鶴を渡した。

「あら、すごいわ。これは何?」

「アルジャメッロ、これは・・・僕の気持ちです」

 ここで、愛してるだの、結婚しようだの言うのはちょっと早い。だからと言って、待ってろというのもきっと荷が重い。なんて馬鹿なことをぐるぐる考えてしまったら、次の言葉が出なくなってしまった。

「ありがとう。嬉しいわ」

 彼女は微笑んでくれた。

 そして、二人でしばし、沈黙。

 メッロは僕の言葉を待っているのだろうか。愛の告白をすべきだろうか。ここまで来て、彼女をラクダから降ろして、これだけ、ってダメだよな。

 いや、でも、だから、あの、

「アルジャメッロ!」

 先頭のラクダから、男のお付きの人が呼んでいる。

「あああ、あのっ」どうしよう、彼女は呼ばれている。「ぼ、ぼくは」

 その時、彼女が僕の口の前に手を当てて僕の言葉を遮った。

 それから、日よけの布を目深にかぶりなおしてこう言った。

「わたくしは次にあなたにお会いするまで、殿方の前でこれを脱ぎませんわ」と言ってそれからウィンクした。「では、ごきげんよう」

 彼女は優雅なお辞儀をすると、颯爽とラクダの方へ走り去って行ってしまった。

 僕もお辞儀をして、その恰好のまま固まってしまった。僕の横をポワルドゥルキャロットのカールバーンの行列が通り過ぎていく。長い長い行列だ。

 そして、その長い行列が去るころ、僕が顔を上げると、もう彼女の姿はまったく見えないほど遠くへ行っていた。


 村には平和と日常が戻り、村人たちはよく働きよく笑い元気に過ごした。

 僕はお城へ帰り、お城とデュデュに仕えた。そして古文書を紐解き、歴史と文化を学んだ。


 次に会った時こそ、アルジャメッロに言うだろう。あなたに旅の生活をやめてほしい、僕のそばにいてほしいと。そうしたら僕は、この井戸丸の子孫を繋げ、平和を保つことになる。

 その日が来たら、どんなに素敵だろう。僕に家族ができて、故郷ができて、仕える人がいる。そんな未来はそう遠くないかもしれない。


 ここが僕の住む世界。僕の仕える世界。ここに来られて、よかった——



これにて完結となります。

お付き合いくださいましてありがとうございました。

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