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カンミールの姿を仰いで、僕たちはキラリとカンミールの姿が消えて見えなくなるまでずっと空を見ていた。
そしてその姿が見えなくなると、誰ともなくため息をついた。
「行ってしまった」
オンブリカルがさも残念そうにまだ空を見ている。本当に彼は動物が好きだよね。
「さて、重大なことが起こったわけだが」
デュデュが仕切りなおして、みんな客間に集まり座った。
「どうやらミツヒコが湖の民の族長になったらしい」
「は?」
どういう意味?
湖の民は長兄の家族だよね? もう、その一族は滅ぼされていないんだよね? 村もないよね? 僕ひとりで、族長って・・・フィヨと同じか。
「待ってください。僕は井戸丸の12人兄弟の子孫でも何でもないんです。それに、一人で族長って、そんなの無理ですし、カンミールの腕輪は差し上げますから、デュデュがデュウの村と湖の村の族長を兼任してください」
「いや、そんなことは許されない。カンミールの“しるし”は勝手にやり取りしてはいけないものなのだよ。そうして私たちは平和に生きることができるのだ」
デュデュはそういいながら、フィヨを見た。
フィヨは小さくうなだれている。
フィヨがやったわけじゃないけれど、その昔、砂漠の民が湖の民から“しるし”の腕輪を奪ったのだろう。それで平和が崩されたんだ。それを元通りにするということはわかるけれど、でも、僕ってことはないだろう!
「でも僕は、人に仕える仕事がしたいんです。族長なんて無理です」
「そうだなあ、ミツヒコ、こう考えてごらん。族長というのはね、人の上でふんぞり返っているのが仕事じゃないんだよ。誰よりも民のために心を砕き、民に仕えるのが族長の仕事だ。
湖のそばへ行ってたった一人で生きろとは言わない。ミツヒコは今まで通りこの村にいれば良いだろう。それで、もしいつか所帯をもってそれが大きくなり、この村に入りきらなくなったら湖のそばへ移り住めば良い。それはミツヒコがそう思った時にすれば良いことで、もしミツヒコがその時ではないと思うのならば、自分の子孫に託せばいいのだよ」
でもなあ、僕は井戸丸の子孫でもなんでもないのに、カンミールの“しるし”を預かるなんて、そんなこと許されるのだろうか。
「でも腕輪は」
「腕輪はカンミールが君を選んだのだから、ミツヒコが持っていなさい」
「でも」
「ミツヒコ、自分がここの人間じゃないなんて思わなくて良いのだよ。私たちは、少なくともデュウの村人たちはみんな、ミツヒコのことが大好きだ」
「そうですよ。あなたを探すために村中の人が集まったじゃないですか。そう聞きましたよ」
デュデュの言葉をオンブリカルが継いだ。
「ねえ、だから私と結婚すれば、名実ともに井戸丸の子孫になりますわ」
メッロ、まだその話を!
僕が真っ赤になると、みんなが笑った。
「じゃあ、今まで通り足洗の仕事とデュデュの手伝いをさせてもらえますか?」
「おや、湖の民の族長に足洗の仕事をさせるなど、私も偉くなったもんだ。しかし、ミツヒコがそれが良いと思うなら、そうすれば良いだろう。私のそばで働くことで、族長としての意識が芽生えるかもしれない。しばらくは、今まで通り城で働いてもらうよ」
デュデュの言葉で少し安心した。とりあえず、しばらくはこの村にいられる。僕の少しホッとした顔を見て、ポワルドゥルキャロットの長が口を開いた。
「そのためのカンミールの“しるし”だろう。大事にしてくれるね」
よそ者の僕が大事なものを預かって、12部族の平和を願うのか。それが井戸丸の子孫たちに必要なことなのかもしれない。
僕なんかが役に立てるのなら、それは良いことなのだろう。嫌だとか無理だとかそういうことじゃないんだ。
「はい」
僕がうなずくと、ポワルドゥルキャロットの長が僕の肩をポンと叩いた。
とはいえ、話はまだ終わりじゃない。もう一人、ひとりぼっちの族長がここにいるんだ。
「フィヨのことですが」
僕が切り出すと、大人たちはみんな頷いた。メッロだけがちょっと嫌な顔をしている。
「彼女もカンミールに、砂漠の民の族長と言われました。そして、僕と同じひとりぼっちの族長です。彼女のことも、この村においてもらえないでしょうか」
デュデュは僕には答えず、フィヨの前に座り彼女に語りかけた。
「砂漠の民の族長フィヨシュヴュドホル、カンミールが何を言ったのか覚えているかね?」
フィヨは顔を上げることもせず、うつろな顔をして足元を見ているだけだ。かすかに首が横に振れたように見えた。
「カンミールはあなたに、畑を耕し、種をまけ、と言ったのだよ」
デュデュがそう教えた。そうだ、カンミールは『心を入れ替え、畑を耕し、種を植え育てよ。そうすれば、もう一度砂漠の民にも恵みは降り注ぐ』と言っていた。まじめに働けば、砂漠の民にも恵みがあるんだ。まだ見放されていないじゃないか。
「フィヨ、カンミールの恵みはどの部族にも等しく降り注ぐ。この村に留まって、畑の仕事を手伝わせてもらったら?」
ここにいる族長たちも、わかっていたのだ。井戸丸の子孫に与えられる恵みは平等で、フィヨもまた同じ立場なのだということを。彼女が心を入れ替えて働くのなら、いつか砂漠の民は復活し、そしてまた井戸丸の子孫は平和を保つ。そのために、彼女の存在は必要なものだってことだ。
フィヨがそれをわかっていたかどうかは定かではないけれど、彼女はデュウの村で働くこととなった。もちろん、砂漠の民の族長ということではなく、砂漠の民の最後に生き残った女の子として受け入れられた。
次回エピローグで完結となります。